第十一話 嘘吐き①
本部に戻った四人は、改めて詳しい報告をするため恭一の執務室にいた。一通り報告を終えた霞城が一歩下がり、四人は再び横一列になる。
翔也からある程度を聞いていたためか、恭一は小さく頷いただけだった。
「どこかへ寄って、着替えなかったのかな?」
四人が着ている軍服を見れば、当然抱く疑問だった。血が付いていない軍服を着ている者がいないのだ。
特に霞城と美波は酷く汚れ、亮太と翔也は上半身ばかりが汚れている。
「着替えた後で、盗賊に襲われました」
「その報告をしなかったのは、知られたくないことがあるからかな?」
三人と視線を合わせ、最後は霞城に視線を定める。
報告をしたのが霞城であることは、その理由ではない。恭一からしてみれば、すぐにバレる隠し事をするのは霞城しかいないのだ。
亮太と翔也には、状況を正確に理解できる能力がある。美波は積極的に嘘を吐くことがなく、そういった状況になることを避けようとしている。
二人が理解した状況というのは、簡単だ。
汚れた格好で少将に会うことは通常、良しとされない。だが現状そうなっているのは、恭一がどこにも立ち寄らせず連れて来るようにと命令したためだ。
恭一がなにかを警戒していることは、そのことから明らかだ。ただ強くは警戒していないため、その命令は四人に伝えている。
しかし全てを報告し、質問に嘘偽りなく答えなければ、亮太が鹿目に言ったことが現実になりかねない。
「いいえ、関係ないと決めつけ、報告を怠りました。申し訳ございません」
それが嘘であることは二人には明らかで、理由も大方の想像がついている。翔也が目を伏せたことを、恭一は見逃さない。
「美波少尉から見た事実を教えてくれるかな?」
「襲われ、反撃しました。それだけです」
「庇ってるのかな?」
「いいえ、私にはそれしか分かりません」
恭一の沈黙に、三人は冷や汗をかく。
根拠こそないものの、明らかに嘘を吐いていると感じさせた。鹿目の言葉から想像できる以上に、嘘が下手だった。
それを恭一が感じ取っていないなど、あるはずがない。命令に逆らって誰かを庇う行為をよく思うこともまた、あるはずがない。それがパーソナルネームを与えた者なら尚更だ。
「恭一少将、冷静なご判断を。わたしは事情を存じ上げませんが、今霞城中尉を失うことは不利益になるのではありませんか?」
「私はいつでも冷静だよ。私怨で提案することはあっても、決定することはない」
その精神状態は一般的に、冷静ではない。三人はそう思ったが、当然口にすることはない。焦りに似たものだけが積もっていく。
また、庇うという謎の行動を美波が見せたことが、三人を混乱させていた。
少しでも状況を整理しようと、それぞれ記憶を思い起こす。
***
支部を発って二十分ほど経った頃だった。三人を乗せた、翔也が運転する車に異変が起こる。
車体に固い石のようなものが複数、立て続けに当たった。
「速度を落としてください。少し窓を開けます」
「窓を開けるのは危険だ。相手はあの崖から撃っている。この車は防弾対策がされているから、このまま走り抜けて振り切る」
「近くに車が待機している可能性もあります。崖の近くにも待機していた場合、合わせればかなりの数になるはずです。周囲を確認する必要があります」
どちらの意見も間違ってはいない。だがどちらかしか実行はできず、精査している時間はない。即決する必要がある。
そんな中で霞城は、ひとつだけ質問をした。
「戦闘をするなら、銃で狙えるスピードまで落とす必要はある。でもその判断をする前に窓を開ける必要は、どこにあるんだい?」
「高速で移動する箱に入っていては、周囲の風の流れなど分かりません」
「翔也大尉、スピードを落としてください。美波少尉、窓を開けて確認して」
霞城が指示を出せたことに、懸かっている命の数は関係ない。少なくなったからではない。清之助の死を見たためだ。
人は、死ぬときには死ぬしかない。
運よく助かり続けて、忘れていたことを思い出したのだ。
「待ち伏せの車は、一時の方向に一台です。崖上には十以上。待機している運転手が二人」
「車は走らせ続けて、待ち伏せを引き付けてください。僕と美波少尉は降りて崖上の者たちの相手をします」
戦闘経験のない霞城と、白兵戦の美波。遠距離銃を使う相手と戦闘するには無茶としか言えない。だが一番現実味がある作戦であることは間違いなかった。
亮太も戦闘経験があると言えるほどではない。立場も考えると最悪、守りながら戦うことになりかねない。
「分かった。あの岩陰でやり過ごすフリをして、一度車を停めるね」
