表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完結[改訂版]貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第一章 絶望の大海に、小さな幸福が浮かんでいる
16/177

第九話 心の行き来①

 車内で交わされる言葉はなく、空気は重い。

 基地に降りた翔也は、独特の雰囲気に思わず周囲を見回す。その間に同乗者はともかく、運転手も姿を消していた。

 周囲に人がいないという状況は、建物の中に入っても変わらなかった。普段であれば美波に話しかける者も、今は遠巻きに見ている。


 基地には名目上の責任者として、下流分家の者がひとり配属されている。大抵は分家であることだけが自慢の、でくの坊だ。

 そういった者だけに、アイデンティティを奪うような配属への不満は大きい。

 着任したその日から大きな顔で威張り散らかす者。最低限しかない業務にですら徹底的に無関心である者。様々な者がいるが、ろくでなしという共通点がある。

 支部配属の苗字持ちと会う機会は、稀にだがある。その印象は、外面がいいだけマシという程度で、他の苗字持ちと会うことは偶然が重ならない限りない。

 

 そのため基地配属の者らは、苗字持ちを“そういうもの”だと思っている。苗字持ちと聞いて怯えたり嫌煙したりするのは仕方のないことだった。

 だがそんなときでも変わらないのが、琴音だ。


「お疲れ様です、大尉。本日この者は休暇日なのですが、連れてどこへ行かれるのですか」


「トラブルに居合わせたんだ。多分しばらく付き合ってもらう必要があるから、代わりの者を手配させるよ」


 琴音の指揮する小隊は精鋭揃いだ。人員が入れ替わろうと、多少減ったままだろうと、問題なく動ける。

 だが美波がいなければ、他小隊のカバーまでは手が回らない可能性がある。普段受けている支援が急に受けられないとなれば、どうなるかなど目に見えている。


「……人数がいればいいというものではありません」


「ごめん、簡単に言ったね。美波少尉に限らず、人が抜けたり替わったりすることがどういうことなのか、分かってないんだろうね」


 分家の者の言葉だと信じられない琴音は、戸惑いの表情を見せる。遠巻きに見ている者らも同じように戸惑い、近くの者と顔を見合わせた。

 一方の翔也も、さらに気を悪くさせてしまったかと戸惑っている。


「えっと……本部へお電話なさるのでしたら――」


 美波も知っていると分かっていたが、話を逸らすために言いかける。だが近付いてきた足音にハッとすると、言葉を止めて振り返った。

 軍服の階級章は少尉。この基地の責任者だ。


「遠いところをようこそ。わたしは――」


「挨拶も案内も結構」


 その一言は、これまでの態度とは一変してピシャリと言い放たれた。

 相手が困惑している隙にと、その場にいた全員が動き出す。一番近くにいた琴音も捕まることなく、上手く逃げ切っていた。


「少将へ報告する際ですが、中尉がみなさんに意見を求めたと言った方がよいかと思います。中尉には後で口裏合わせをお願いしましょう」


 人がまばらになると、美波は耳打ちでそう言った。翔也はその言葉で、初めて気付く。誰も霞城の意見を積極的に聞こうとしなかった、と。

 もしありのままを報告すれば、返ってくる言葉など分かり切っている。

 翔也が了解の言葉を返した次の瞬間には、美波は小さな紙切れを見せていた。


「准尉のポケットに入っていた物です」


『ひとつの約束が果たされた。しばらくの間、我々トレイターズは身を潜める。軍人を含めた東部軍領地内の住民に対し、直接危害を加えることはない』


 翔也は驚きの声を上げそうになったが、堪える。なにも驚くことではないと自身に言い聞かせた。

 トレイターズが持っている情報からして、内通者や協力者が各軍に多数いるであろうことは想像に容易い。二重スパイの存在も同様だ。

 その筋から情報を得た軍は、トレイターズと取り引きをすることもある。そう噂になっている。

 ただ、少将が知らない取り引きがあるかは疑問が残るところだった。

 

 思考を切り替えるために、小さく頭を振る。

 いくら考えたところであまり意味はない。いつかは報告しなければならず、そうすれば知られることだ。

 かいつまんでではあるが、翔也は町での出来事を全て語った。


「霞城中尉は指揮経験のなさから、亮太少佐は“それ”についての知識がないことから、指示を出しあぐねている状況です。指示をお願いします」


『トレイターズは約束を(たが)えないから、なにも起こらないと思うよ。でも念のため状況を把握してる鹿目曹長を臨時の駐屯軍人としようか。三人は美波少尉と本部に戻ってきて。もう遅いから、発つのは明日の朝でいいよ』


