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完結[改訂版]貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第四章 正義の議論
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変化した距離感②

 負傷した護衛の代理で、大尉の護衛として第四搭本塔へ行く。

 弓弦の役割は、それだけのはずだった。だが訪れてみれば、約二年ぶりの第四搭本塔はひどく騒がしい。

 襲撃があったと聞かされずとも、それが分かるほどだった。

 弓弦と雑談中の曹長は話しを中断すると、対面している建物を顎で指す。


「今回はあの少将を狙ったものらしい。いい迷惑だ。しかも自分は身だしなみを整えてやがる」


「大変だな、」


「なに他人事みたいに言ってんだ。今は当事者だろ、しっかり働け」


 軽い返事をして、その場を離れる。

 以前訪れた際に出会った少将の姿があることに、動揺した。なにも考えず言いかけた言葉が、まるで庇っているようだ、と気付いて途中で言葉を切った。

 それで変な返しになってしまったのだ。


 大変だな、注目されるっていうのは。


 話していた曹長の身だしなみも、朝はしっかりしていたはずだ。血や土を触った分だけ汚れているだけで、その汚れも晩には落とされる。

 体か頭のどちらを働かせるか。それだけの問題で嫌味を言う者には慣れたつもりだったが、対象が興味のない者だからだ。そう結論付けた。

 傷付いた少将の表情が、またフラッシュバックした。


「こんな大ごとになって、あの少将は大丈夫なのか?」


「おい! どういう意味だ」


 突然の大声にビクリと振り返ると、驚いた表情の少将がいた。護衛が発言したとすぐに分かったのは、このためだ。

 少将は困惑しながらも、突然どうした、と護衛に声をかける。


「聞いていなかったのですか。今この曹長が――」


「君はあのときの……」


「違います」


 ――そうか、人違いか、すまない。しかしよく似ている。


 佐治が来るまでよく護衛をしていたこの護衛は、知っている。ここまでが、人の顔と名前を覚えられないこの少将の、決まり文句だ。

 もし会ったことがあれば適当に合わせるが、やはり限界がある。露呈しそうな場合や長くなりそうな場合は、護衛が適当を言って話しを切るのだ。

 またか、と思い言葉の準備をする。


「だから手当しますよ」


「ああ、頼む」


 本心から嬉しそうな笑顔も、手当を嫌がらない姿も、この護衛は一度も見たことがなかった。

 またぽっと出の曹長に取られる。そう思って、手が出た。

 床に転がされただけでなく、少将は特段心配そうにしない。歩いて行く二人の背中を見ていることしかできなかった。


 腰を落ち着けると少将は、名前を聞いた。

 過去、聞かないまま士官学校へ入学させようとしていたのだ。また聞かれないかもしれないと思っていた。

 そんなことは言わず、ついでに従軍の経緯まで話してしまう。


「そうか、申し訳ないことをした」


「親しい者以外は顔も名前も思い出せませんし、もういいんです。後でこうなると面倒なので、言っておこうってだけですから。じゃあ少将もどうぞ」


「ああ……東凛太郎だ。あとはなにを言えばいいか分からないな。みな自分のないこんな俺のことを、守って傷付く。どうしてだ?」


 弓弦は立ち上がると凛太郎の隣でしゃがみ、目線を合わせる。そしてそっと手を取って微笑んだ。

 北園満弦として生活していく中で、弓弦は兄の弱い面を知った。自分に絶対の自信がある者などいない、と知ったのだ。

 いつまでも兄に向き合える気がしないということもあって、凛太郎と名乗ったこの少将に向き合おうと思った。


「周囲の態度が自身の価値に見合わないと思うなら、差を埋めましょう。自分にとっての自分の価値を上げるか、相手にとっての自分の価値を下げるか。どっちを選んでも、お手伝いしますよ」


「まずは前者を頑張ってみることにする。……それにしても不思議だ。似た言葉を以前にも聞いた気がするが、そのときはなんとも思わなかった。だからというのも変だが、一度だけ言わせてくれ」


 居直った凛太郎が、不安そうに目を伏せた。弓弦が手を握る力を少し強めると、それに応えて握り返す。

 顔を上げて弓弦の目を見つめる凛太郎の表情は、真剣なものだ。


弓弦(ゆづる)曹長、俺からのパーソナルネームを受け取ってくれないか?」


「はい」


「本当か……?」


「はい。できるだけ平凡に生きたい、とは今も思ってます。でもそれより、凛太郎(りんたろう)少将、あなたを支えたいんです」


「ありがとう。これからよろしく頼む」


 それからパーソナルネームが与えられるまで、時間はかからなかった。難色を示したのは、表面的なことしか見ていない中将のみだったためだ。

 凛太郎の護衛には就かず、北部防衛線第一地区の第三戦隊所属となった。戦闘軍人の慢性的な人手不足への対策をしつつ、指揮を学ばせるため。

 それは建前で、これで弓弦の“平凡に生きたい”という望みも、ある程度は叶えることができる。

 ただしひと月半の内、一週間は本部へ行くこととした。長い間、顔を見ないことを凛太郎はよしとしなかったのだ。


 これが、霞城が本部に着くまでそう苦労しなかった理由でもある。運良く、弓弦が本部へ向かう時期と重なったのだ。

 そして約三ヶ月後、弓弦の本部滞在期間中に、異能戦争参加者が決められた。


 パーソナルネームを与えられてから、異能戦争開戦までの約半年。凛太郎が変わっていくのを、弓弦は感じていた。

 自信という言葉が独り歩きしてしまって、本来の凛太郎を置いて行った。その距離を縮めようとすると、弓弦と凛太郎に距離ができた。

 なにかを怖がる凛太郎に手を差し出すことが、怖くなっていた。また距離が開いてしまったら。そう思ったからだ。

 適切な距離感の分からなくなった二人が、よそよそしくなるのは当然だった。

関連話

第二章:「十二日目 北部軍戦闘④」「本当のこと」

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