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完結[改訂版]貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第一章 絶望の大海に、小さな幸福が浮かんでいる
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第七話 不確定な過去、願う未来②

 美波の話に矛盾や怪しい点がないか、要約しがてら確認する。

 三年半前、美波は当てもなく彷徨い歩いていた。偶然出会った恭一に小さな落とし物でも拾うように簡単に拾われ、この町へ送られた。

 一年後に迎えに来ると言っていた恭一が迎えに来たのは半年後。従軍するように言い、パーソナルネームと今もしているチョーカーを与えられた。

 階級は従軍時から少尉。従軍以来、北部防衛線の第一から第三地区の第一戦隊以外に所属したことがない。

 拾われる以前のことは今は言えない。

 後の質問も含め清之助が分かったことといえば、なにも分からないということだけだった。


 そういえば、と士官学校をわずか半年で卒業したことについて亮太は尋ねた。それに対する答えは妙ちくりんだった。

 噂には必ず尾ひれが付くもの。そう考え否定しなかったが、通っていない。

 根も葉もないただの噂。そう断定した理由は、美波なりにきちんとあった。

 士官学校は狭き門だと聞いている。そんなものが、初等学校ですら通える範囲にない町の近くにあるはずがない。

 その発言は、美波の妙ちくりんな回答が本当なのだと信じさせた。なぜなら士官学校は全寮制だからだ。


 防衛線を守る任務を優先していたようだが、なぜか。世話になった町やその町の者を守らなければという思いや、復讐心のようなものはないのか。

 霞城のその質問に、美波は首を傾げてこう答えた。

 命令は恩義より重い。誰もがそう思っていると思っていた。世話になったという事実に報いるためにするべき最低限のことは、対象に脅威をもたらすものを排除すること。可能な限り少ない犠牲で、可能な限り迅速に。


 美波が己の是としているもの。ほとんど無感情である美波を形作るもの。それらが霞城には想像できた。

 それは過去の記憶を刺激するものだった。嫌なもので、恐ろしいもの。

 思い出してしまったそれを紛らわし誤魔化すため、話題を少し変えようと鹿目に話しを振る。質問は、美波をどんな人物だと思っているか、だ。

 鹿目は初め本人の前で言うことに少し躊躇していたが、美波は無反応。肩を持つわけではない、と前置きすると語った。

 相手の視点に立って考えることが不得手。そのため場の空気を読む、言葉の裏を読み取る、等ができない。嘘を吐くという行為はできるが、すぐにバレる。

 戦闘面では、突っ走ることが多いこと以外は非常に優秀。


 次に翔也が思い出したように言う。戦闘能力の優劣に関わらず、見えない相手とどうやって戦っていたのか、と。

 美波の答えはこれまでに増して簡潔だったが、難解だった。風の流れを読んでいる。それだけだったからだ。

 横から鹿目が付け加える。

 吹いた風を物は遮る。それを感じるようなことを、人が吐いた息という小さな流れでもできる。風は吹いていると感じていなくとも常に吹いているもの。

 足元に張ってある糸に気付いて手榴弾の仕掛けを見抜き、多くの戦隊員を失わずに済んだことがある。そう、実例も語ってみせる。


 そうして助けられている自覚があれば、少なくとも距離を置かれることはなさそうなもの。不思議そうに言った翔也を見て、鹿目は目を伏せた。

 死を恐れぬ艇身。殺戮に特化したナイフの使い方。浴びる血の量。それらは身構えさせるのに十分だろう。

 悲し気な声音でそう語った鹿目に、なにか言える者はいなかった。

 少し経ってから亮太が、今更だが自己紹介をしていないためしようと言いだす。


 自己紹介は名前と階級と所属のみの、簡単なものだった。鹿目は美波と出会ったのは約二年半前、第二地区第一戦隊の隊長をしていた際だと付け加えた。

 全員が終えると亮太は再び、四人とそれぞれ視線を合わせる。

 最後に霞城が、この町へ送られた理由を問う。返答は霞城の予想通り、分からないというものだった。

 議題は新たな脅威についてへと移る。


 清之助からしてみれば、美波のことはなにも分からなかった。

 他の誰かには、自分以外の者には、分かったのかもしれない。そう思って、劣等感に似たなにかはさらに膨れ上がっていく。

 自身の後ろに直立不動でいる清之助の変化に、亮太は気付けない。渋い顔を作るとその表情のまま、ゆっくりと口を開いた。


「楽観的に考えた場合は簡単だ。あの者を始末することが主な目的。我々に脅威と感じさせるため、派手な演出をしてみせた。住民に危害を加えるつもりはない。

 次に、悲観的に考えた場合。起こりうる結果の数はあまりないが、住民は間違いなく危険に晒される。応援を呼びたいが、この状況をどう伝えたものか。なにも判明していない今、安易に呼べば応援も住民も全滅だ」