「鹿目曹長から話しを聞かなくても――いいえ、ご指示通りに」


 電話口の恭一はクスリと笑っただけで、通話を切った。数秒間、受話器を見つめるという無駄な時間が過ぎる。

 美波が声をかけるとハッとして受話器を置いて、車の手配を指示した。


「いつでも出られるよう、琴音伍長が話してくれているはずです」


 そんな風に気を遣える者が伍長であるはずがない。そう考えた翔也は、曖昧な返事をすると車庫へ向かった。

 だが美波の言ったことは事実、起こっていた。

 しかもサンドウィッチまで用意されている。それを見て、これまで自覚していなかった空腹が音で訴えた。


「車内で食べられたらと思ったのですが、少しゆっくりしていかれますか?」


「……いいや、戻るよ」


 翔也が暗い表情をする理由を、琴音は知る由もない。だが精鋭揃いの小隊を束ねるだけあって、洞察力や察知能力は高い。

 だからこそ一切、理由を探るような素振りを見せることはしない。

 どんなに些細な出来事だと感じても、安易に首を突っ込むべきではない。それは死を招くのみの愚行である。

 それが常識であると同時に、関わるべからずと勘が告げていた。


「気遣ってくれてありがとう、琴音伍長」


 動揺した様子で美波に視線を向ける。

 翔也にはその理由が、直感的に分かった。そういった考え方をする傾向が自身にあると、自覚があるためだ。


 自分のせい。


 今回の件、美波は中心に近い場所にいる人物だ。町で起こったことを知る者であれば誰もがそう考えると、翔也は思っている。

 だが琴音は事情を全く知らない。自分が外出を勧めたせいでトラブルに巻き込まれた、と考えたとしても不思議ではない。

 まさにそれが、琴音が伍長である理由だった。

 無意味な責任を感じることや、見捨てるという選択に引け目を感じるその性格は本来、指揮を執ることにも向いていない。


「気にしてないのかと思ったけど、違ったんだね。大丈夫、琴音伍長のせいじゃないよ」


「……あなたじゃない」


 その言葉は、絞り出すように言われた。泣き出しそうな声だった。

 目の前にいる人物は、自分と同じ考え方をする傾向がある。その者を笑顔にできたなら、自分を少しだけ救えるような、そんな気で翔也はいた。

 だがそれは思い違いだった。

 言ってほしい相手は自分ではない。それを翔也は痛いほどありありと分かっていたが、無視して言ったことで琴音を傷付けた。


「よく分かりませんが、何事をも自分のせいにするのは傲慢だと思います。どれだけ広く世界を見渡そうとしても結局は、自分視点でしかありません。しかし世界は誰かを中心に回っているわけではないのです」


 美波が首を傾げた理由は簡単だった。二人とも暗い表情になったまま、動き出す気配が少しもないことが不思議だったのだ。

 それを二人は理解していて、だからその言葉に励ましのような意味がないことも分かっていた。

 それでも翔也は、救われたような許されたような、そんな気になった。

 だが肝心の琴音は、寂しそうに笑った。


「そうだね、ごめん。ありがとう」


 言うとすぐ、背を向けて歩き出す。立ち止まって言いかけた言葉があったが結局言わず、振り返ることなく去って行った。

 背中を見送った翔也が車に乗り込むと、美波も運転手に声をかけて乗った。


「……食欲ない?」


 発進した車の中でサンドウィッチをひとつ食べ終えた翔也は、手をつける気配のない美波に問う。

 最前線に長く身を置けば、それだけたくさん悲惨なものを見ることになる。だがそういったことに慣れない者は一定数いる。戦闘能力が高い者であれば精神的な強さを持っている、というわけではない。

 清之助の残忍な姿を見たと、美波は話した。口調は淡々としていて無表情だったが、もしやと思ってそう声をかけた。

 短い否定を返した美波は、続けて言う。


「亮太少佐はしばらくすれば持ち直すでしょう。戻った頃にはもう持ち直しているかもしれません。ですが霞城中尉は大丈夫でしょうか」


「人の死を見ることに慣れてないうえに、もしそんな姿を見たら……確かに心配だね」


 美波がした返事は曖昧なもので、それ以降はなにも言わない。サンドウィッチが減らないまま、車は町に到着した。

 苗字持ちがいるからか、琴音がなにか特別なことをしたのか、ちゃんと町に到着した。

 車の音を聞きつけて、慌てた様子の住民がやってくる。


「やっぱりお嬢だったか、よかった。早く来てくれ。説明は後だ」


 案内されて着いた先では、涙目の霞城が亮太の胸ぐらを掴んでいた。

 それを見た翔也の感情は安堵だ。その程度でよかった、と思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