第六話 不確定な過去、願う未来①
一ヶ月半前、北部防衛線第三地区で大規模な戦闘があった。その被害は大きく、第三地区の人員や物資が不足している。
対策全てが、急場をしのぐ程度のものでしかない。
戦隊員不足への対策は、北部防衛線の各地区から小隊ひとつを派遣。六つの小隊をひとつの部隊として運用する、というものだ。
美波は第一地区から派遣された小隊に所属する、ひとりの戦隊員である。
基地の食堂は、大勢の人でごった返しており騒がしい。だが美波が座るテーブルの周りだけは今日も人がいない。
応援部隊の者以外でも、美波の戦闘を間近で見た者は多い。そして見た者のほとんどが距離を置く。すると当然、他の者も自然と距離を置く。
そうして美波は完全に孤立していた。
だがそれは派遣されて一ヶ月を過ぎたある日を境に変わる。そして境となったその日、美波はあることを知る。
「よ、派遣先でもすごい武勇伝の数だね」
「その武勇伝が悪いもののため、誰も関わろうとしないのでしょう」
「みんな分かってないだけだよ。美波少尉は助けられる者を見捨てない。戦いぶりを見てる者が多いのは、見た者が多く助かってる証拠なんだから」
裏を返すような言葉に食堂が少しざわめく。
よく通る声。明るく、少し軽い話し方。そして少し違う視点からの言葉。美波はやっと、話しかけてきた人物が誰なのかを思い出す。
最初に候補として浮かんだ、よく似た伍長の声はあまり通らない。
「琴音伍長はなぜここへ」
「聞いてないの? 応援の補充。慣れない戦隊員で組むのは無茶だって、やっと少しは分かったんだね。生きてるあの頃の戦隊員は大体集まるよ」
琴音の言葉の通り、見覚えのある顔が食堂へ集結し始める。そして美波を慕って声をかけ、そのまま座る者もあった。
第三地区の者を驚かせたのは、座った面々だ。応援部隊への配属を聞いていた中でも、現在所属している隊で名を上げている者ばかり。
昔話に花を咲かせながら食事をする。それ自体は普通の光景なのだが、その真ん中に美波がいることに、第三地区の者は再度驚く。
「なあ、みんなは聞いたか? ここから一番近い町の噂」
何度か話題が移った後で、ひとりがふと言った。
「聞いた。動機のなさそうな人が突然、投身自殺したんだよね。続いてるから調査してるけど半月経っても原因が分からないって」
「え……心配だね。原因になってることが解決できても、遺族はそれで終わりじゃないから」
「だろ。んで、ツテのある人がいるから寄ったんだよ。そしたらみんな普通に生活していて俺がビックリだ」
その町の管轄である第五搭や、第五搭の防衛線に関わる者で、この噂を知らない者はほとんどいない。他者と交流のない美波ぐらいだ。
だが誰一人としてこんな風に話したことは一度もなかった。
笑い話や悪口に使ったりして、要はふざけて話していた。町の者を心配することなど思い付きもしなかった。
美波が急に立ち上がったかと思うと、襲撃を知らせるサイレンが鳴る。その日以降、小規模な襲撃が毎日続いた。
漫然と戦闘をし続け、誰が死んでも淡々と日々が過ぎるようになった頃。襲撃のない日が三日続いた。
その翌日、琴音は美波にあるものを差し出す。
「はい、これ。出かけてきなよ」
車の手配書だった。
東部軍は他軍と比べると、様々な技術が圧倒的に遅れている。そのため車の台数自体が少なく、運転できる者も限られている。
基地には数台が待機しているため、余程利用者が多くない限り申請してすぐに出られる。
「しかしまたいつ襲撃があるか分かりません。毎度小規模とは限りませんし、基地を離れることはできません」
「行きたいところがあるって暗に言ってるよ。落ち着いてる今のうちに行っておかないと、本当に行けないよ? 大丈夫だから、行っておいで」
「……ありがとうございます」
そして半年間世話になった、噂の町へとやって来た。とは言っても少し遠い場所で降ろされたため、まだ着いてはいない。
