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完結[改訂版]貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第六章 この大海を泳ぐとき
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第四十八話 ある問いへのこのときの答え⑤

 人気のない庭から、空ではないどこかを見上げ続ける。そんな海人(かいと)の元を、朝霧(あさぎり)が訪れた。

 この庭の存在を知っている者は限られている。連れて来られていた子供たちの中で場所まで覚えていたのは、瑞人(みずと)だけだった。

 大した思い出のない昔遊んだ場所など、正確な位置を覚えていなくて当然だ。

 海人も朝霧も軍に連れて来られたことはない。そのため本来であれば知らないはずだった。


「やっぱり瑞人少佐に連れて来られていたか。でもまあそうだろうな。瑞人少佐が誰かの話をするときは、決まって二人のどちらかだった」


「俺もそうだよ。……ありがとう、俺とも仲良くしてくれて」


「最後みたいに言うな。距離を置こうと思っていたら、ここには来ない」


「こうやって話せるのは最後かもしれない。多分、もうすぐ降格するから」


 統合される際、階級の見直しがあるのは間違いない。そのとき降格の心配をしなければならないのは、海人ではなく自分だと、朝霧は思っている。

 海人は監査を行う部署に所属しており、多くの実績がある。未だに中佐であることを不思議がる者も多い。


「惜敗でないことは察せる。不安なのは分かるが、悲観しても仕方ないだろ」


「一番だよ。聞かなくたって真也少将を見てれば分かるよね? 完敗じゃないといいけど、怪しい」


「…………目を逸らしていたのに。冷静だな」


「時間は戻せないからね。でももし戻せるなら、変えたい過去はある?」


 ――瑞人からなにか聞いているかい?

 ――少将が気になさるようなことは、なにも。

 ――分かりやすくて助かるよ。


「ああ」


「俺もだよ」


 ――昇格なんて興味ない。仕事なんて適度にやって、暮らせるだけのお金がもらえればそれでいい。特に趣味もないし。

 ――これじゃ生きるために仕事をするのか、仕事をするために生きてるのか、分からないよね。

 ――でも多分、分からなくなるのが奴隷の性で、俺も軍人という名の奴隷なんだよ。巌谷(いわや)さんはどうしてこんなことを?


「もし本当だったら羨ましいと思って、必要のないことをしたんだ」


 ――報酬は、異能の本『ハーメルンの笛吹き男』の在り処か異能者の所在。それならやってもいいよ。

 ――東部軍から呼ぶなんて、どう考えても見合わないでしょ。後から追加で要求されるの嫌だから、それならやらない。

 ――つまり結局寂しくなっちゃったってことかな。分かった。手を貸すのは一度きりだけど、訪ねて来るのはいいよ。ただし絶対に手引きはしないから。

 ――それは……瑞人(みずと)を叱らないでいてくれたの、嬉しかったから。


美波(ミナミ)少尉って、異能力で瑞人のこと忘れさせられてたんだよね」


「ああ」


「ルールでは接触が禁止されてるわけじゃなかったはず。瑞人も異能力のせいで記憶があやふやなんだったら、なにも不自然なことなんてないんだよ」


 ――確かにこんな庭は知らないけど、大層な庭じゃないよ? どうしたの?

