情報共有②
――反対。全員で動くなんて、絶対に反対っ。
これまで黙って聞いていた正雄が、急に声を荒らげた。
霞城も弓弦も、驚いた表情で正雄を見ている。正雄は口を出さないどころか、発言もしないかもしれない、と思っていたのだ。
「私も反対します。一定時間待って誰も現れなければ、基地を奪取すべく動くはずです。なにより基地を増やすという目先の目標に目を奪われてはいけません」
全く動じることなく発言した美波の声で、二人は我に返る。そして何事もなかったかのように続いた。
「美波少尉と同意見です。基地が奪えなくとも戦闘パートの数を減らすことはできますし、基地の場所を絞り込むことが可能です。それにもし連絡手段を多くの者が持っていれば、基地を奪取される危険が増すだけです」
「全員ってことなら俺も反対です。でもお二人の理由は、目先の利益に目を奪われての理由だと思います」
ハッとした霞城は、目を伏せる。自身が言った可能性には、他の危険性もあるということに気付いたのだ。
東部軍は最低限の装備を揃えるのがやっとの状態だ。しかし他軍は違う。
最悪の場合、一対全員という状況を作られる可能性もある。そうなれば美波や弓弦でも、必ず苦戦する。
「まったく、みんなして。人の話は最後まで聞いてね? 二手に分かれて様子を見た後は、その場の判断っていうのが無難だと思うんだ」
不服そうな様子の正雄だが、反論材料がない。めいめいに了解の意を表した三人から少し遅れて、了解の返事をした。
正雄が複数人での行動に反対することを、晴臣は予想していた。それでも内心で少し驚いているのは、想像より早く話がまとまったためだ。
「ペアは美波少尉と正雄少将、弓弦准尉と霞城中尉。ポイントは霞城中尉に振るから、一つの基地に全てのポイントを使ってね。まずは一つ確実に奪取して、情報も得ていこう」
四つの返事が部屋に響く。
スタート地点は戦闘毎に異なるため、その場での判断が必要になる。決めすぎて動けなくなる可能性を考えた晴臣は、話を次に移す。
「基地の位置も共有しようか」
そう言いながらポケットから取り出したのは、何枚かの紙だった。その内の一枚を、全員に見えるように置く。
九つに区切った正方形。十二の円。十五の小さな黒塗りの丸。その丸にバツが重なっているものが十。その近くには数字とSNWのいずれか。
それが、紙に書かれているものだ。
「確かに、派手にやられてる」
北部軍との戦闘で奪取された基地を数えた正雄が呟く。
二度の戦闘をしている西部軍が合計五つであるのに対して、四つと多い。そして南部軍との戦闘は一度とはいえ、一つと少ない。
抱く印象から振り分け方が変わる可能性を、弓弦は考えた。それで、参考までにと言って各軍の印象を聞く。
「北部軍が多くの基地を奪取できた理由には、偶然という要素があまりない。そう思うよ。個々の戦闘能力も高いだろうね。
西部軍は正直なところ、よく分からないんだ。個々の戦闘能力は低そうけど、大きく後れを取っているという印象はなくてね。
南部軍は、戦闘とは違った面で危険だと思うよ。緊張感や必死さといったものが少しも感じられないんだ。戦闘を楽しんでいる様子でもなくて、不気味だよ。
そうだ、霞城中尉。後で西部軍の宿泊施設を見に行ってみようか。知っている者がいるかもしれないからね」
俯いて視線を逸らしたまま、動かない。そんな霞城にもう一度だけ、優しく声をかける。
「……参加者に心当たりがあります。今日東部軍が戦闘するにしても相手軍が西部軍である可能性は限りなく低いということですので、後で詳しくお話しします」
「分かったよ。じゃあ続けよう」
ポケットから出した、残りの紙を並べていく。戦闘した軍の、レーダーの反応を記したものだ。
北部軍は二日目、南部軍は四日目と、古い情報ではある。だが全く参考にならないわけではない。
二度の戦闘をした西部軍が、数を増やしていることは比べれば明白。
「もし片方の軍が手酷くやられてるなら、その軍は裏をかいて基地で待たない可能性が高いですよね? そうでなくとも可能性はあります」
「もちろん理解しているよ。だけど守りに割いている人員はないからね。なにせ四人なんだから。……兎に角ね、先ずは基地数を増やして得られるポイントを少しでも増やさないと」
弓弦が指摘したのは、少し前に自身が言ったことの補足だ。全員で動くことに反対した理由は、攻守に別れるべきと考えてのことだった。
だが晴臣の言うことも理解できるため、それ以上反論することはない。
「状況は必ず大きく変わっているから、頭の片隅に置いておく程度にね。
……さて、時間はまだあるみたいだね。二人は経歴を交えつつ、四人の戦闘スタイルや使う武器、それから異能について聞いておこうか」
