番外編 雪之丞と三つの出会い②
休日のベッドの中。雪之丞はいつもの時間に目が覚めて以降、寝つけずに布団の中で文字通りゴロゴロとしていた。
この一ヶ月で起こったことを思い返す。
上流分家の者の大尉昇進という、珍しくもない席で出す料理を担当した。前に倣っただけの料理だったのだが、主役はそれを甚く褒めた。
それ以降、周りは変わった。
わずか三年で副料理長になったことへの僻みや妬みから、少々の意地悪は元からあった。だが明らかに風当たりが強くなり、嫌がらせが増えた。押し付けられた作業を手伝う者や、その場で庇う者が減った。
「あれはもう、嫌がらせというより殺す気だった……」
夜食を頼まれたと言われ、運んだ部屋。そこで見たのは男女二名のあられもない姿だった。
ノックはしたのだが気付かなかったのだろう。いるはずの部屋から返事がない理由として倒れているかも、と浮かんだのは全うな思考だ。
だがどんな事情も、部屋にいた男女には関係のないこと。雪之丞は、突然部屋に入ってきた不届き者だ。何事もなかったのは奇跡としか言いようがない。
男はなぜかすぐに嫌がらせだと気付き、大変だね、と笑ったのだ。
雪之丞は知らないが、雪之丞に嘘を吐いた者は特定され軍を追われた。小金で嫌がらせの片棒を担いだ阿呆な軍曹だった。
この一件で嫌がらせは激減したものの、根本的な解決はできていない。料理長になると再燃した。料理長が辞めて順当に就いたのだが、鬱憤を晴らしたいだけの者には関係のないことだった。
心に余裕をなくしていた雪之丞を救うのが、晴臣だ。
「食育については私も興味があってね。先駆けになってもらいたいんだよ。成功例があれば色々と承認されやすいしね」
三度寝から起きたのは、昼過ぎだった。寝すぎで頭がぼんやりとしている。そんな雪之丞に晴臣は、資料を見せ軽く説明した後、そう言った。
具体的にはあまり進んでいない計画で、声をかけるには気が早すぎる。そう指摘すると、あっけらかんとした様子で答える。
「必ずやるからいいんだよ」
気の抜けた返事をした雪之丞に微笑む。
「辞めるまでに料理長を育てないといけないしね。それに同じ先が見えない状況でも、蟻地獄より暗いトンネルの方がいいかなと勝手に思ってね」
「……ありがとうございます」
それまでは全てのことを、自力でなんとかしなくてはいけない。言外の意味を読み取った雪之丞は、素直に喜ぶことができなかった。
だが晴臣の言う通りでもあった。
一週間後には終わるとしてもそれを知らなければ、ずっと苦しいままなのかと考えて鬱々となる。半年後だとしても終わりを知っていれば、それが目標になる。
夢が夢物語ではなくなる。準備をするためにも、嫌がらせになど屈している場合ではない。そう自分を強く律した。
読んでいただきありがとうございます。明日も短編を更新します。