 ――本当に……。

 ――でもなんか懐かしい感じするかも。また来てみようかな。


「あのときも余計なことをした」


 ――あの庭に面してる部屋にいる子と、仲が良かった気がする。

 ――いや、顔はぼんやりとしか思い出せないし、その表現は間違ってるかもしれない。確かなのは、すごく楽しかったことだけ。


「余計に辛い思いをさせた」


「いつのことだ? 誰に頼んだ?」


「繋がった……」


 海人は異能戦場で起こったことについて、ほとんどなにも聞かされていない。

 唯一朝霧から“あの部屋の少女”を見つけた、とだけ聞いていた。タイミング的に異能戦場にいたのだろう、というだけで、参加していたかは分からない。

 だから凛太郎には、“異能戦争に参加した女性”という言い方をした。いなければそう答え、心当たりがないうえに女性が複数名参加していれば、特徴を問われる。

 それがなかったため、同一人物だと確信した。


 朝霧との会話は難しくない。普段通り話して確認の口調で言えば、相手は勝手にこう思い込む。

 誰かから聞いているんだな、と。

 朝霧は海人が異能者であるとは知らない。頼んだと思ったのは、それができる異能者に会ったからだ。


「楠巌谷は本当に、自由のために死んだの?」


「……なにも知らなかったのか。それを知ってどうする」


鹿目(カナメ)曹長のせいでもあるって、俺は後悔してもいいんだって、確認したかった。罪を後悔できないのは、辛いよ」


「分かった。報告すれば、情報漏洩とかで処分されるかもしれないな。だから黙っとくのは俺のためだ。なにも背負う必要はない」


 人としての感情を優先しつつ、軍人として在り続けることにはこだわる。もはや軍の奴隷ですらない。そんな自分は何者なのか。

 海人は自分に問う。

 答えが出ないままじっとしていると、朝霧の優しさが傷に染み始めた。けれど痛くはない。そのことが海人を辛くさせた。

 軍人である前に人である朝霧に、この苦しみは分からない。そう思いながら朝霧の優しさに耐えていた。








                    ***








 真也(しんや)はある名簿を見て、深くため息を吐いた。

 トレイターズと関わりを持った。楠巌谷(クスノキイワヤ)がそう言って美波へ託した名簿の、南部軍の者が抜粋されたものだ。

 その中に海人の名前があった。


 トレイターズではないか。そう疑われていた真也を、海人は疑っていないと言い切った。

 自分が関わったことがあるため、真也は違うと確信していたのだ。

 ヒーローにならないでくれ、と言うと、もう無理だ、と返された。

 海人の場合はかなり間接的だが、どんな形であれ反逆者に手を貸したことに変わりはない。だから“もう”無理だったのだ。


 トレイターズに協力した者の処分は、全ての軍で統一されている。巌谷が言った通り数が多いため、内容を細かく言及する余裕がないのだ。

 それでも全く同じにはできない。かなり重要な情報を与えている者もあれば、それひとつであれば些末なものまである。

 それを一緒くたにしてしまっては、間違いなく不満が出る。

 そこで所属軍の少将が言動の重さを段階別けし、それに応じて減給の期間が変わるようにした。

 罪自体には同じ罰を与えるが、重さは考慮している、というわけだ。


 それは方便で、実際は金が必要だからだ。

 違う軍へ行けば、例外なく誰もが新人だ。新人教育には金がかかる。移動手段である車を動かすにも金がいる。

 北部軍にある最先端の機械をどの軍も作れるようになるのはいいことだが、作るには金がかかる。他にもなにかと金が必要だ。

 減給という処分は、今の状況にちょうどよかったのだ。


 理屈は分かるがそれでも……と、渋々といった様子で了承した少将たちは、次の提案に猛反対した。

 巌谷の名簿に書かれていたのは、渡した情報や行った手引きなどの、要求したもののみ。見返りの内容は書かれていない。

 それを無理に聞き出さない。聴取の時間は設けず設問書類の提出のみとする。そういった提案だ。


 ――他人や今の自分から見てどんなに馬鹿馬鹿しくても、当時の自分には必要なものだった。

 ――だから後悔なんてできなくて、どんな処罰も本人には意味なんてない。


 ――当時ですら一本の蜘蛛の糸みたいな希望だと分かってても、諦めるなんて絶対にできなかったし、したくなかった。

 ――そんな者の傷を抉るようなことはできない。


 トレイターズの残党がいて、動くかもしれない。楠巌谷らが全てを語ったとは限らない。有事の際に役立つ可能性がある。

 こういった反対の文言はあくまで建前であり、面子のことを考えいるだけに過ぎない。そんな少将たちに、正雄は静かにそう言った。

 正雄が異能戦場へ戦闘パートとして赴いたことは、全ての少将が知っている。自身のことを言っているのは明白だった。


 ――それだけじゃないよ。記録を見れば、その者がなにで動かせるのか分かってしまう。不利益に繋がりそうだけどね?


 恭一の言い分はもっともだった。誰もが反論できず、東部軍の提案した方針は可決された。

 個人的に打ち明けられるような仲の者は、真也にはいない。だから誰がなにを欲して反逆者に協力したのか、真也は知らない。

 本当に心から慕ってくれる者は、(つかさ)しかいなかったのだ。それをありありと知らされた形になった。

 これまでなんとか保っていた“人という形”が失われていった。

関連話

第二章:「十七日目 南部軍戦闘④」第二十話「届いた知らせ①」

第三章:第三十一話「彼ら彼女らの役割」

第五章:第四十三話「誰も知らない②」

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