通常であれば、これらは最初に聞くべきことだ。しかしこの異能戦争は、勝手が違う。
戦闘中に直接の指揮を執ることのできない晴臣が、優先的に聞く事項ではないのだ。最悪、戦闘パートの者同士で知っていれば成り立つ。
だが知っておくことに越したことはない。それでこのタイミングというわけだ。
「美波少尉は確か、恭一少将からパーソナルネームを与えられているね。武器がナイフだから、白兵戦。異能は?」
「持っています」
異能『赤い靴』は行動制御の異能だ。行動の指示をした物に触れている者に、その行動をさせることができる。
使用回数の制限やインターバルがない一方で、対象への制限が多い。一つの物に一つ、一人に一つの指示しかできない。複雑な指示ができない。
異能発動の対象が、赤い物限定。これが色盲の美波にとって最大の問題だ。
赤い物には、身体の一部である髪や瞳、血液などが含まれない。ただし服等に血液が染み、赤と認識できる色になれば可能。
「所属は従軍以来三年間、防衛線です。最後に、本名を南絢子と申します。詳細は時間があるときにお話しします」
「南? えっと……まあいいか。個人の技量としては、やっぱり戦闘には問題なさそうだね。じゃあ弓弦准尉」
「異能は持ってません。本来はスナイパーなんですが、防衛線で指揮を執るようになってからは中距離での戦闘をすることが多いです。それから俺も、東部軍の出ではありません」
「そうだったね」
佐治を気に入って使いながらも、パーソナルネームを与えない。そんな凛太郎がパーソナルネームを与えた相手がどんな人物か、というのは当時話題になった。
少し変わった従軍経緯のため、記憶に残りやすい。さらに半年前という、最近の出来事。それでみな覚えているのだ。
「……ん? 弓弦准尉、本当に村出身――」
「晴臣少将、時間がありませんので、次へいきましょう」
「とはいっても二人とも、口で説明できることは知っているからね。取り急ぎ話すべきことは話せたと思っているよ」
哀しい。それが晴臣の感想だった。
霞城はある程度、弓弦の事情を把握したうえで何度かこうして助けている。決定的に口にしなければならない状況だけは避けている。それしかできない自分の無力さを感じながら。
それを察していながら、分かっていないフリをして飄々とそんなことを言う。
「いいえ、僕らは異能を持っています」
「それは――取り急ぎ聞かなければね」
霞城の異能『白雪姫』は催眠系の異能だ。最大七名の人間を使役できる。人数制限という弱点の代わりに、曖昧かつ複雑な指示が可能だ。
例えば『赤い靴』で地点Aまで行く指示をすると、一直線に向かうことしかできない。だが『白雪姫』は“安全に”地点Aまで行くという指示ができる。
指示の曖昧な部分、例でいう“安全に”という部分は、使役された人物の考えに基づく。さらに詳細な指示をするためには、姿を認識し合う必要がある。通常は、異能者が相手を認識していれば発動可能。
七名を同時に使役した場合のみ、生きている人間に口付けされるまで異能が使用できなくなる。
正雄の異能『眠れる森の美女』は暗示系の異能だ。張った糸に触れた者を自殺させる。
糸の長さは最大百メートル。範囲は、自身を中心とした半径二百メートル。物体から物体であれば任意のものに張ることが可能。同時に張れる数は最大で十二。
張った糸は動かすことも可能なため、副次的にできることがある。細かく振動させてものを切断したり、複数の糸を束にしてものを動かしたり、などだ。
また範囲内に自身がいる場合、糸は任意で消すことができない。
百の糸を張る毎に、百秒のインターバルが必要。その間は糸を動かすことができない。ただ張ってある糸は消えず、異能も発動する。
「異能によってはペアを変えようかとも思ったけど、その必要はなさそうだね。それで、この三つの異能はどこから急に湧いて出たのかな?」
二人が持つ異能の詳細を聞いて、一呼吸後。そう言った晴臣は笑顔だった。
不気味さを感じた正雄は、言い淀む。すると美波が、集団自殺について覚えているか、と問う。
「覚えているよ。『眠れる森の美女』は犯人の異能ということだね?」
「はい。他二冊は私が南部軍から逃走する際、奪取したものです。異能の存在を知らずに読んでしまったため――」
非常サイレンのような音が鳴り響く。美波も思わず顔をしかめるほどの、大きな音だ。
『これより二十分後、東部軍と北部軍による戦闘を開始します』
読んでいただきありがとうございます。
『眠れる森の美女』の異能の説明には、一点だけおかしな点があります。お気付きになったでしょうか。