情報共有③
藤西 安吾
葛西 伸成
晴臣が動かした紙は、その二つの名前が書かれたものだった。
それを見た霞城が、悲し気な表情を見せる。だがそれは一瞬で、すぐに切り替えて発言する。
「では指揮経験のある、雄剛大佐も参加しているでしょう。少将が参加していなければ、戦略パートでの参加だと思います」
「異能戦争に参加している少将は、私たち二人だけだよ。そして西部軍唯一の大佐は、戦闘パートでの参加者で間違いない。昨日あった食事会のとき、誤魔化せないほどの大きな怪我をしていたからね」
驚いた表情を霞城が見せたのは、やはり一瞬だった。そして語る。
弓弦は聞きたくないと思いながらも、目を伏せてそれを聞く。参加者についての重要な情報を聞き逃すわけにはいかない。だが想像してしまうのだ。
虚像と想像の自身もこうして語られているのだ、と。死んでも一瞬の表情だけで済まされるのだ、と。
「西部軍はなぜか最近になって、無関心に近かった僕への態度を一変させました。様々な意味で、僕を排除しようと躍起になったんです。
異能戦争の参加者は、僕が使者に選ばれなかった場合の保険だと思います。僕と関わりのある者を参加させることで、僕を追い詰める。そういった狙いがあっての人選でしょう。
このことを言わなかったのは……僕のせいで、みんなが傷付いていると思いたくなかったからです」
一呼吸置いて言われた最後の言葉は、震えていた。
蓋をして無理に忘れようとしていたことが、霞城にもある。それはやはり忘れられず、腕を抱いて震える。
和真が普段見せる、優しい笑み。和真ら五人と過ごした、ふわりと優しさに包まれる時間。
普段は淡泊な真白の、甘い声。
すれ違うだけで嫌がられる霞城に、他の者と同じように挨拶をする雄剛。
いつでも兄として接してくれる、心の強い朔。
「その気持ちを、分からないとは言わないよ。だけどこの六人が参加しているか、他の二人に心当たりがないか、確認しには行ってもらうからね」
その冷めた声音から、三人は悟る。
一見この言葉は、慈悲深いように思える。だが決して、そういった理由の発言ではない。単に、今の霞城とこれ以上会話をするのが面倒なだけだ。
「じゃあ次は美波少尉、聞かせてもらおうか」
「その前に、二人がどちらの軍との戦闘で死亡したか、教えてもらえますか?」
「葛西伸成少尉が北部軍で、藤西安吾准尉が南部軍だよ」
その質問の理由は聞かないまま、美波に話すよう促す。
震える霞城を少し気にした美波だが結局、少将ら五人に話したときと同じように語っていく。だが今回は、続きがあった。
逃走の際、荷物を奪取した相手が正雄の婚約者であるという事実。自身に宛てた手紙が挟まっていたことから、逃がしたのだろうと想定できること。
そして正雄を頼らなかった理由。それでも逃亡先に東部軍を選んだ理由。
弓弦は美波について、本名しか聞いていない。そのため初めて聞いた話だ。
驚かない方が不思議なくらいの内容だが、そんな様子は少しもない。それよりも重要なことがあるのだ。
美波が正雄を頼らなかったもうひとつの理由が、弓弦には分かる。凍えてしまうほど手の冷たい美波のことが、分かってしまう。
その事実は、温かい正しさを己に求める弓弦を苦しめた。
「三年間最前線で戦い続けてきたことも合わせて考えれば、南部軍に肩入れする心配がないと判断した理由は理解できるよ。だけど何故、三年もの間隠していた素性を明かしたのかな?」
「集団自殺が関係していますので、解決の経緯と併せて報告させていただきます」
ちらりと晴臣の視線が、正雄に向けられる。それを弓弦は意外に感じた。二人の関係は、あまり良好ではないと思っていたからだ。
正雄が頷き返すと、発言を促された美波が再び語っていく。
報告を受けた少将らの反応と質問。そこまで全て聞いた晴臣は、ため息交じりに言った。
「特に理由がなくとも、主が言うのなら死ぬ……ね。納得したよ。それはそれで彼の好みだろうね」