車をすぐに動かすと、相手が作戦に気付いてしまう。気付かれるとしても、遅ければ遅い方が都合がいいのは当然。
そのため車はしばらく待機。二人はひっそりと崖へ向かった。
待ち伏せを想像より簡単に片づけると、車は崖へと引き返す。当然それまでの間なにがあったのかは知らない。
残りは四人。霞城がひとりを片付ける間に美波は、無駄のない動きで三人を片付けていた。
二人が使う武器は、銃とナイフ。傷が大きく異なるため、どちらが作った死体なのか分かる。
霞城は片付けた数こそ少ないものの、確実に仕留めていた。
心臓や頭や、そこに近い場所に着弾している。襲ってきた相手とはいえ、相手も人間。それを理解したうえで、正確に狙っているのだ。
もう動かなくなったそれには目もくれず、周囲を見渡した。他もそうだったのだろうと想像できる動きだ。
「次が来ます。……五、四、三、二、」
美波がカウントしている間に、銃のリロードを済ませる。ひとりで技術を磨けることのためか、素早い。
そして上げた顔は、不気味に笑っていた。
「一」
こんなにも簡単に人が殺せる。訓練した通りのことができている。軍人としての訓練ではないから、足りないところは多いはず。それなのに、こんなに簡単に。
簡単に、人の運命は変わるんだ。
可笑しくて堪らない。世界の全てがおかしく見える。
今まで僕は、なにに囚われていたのだろう。こんなにも簡単なことを、なぜ西部軍はしなかったのだろう。
単にこの者たちが弱いのか、僕に秘めたものがあったのか。それとも共に戦う者が周囲を勘違いさせてしまうほど強いのか。
なんでもいい。僕が今強いことは事実なんだ。この殺戮を誰にも邪魔されないことが、こんなにも嬉しい。嬉しくて、楽しい……!
「霞城中尉、下がってください。これ以上の戦闘はさせられません」
一瞬のことだった。
意味を理解しかねている霞城の頬に、柔らかいものが触れた。美波の手だ。まるで割れ物を触るかのように、そっと触れられた。
それで霞城は、今、自分が笑みを浮かべているという事実に気が付く。何度か頭を振って、切り替えた。
「もう大丈夫さ」
違う。だめだ。呑まれるな。僕は殺戮に快楽を覚えたんじゃない。ほんの少しの自由を得て、初めてしたことが偶然これだっただけ。
人の運命を変える立場にいるのも、偶然。忘れるな。僕だっていつでも運命を変えられてしまう。殺されてしまう。
辛い思いをしたくないなら、早く死んだ方が絶対に楽なはず。分かっていても、死にたくないと思う。それは僕だけの未来が欲しいってだけじゃない。
多分、未来に期待しているから。
じゃあ文姉さんは、諦めているのにどうして生きるの?
「四時の方向にいる三人は任せます」
「了解」
淡泊な美波の声は、今の霞城にとって救いだ。殺戮に快楽を覚えかけた自分に烙印を押さない、その声は。
だがなにを自覚しようとも、今するべきことが変わることはない。戦闘、あるいは殺戮である。その事実に辟易しかけても、敵は襲ってくる。
応援で来た車を、翔太らはあえて見逃していた。待機の一名になったところで潰すためだ。乗っている全員を相手にできる能力はない。
持っていた金品を車に積み、二人を待つ。
「随分と金回りのいい盗賊だな」
「連携の甘さから、複数の盗賊による即席のものと想定できます。この程度の金品はあって当然です」
足音がないため突然現れたような美波の返答に、亮太は曖昧な返事をする。躊躇なく人を殺すさまというのは、亮太にはいささか刺激が強かったのだ。
ましてや霞城は初の実戦だと知っている。見てしまった醜悪な笑みも、十六歳の少年のものとは思えなかった。
「……またどこかの支部へ寄るか」
出発した車内に響いた亮太の声は、気不味そうなものだった。
無言に耐えかねての発言ではあるのだが、酷く汚れた二人を気遣ってのものでもある。だがその二人はこう言って、賛成しなかった。
恭一へ報告しに行く前に、汚れを落とす必要がある。手間になるため本部までこのまま向かえばいい。
「どこへも立ち寄らず報告に来るように、と恭一少将からの命令です」
深く考えることはせず賛同していた二人と霞城は、本部に着きそれを聞いて、やっと気付く。
恭一自身は、自分がトレイターズと関わりがないと知っている。そんな恭一から現状がどう見えているのか。
関わりがありそうなのは霞城、美波、鹿目の三人だ。しかし現地にいた亮太と翔也に、関わりがない可能性が全くないわけではない。
ではなぜ強く警戒していないのか。
鹿目を町に残したのは、信頼のためではない。
来てもらっては困るためだ。
次話は日曜の13時に更新します。