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白銀の哀

 異能戦争のルールが最終決定された、翌朝。西部軍の会議室に数名の中将とひとりの少将が集まった。

 みな西部軍では純血とされる、高尚な白銀の瞳と髪の色をしている。身にまとう軍服は濃紺だ。


「なぜ雄剛(ゆうご)大佐を戦略パートに選出した?」


「指揮経験がありますし、なによりなくすには惜しい人材です。軍の意図を知れば大人しく――」


「なるはずがない。憤怒し、東部軍に……いや、勝利軍につくだろう。優秀だからこそ、死んでもらうべきだ」


 実のところ、少将はそれを理解していた。それでも雄剛しかいなかったのだ。そもそも選出基準を満たす者が多くない。

 選出した佐官は三名。他二名の佐官は若いうえに、指揮経験がない。二名とも本家とはいえ無茶な起用だ。異能戦争参加者に不信感を抱かせては、戦う彼らの士気が落ちてしまう。


「そうだな……真白(ましろ)少佐がいいだろう」


 次々と賛同する声が上がるが、事態を把握している中将はいない。どこの軍でも中将の大半はお飾りだ。

 それでもその声を遮ってしまわぬよう、気を付けながら発言する。


「……もっとも危険視すべき者だと考えます。理由をお聞かせ願えますか」


「仮に霞城が生きていると知っても、面と向かって裏切ることはできまいよ。幸いまだ若い。最悪これから躾けることもできる」


 鼻で笑いながら言われた言葉を、少将は心の中で笑う。

 少将は、真白のとある裏切りを知っていた。その名と瞳や髪の色の通り、霞城への真っ白な愛故の裏切りを。

 白は本来、この島に存在しない色だ。それが突然変異によって現れた。

 薄情かつ愛のない夫婦から生まれたとは思えない、深い愛の持ち主。それも突然変異なのだろうと、少将は考えている。


「承知しました。持たせる異能力は真白少佐と雄剛大佐を役割ごと交代し、他は変更なしということでよろしいでしょうか」


 了承を得てすぐに、十名へ翌日の招集をかける。

 異能戦争の説明を聞き終えた九名の視線は、この場に明らかに相応しくない者へ集まる。とびきり若い二名を除いて、一番若い准尉だ。

 俯いたその准尉の隣に立つ、少尉の肩に手を置く。


「見てやれ。戻った暁には、中尉への昇進を約束する。権力をなくしつつある下流分家の出である貴様だ。またとないチャンスだろう?」


 なにがチャンスだ、と伸成(のぶしげ)は心の中で毒づく。

 ただでさえ生き残れるか分からない自身の実力。明らかに力不足な面々。さらに指揮は子供同然の真白。死にに行けと命じられているも同然だった。

 ルールを聞かされたからには、参加者の変更はあり得ない。どうせなら、確実に手に入れられるなにかを望むべきだ。そう考えたことは不思議ではない。

 なにを言ったところで変わらないことは分かっていた。だからと、言わずに後悔したまま死ぬことまで決められたままで死にたくなかった。

 決意して息を吸ったタイミングで、少将が言う。


「それ以外にしてやれることはない」


 逆側の隣にいた恵奈(えな)には、その言葉が聞こえていた。語気が少し苦し気であることが、心底腹立たしかった。

 無意識の内に、自然と拳を握っていた。


 処分するために行かせるくせに。戻るなんて思ってないくせに。私たちに未来がないことを決めておいて、どうして未来の話をするの?

