番外編 雪之丞と三つの出会い③
連絡もなしに突然、少将が訪ねて来た。なぜか自分に少女を預かってくれと言っている。
雪之丞からすれば、それが全てだった。
その少将は作り物めいた、機嫌の良さそうな笑顔を浮かべている。既視感を覚えたが、十年以上も前のことを思い出せないのは仕方がなかった。
「大きな夢を語る者の言葉は大抵長いんだ。叶えられないと分かってるから保険をかけるんだよ。でも雪之丞くんは違ったね」
なんと言葉を返していいのか分からない雪之丞は、困惑顔で固まっている。それを無視して、少将は続ける。
「それに晴臣少将から聞いたよ。計画を随分変えたみたいだね。軍を変えられないからと、町を変えて歩こうとするなんてね。大胆だ」
滅多に語らないはずの夢を、晴臣は誰から聞いたのか。最後まで言うことがなかった理由に、合点がいった。
若い頃に会った少佐が笑い話として言いふらし、それを伝え聞いた。晴臣が言わなかったのは気遣いか、知られるとなにか不都合があったのか。
目の前の少将が知っているのは、晴臣もそうして言いふらしたためか。
雪之丞は本気でそう思った。己の夢が叶わないと一番思っているのは、雪之丞自身になっていた。
「食べることの楽しさを、彼女に教えてほしいんだ。夢を形にするところを、私に見せてほしいんだ」
その少し真剣な声音を聞いて、思い出した。
「わたしを避けていたのではないのですか?」
「雪之丞くんは自分の力で歩けるだろう? 関わって、変な噂が悪さをしてはいけないからね。精神的に限界そうだったから晴臣少将に興味を持たせるようなことを言ったんだけど、正解だったね。穏やかな表情をしてる」
目の前の少将は、あのときの少佐は、言葉通り本当にずっと覚えていた。
しかも雪之丞の可能性を心から信じている。自身の夢を叶えられる可能性。町かそれとも軍なのか、変えていける可能性。それを感じて、深く頷く。
美波はこうして、雪之丞の元へと預けられた。
この会話は美波も聞いていたが、当然のごとく二人の事情は知らない。送られたのがこの町だった理由が分からないこともまた、仕方のないことだった。
「そうだ。名前も年齢も分からないから、できたら聞いておいてね」
「それは色々と、大丈夫なのですか?」
「うん、大丈夫だよ。聞いてることもあるんだけど、知らないで接した方が分かることもあるからね。彼女はひとりの人間だ。それで十分だよ」
恭一に軽く背中を押された少女が、雪之丞の前まで歩いてくる。姿勢がいい。挨拶をした後の礼も典雅で、しっかりと教育されているのが伝わった。
視線を合わせるために膝をつき、名乗るだけで自己紹介を済ませると尋ねた。
「なんて呼んだらいいかな」
「なんでもいいです」
「じゃあどんな風になりたい? そのイメージに合った花言葉を持つ花の名前からとるなんて、どうかな」
「いらないです」
具体的なイメージがあるために出た言葉に他ならない。そう捉え、聞き出したいと考えた。たが無駄に踏み込んたことで、心の壁を作られる場合もある。
これから良好な関係を築いていくためには、どうするのがいいのか悩んだ。
数日後、お嬢に落ち着いたという報告が空を飛んだ。
読んでいただきありがとうございます。
三日に亘って第8話で雪之丞が思い返した出来事を描きましたが、どこにも結婚のことなんてなかったですね。
息をするように嘘を吐くというのは、こういうことなのでしょうか。それが良いか悪いかは個人によると思いますが、雪之丞のように誰も傷付けないためには身に付ける必要があると個人的には思います。
次話の更新は木曜です。