 防衛線近くの町には、いざというときの備えがある。町が危険ということもそうだが、防衛線が破られた場合戦闘の拠点となるのがその町になるためだ。

 備えのひとつが軍直通の電話なのだが、東部軍にはまだまだ珍しい技術。六年前から何度直しても度々壊れるため、半年前に壊れたまま放置されている。

 それを知っていたため伝書鳩は連れている。だが連絡に時間がかかることは間違いなく、文章で正確に伝えられるようなことでもない。


「そろそろ迎えの車が来る時間です。基地から電話するのが早いのではないでしょうか。人は減りますが、訓練を受けた軍人がいるといないでは大違いです」


 通常であれば、駐屯軍人がいる。小さな町は兼任がほとんどのため駐屯という言葉は正確ではないのだが、便宜的な総称だ。

 だがこの町にはその駐屯軍人がいない。元々はいたのだが、死んで以降は不在のままになっている。曰くの町へ赴任する者がなく、後任が来ていないのだ。

 この町には色々なものが、ない。


「そうだな。戦闘があれば鹿目曹長、指揮は頼んだぞ。俺と美波少尉で行く。清之助准尉も残れ」


 反論しようとした清之助を、亮太は強く見た。するとなにも言えず、開きかけていた口を閉じる。

 翔也は少し不安そうな表情をしているが、黙ったままだ。


「時間があるなら、住民たちと話してくるといい。俺も挨拶くらいはしておきたいからな。……軍服を着て市場を歩いても、商品を勧められる日は来るだろうか」


 その優しく寂し気な笑みに、四人はかけるべき言葉を見つけられずにいた。天地がひっくり返るようなことがあっても不可能なことはある。

 霞城から見て、この町の者はこれ以上を求められないほど友好的だ。

 知り合いが乗っていると知っていようと、軍の車。しかも他には誰が乗っているか分からないのだ。寄って来るなど、西部軍ではあり得ない。

 それでも本部の者と聞いて警戒した。亮太はただでさえ警戒されがちな漆黒の純血。軍服を着た状態で友好的に話すのは不可能だと、霞城は考えた。


「そうした努力をせめて大きな声で笑う者がいなくなれば、きっと」


「ああ、そうだな。まずはそこからだ」


「参りましょう。時間がありませんので恭一少将から私の世話を申し付けられた者だけになりますが、ご紹介します」


 亮太がこれまでになく穏やかに微笑んだことは無視だった。そのまま話を続けたかと思うと終え、歩き出す。

 そんな美波を追いかけながら、振り返って言う。


「向かいの家にここを貸してくれた者がいる。挨拶しておいてくれ。住民と話せるよう頼むといいだろう。このまま基地へ行くかもしれないから、後は頼んだぞ」


 四つの返事が部屋に響く。

 二人の気配が完全になくなると、清之助に視線が集まった。清之助の視線は鹿目に向いている。

 多数決に負けた清之助を先頭にして、家を出た。


 玄関のドアを開けた瞬間、ドアの向こうを歩く者と衝突した。相手が転びそうになったのを支えて、抱き合うような体勢になる。

 平謝りするその者に笑顔で気にしないように言って、再出発。目指すは目と鼻の先にある、話し合いの部屋元言い家を貸してくれた者がいる向かいの家。


「こんにちは。向かいの御宅を貸してもらった者です」


 ノックした清之助の言葉に慌てて出て来ると、誰もが思っていた。貸した相手が誰かというのは、分かっているのだから。

 だが奥から少し待つように言われるという対応に、拍子抜けした。

 少しというのは本当に少しで、三十秒もしない内にドアが開く。


「お待たせしました。お帰りですか?」


「いいえ、まだしばらくいる予定です。一段落ついたので挨拶も兼ねてお礼に」


「そうですか。わざわざ」


 清之助の肩越しにきょろきょろと周囲を見渡す。


「少尉は特にお世話になった方のところへ行くと言っていました。その後は急ぎの用があるので、今日は会えないかもしれません」


「そうでしたか。みなさんはどうされるのですか?」


「住民のみなさんとお話しさせてもらえたら、と思っています。折角の機会ですから交流を、と」


「申し訳ないんですが、今の時間はみんな忙しいんですよ」


 清之助は子供の頃からずっと、不自由のない生活を送っている。時間で忙しいという概念が分からず、どう返していいか迷っている。翔也も同様だ。

 一方の鹿目は、いわゆる一般家庭で育った。だが軍での暮らしが長いため、その概念を忘れてしまっていたのだ。本家である霞城に察せたことが、鹿目には不思議で仕方がない。

 家主は慌てて弁明している。断ったことを不愉快に感じたと考えたのだ。


「僕は野菜を切るくらいならできますので、手伝いましょうか」


 鹿目の言葉で、流石に二人もピンときた。

 最終的に鹿目が料理、翔也が薪割りをそれぞれ手伝い、清之助と霞城が子供の面倒を見ることになった。

 住民との距離を縮めることに成功し、食事を共にしようという話になった。だがそれはとある出来事によって、うやむやになってしまう。

 読んでいただきありがとうございます。


 小さな町にも電気は通っていますが、使える電力量が限られているので薪も使います。子供の面倒を見ると腰にくるので、三人の腰が心配です。

 ちなみに駐屯軍人は、2023年の日本で言うところの交番のお巡りさんみたいなものです。


 美波については、次話の前半で一旦終わりです。

 “それ”に関すること以外は全て説明したつもりですが、「あのことは聞かなくていいの?」とか「これはもっと説明があるべきじゃないかな」とかあったら教えてください。

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