 死んでこいと命じてくれるなら、ちゃんとそうするのに。戦えとだけ命じるなんてズルい。だって死にたくない。

 殺したくない。

 死んでほしくない。


 もし意見ができるとしたら、唯一の上流分家である自分だけ。少尉とはいえ、髪の色しか高尚な白銀でないとはいえ、上流分家。

 そう思い、発言しようとした恵奈の手がそっと握られた。反射的に隣を見ると、ひどく冷めた白銀の瞳があった。小さく首を振って恵奈を否定する。

 いつも笑顔でいる(ふみ)の、見たことのない表情。


「……はい」


 戸惑っている間に、伸成はそう返事をしていた。

 しまった、と恵奈は心の中で舌打ちをする。本人が了承してしまえば、もうどうすることもできない。

 だが恵奈も本当は分かっていた。仮に全員で猛抗議したとして、なにかが変わる可能性など少しもなかった。

 手を握る力を弱めると、微笑みとともに文の手が離れた。


「少将。戦略パートに雄剛大佐ではなく真白少佐を選んだ理由をお聞かせ下さい」


 その声は、恵奈が誰もいないと思っていた場所から突然聞こえた。肩をビクリとさせるが、姿を見てすぐに安堵した。

 声の主である(さとる)が、南部防衛線で数々の戦果を挙げているからだ。

 しかしそれは西部軍が作った虚像でしかない。この発言はひとり先に呼ばれ命令されて言った言葉だ。


「戦闘エリア内での指揮が重要であると考えた。不服か」


「いいえ。明確な理由があるのであれば問題ありません」


 言い終えた瞬間、タイミングを見計らったかのように扉がノックされる。大将が真白を呼んでいると言われ、真白だけが部屋を出て行く。

 最後に、と少将からもうひとつ命令を告げられる。先の質問への返答も命令されていた聡だけが、事態を正確に把握することになったが――


「以上だ。………」


 わざとある、この無言の間ですら発言する様子はない。


「質問がなければ退室しろ。真白少佐には後からわたしが伝えておく」


 その言葉は建前で本来、質問は受け付けていない。言ってすぐに背を向けたのがその証拠だ。

 たった数秒だろうと、唯一まともに意見が言える機会を九名は逃した。命令通り退室する他ない。となると当然、流れる空気は非常に重い。


「……えっと、和真(かずま)少尉は人に教えてたことがあるんだよね。(さく)准尉の面倒は和真少尉が見たらどうかな?」


「僕は他のみなさんを見た方がいいはずです。なにより意見があるのであれば、あの場で発言すべきだと思います」


 同じ少尉という階級だが、和真は恵奈に敬語を使う。それは軍全体にある暗黙の了解のためだ。

 上流分家と下流分家という、家柄の違い。その壁は永遠に超えられない。


「あの……僕、言わなきゃいけないことが……」


「分かっている。聡中尉が噂通りの戦果を挙げているのなら、選ばれてはいないだろうからな。生き残れば儲けもの、といったところか」


「多分そうです」


 多くの者には寝耳に水だった。

 聡がいるため、完全に見捨てられたわけではないのだと言い聞かせていた。だがその戦果が嘘だとすれば話は全く違ってくる。


 南部軍と北部軍の選出は負けを前提としたものではない。少将の命令からそれを察することは簡単だった。

 一方の西部軍が、戦場でまともに戦えるのは雄剛と和真の二名。

 朔はとある事情により戦闘能力は皆無。他の面々はしばらく前線を離れていたり護衛を担当していたりと、実戦の経験不足が否めない。


「それから……あの質問は命令されたものです。真白少佐が呼ばれたタイミングが偶然であるはずがありません。おそらく――」


「それ以上言うな。命令は命令だ。命を賭しての行いが、愚行であると語り継がれてはならない。己の名誉という部分もあるが、家や周囲の者の評判に関わる。事実がどうであれ俺たちは名目上、代表だということを忘れるな」


 一度言葉を切ると雄剛は、その白銀の瞳で八名全員を見渡しながら考える。

 全ての家の者が揃っているのも、そういった意味があるはずだ。不参加だった家があれば、その家はなにかと不利になる。

 選出基準はまだある。西霞城。軍はなぜあの少年に、強くこだわるのか。

 その疑問をいったん措いて、言葉を続ける。


「真白少佐がなんと言っても、なにがあっても、少将の命令に従え。南部軍か北部軍、どちらかの負けが決まるまで両軍の者を殺すな」


 緊張感のある返事が響く。だがその空気感が長く続くことはなく、どこか弛緩した空気が流れ始める。

 誰が言うでもなく九名は、訓練場へ向かって歩き出す。その足取りは軽やかですらあり、笑顔もある。その心は同じだった。


 命散りゆくその日まで、こうして笑顔でいよう。








                    ***








 異能戦争五日目。木々が乱立する、森林フィールド。

 対峙している大佐は、その木々と同じように立っているだけだ。にも関わらず、とても敵わないと思わせるオーラがある。

 近くにいる朔をちらりと見ると、ガタガタと震えていた。


「い……行って下さい。僕でも十秒ぐらいならなんとかなります。持ってる武器がナイフということは白兵戦です。距離を取りましょう」


「こんな人、どうにもできない。南部軍の准将からだって逃げるのでやっとで。勝負になんてならない」


 金の瞳が自分たちを見失い、紫の髪が遠ざかる。あのときの安堵を、伸成は思い出す。

 朔を犠牲にして逃げても、あの安堵を得る未来が想像できなかった。それに、と拳を握り締める。


「無駄死にするくらいなら、守って死にたい。自己満足に付き合って」


「己を犠牲にしようという、その心意気に免じてチャンスを与えよう。十秒やる。どちらかが去るのなら、今回その者は追いかけない。決められないなら、まとめて相手をする」


 カウントが始まる。伸成は動こうとしない。さっきはああ言った朔だが、本当はどうするべきか分かっていた。

 朔は勝利に不可欠である“ポイント”を持っている。これは自身を殺した相手に移行しまうため、敵に殺されるわけにはいかない。


「朔准尉」


「――門で、待ってますから」


 カウントが終わり、その場に残った二人は互いに向かって駆け出す。

 伸成の武器はアサルトライフル。中距離戦闘が基本である銃のため、不利になる行動。だからこそ相手にとって予想外の行動になると考えた。

 一度不意を突くことさえできれば、逃げられる。逃げてどうなるのかは分からなかったが、逃げればどうにかなると思った。


「哀しいな。誰かのために戦える者を、この島はまたひとり失う。だが仕方のないこと。ここへ送られた我々は特に、なにかを変える力など持ち合わせていないのだから」


 その言葉は途中から、誰にも聞かれていなかった。

 読んでいただきありがとうございます。今回は西部軍のお話しでした。

 先の二つの軍と大きく異なる点が二点ありました。この違いは、物語に大きな影響を与えます。


 最後にちらっと出てきたポイントや、前の話から出ていたフィールド。そして戦闘、戦略のパート。これらルールについては、本編で異能戦争が開始する際に詳しく説明されます。

 ポイントについてひとつお話ししておくと、移行の条件に所属軍は関係ありません。同軍でも同じ条件です。それを踏まえると悪魔と評されたやり方は兎も角、その行動自体はする必要があったのかもしれません。


 次話は日曜の13時に更新します。


(23/4/17訂正)

 異能戦争について聞かされた後の場面で、伸成が上流分家となっていました。少将の発言通り、伸成は下流分家です。関連する部分を訂正しました。

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