少し悲し気な表情を、それで、という言葉で切り替える。その表情は一応、笑みではある。ただ、ひどく不気味なものだった。
それを正雄に向けると、肩をビクリとさせ視線を逸らされる。不気味な笑みのためではない。これからされる質問が分かっているからだ。
ならば満足のできる答えではない。晴臣は当然それを理解したが、聞いておかないわけにはいかなかった。
「どうして四人で来たのかな? できれば恭一少将にしてやられたうえに理由は不明、という説明以外で頼みたいな」
その通りのため、正雄はなにも言えないでいる。
予想ができていたため、晴臣はただ頷いた。
理由を語るには絶対に、美波という存在を外すことはできない。そう考えた晴臣は、美波へ視線を移す。
そして、ふと疑問に思ったことを口にした。
「聞いた限りでは南部軍にいい印象を持っていないよね。何故、美波という南部軍を連想させる名前にしたのかな?」
「恭一少将に与えられた名ですので、詳細は分かりません。ただ、私が南部軍の出であると察していたようです。そのメッセージかもしれません」
頷きながら、晴臣は思う。
いかにも彼がやりそうな、回りくどいやり方だね。美波少尉は、彼のことをよく分かっているらしい。
もっと早くに、遅くとも四年前に、彼の理解者が現れていれば。栞さんがそうであってくれたなら。彼は今とは違う在り方ができていたのに。
この子でも彼を救うことは、きっとできる。でもその救いの名は、破滅だ。私はそれを望まない。
「戦闘パートが四人だけの理由に、心当たりはあるかな?」
黙り込んでしまっていることに気付いた晴臣は、心の中で頭を振る。そうして無理に思考を振り払ってから、三人にこう問いかけた。
全員が否定すると、微笑んで見せる。やっと不気味ではなくなったものの、やはりいくらか不自然な笑みだ。
「途中参加はできないルールだからね、まあいいよ。分かればそれに越したことはないと思ったけれど、分からないなら仕方ない。気に病む必要はないからね」
この言葉にもあまり本心が含まれていないことは、明らかだった。
これは、誰も正解を知らない問いだ。考え続けたところで時間の無駄。そのため話しを切り上げようとしているのだ。
「最後に弓弦准尉、これだけは確認させてほしいんだ。信用して、いいんだね?」
「はい。東部軍勝利の知らせを持って、我が主の元へ戻る。その誓いに、嘘偽りはありません」
「分かった、信じよう。ところで料理はできるかな?」
「一応、人並みにはできます。どうし……いいえ、やります。買い出しすら頼めなさそうな者ばかりですからね」
困ったような笑みで、晴臣は小さく頷く。
霞城も含め、三人は本家。美波は軟禁から逃れた後は防衛線に。料理などできるはずがない。そう思っての、このやり取りだ。
「僕はできます。いつ捨てられるか分からないのに、基本的な生活能力を身に付けていないと思うんですか?」
この少年の理解者は、果たして存在するのだろうか。姿を現したとして、本当の意味で救ってやれるのだろうか。
少しムッとして言う霞城を見た晴臣は、そう考えた。だがその思考はすぐ、紙屑のように丸めて捨てる。
考えても意味のないことだからだ。
救われるか否か。その選択をするのは結局、本人ではない。
「やりたいと言うなら止めないよ。だけど今日は弓弦准尉に任せなさい。霞城中尉は西部軍の参加者を、確認しに行かなくてはいけないからね。
美波少尉も念のため、南部軍を見て来てくれるかな。見たら思い出す者があるかもしれないからね。
三人とも、まずはゆっくり休んで。それからでいいからね」
自身が動かなければ、みなも動きにくい。それを分かっている晴臣、そして次に正雄、美波と食堂を出ていく。
霞城が動く様子を見せないため先に出て行こうと、弓弦が少し椅子を引く。そのタイミングで、霞城が小さく息を吸った。
読んでいただきありがとうございます。
美波が出自等について詳細に語ったのは、第十三話です。