車は次の目的地へと向かった。いくつか南にある町まで行く、相乗りの者がいたのだ。時間の約束をしてひとりで歩く。
「なにかご用ですか」
陰に潜んでいる者に、そう声をかける。まるでこの時間にこの場所を歩く者がいることを知っていて、待っていたようだと美波は感じる。
念のためナイフに手を伸ばしてはいるものの、相手から殺気は感じられない。
「軍からトレイターズと呼ばれる者です。我々の仲間になりませんか?」
トレイターズとはその名の通り、反逆を試みる組織のことを指す。
そういった集団の数は軍も把握しきれていないほど多い。だがトレイターズは島全体で呼称が共通されるほどの、脅威とみなされている。
構成員の数や練度、武器や情報の数や質、金回り。様々な面で群を抜いているのだ。各軍の本家や上流分家の者が多く属するという噂もある。
美波はそれらを知らなかったが、間髪入れずにこう答えた。
「お断りします。そう言えば諦めてもらえますか」
勧誘に来た者は、意味深な言葉すら残さず去った。
たったそれだけで終わると考えるのは、楽観視が過ぎる。非常サイレンを鳴らすと、人気のない方へと向かった。
自身がいることで危険が増すと考えたのだ。
多くの場合非常サイレンは、町内放送を装ってのものになる。近々に迫った脅威でなければ、馬鹿正直にサイレンを鳴らすことはない。
町の外にいた五人に聞こえていなかった理由は、これで簡単に説明できる。そういった仕組みになっている理由も簡単だ。
敵襲に気付いていると知られていない方が、不意打ちの機会が増える。住民は戦闘に慣れているわけではない。少しでも有利な状況を作る必要がある。
住民の多くが最終防衛線の近くまで避難できたであろう頃だった。突然、建物が倒壊し始める。
タイミングからみておそらく、住民に危害を加えるつもりはない。すると狙いは自身だと仮定するのが自然。狙いの異なる二つの件は、異なる人物や団体によるもの。この時点で、美波はこう考えていた。
その考えが変わったのは、釣れた者が殺されたときだ。
誰かが、遠くから見ていた。
その人物とは会ったことがある。その記憶が確かにある。それなのに誰なのかが思い出せず、じっと見た。そのうち直感が言った。
あの者が今回の件の全てを仕組んだのだと。あの者がこの町に住む大勢の住民を無差別に。必死に助けを求める者を。殺したのだと。
***
回想しながら大まかに語った美波は、ひとつ息を吐いた。
第三地区へ派遣される経緯から話したのは、第一地区所属の者がどうやってこの町まで来たのか聞かれると考えたためだ。
追加派遣初日に美波を慕って食堂の席に着いた者がいたとは夢にも思っていないため、琴音を気遣ってのことだろうと語った。
聞き終えて小さく頷く亮太を見ながら、清之助は考える。
休日の行動は制限されていない。だが基地の車を動かせる範囲には制限があるため、実質その範囲が行動範囲になっているのが現状。
運転手や運行管理者といった者にチップを渡せば、規定の外まで車を出してもらうことは可能。
ただ、距離が遠ければ遠いほどチップの額は大きくなり、渡すべき人物は多くなる。第一地区から第三地区まで移動するとなると、本部所属の者でも躊躇するような額になるはず。
戦隊員は命を賭けて戦うにも関わらず、薄給だ。よほどの用がないのなら、大金を叩いてまで行く場所ではない。
所属は照会すればすぐに分かる。第一地区所属のままなんだろう。それなら疑いをかけられるのを防ぐため、聞かれる前に話すのはおかしなことではない。
問題は今日、町へ来てからのことだ。
「勧誘される理由に心当たりはあるか? 美波少尉にはこうして細かく聞いた方がいいです。曖昧な質問では引き出せないことがあります」
なにを当たり前のことを。そう言われることは分かっていたため、美波の答えを聞く前に理由も続けて言ってしまう。
それから美波に回答を促した。
「“それ”を持っているためだと考えられます。しかしいつどこで知ったのかは不明です。また、偶然にも勧誘可能な環境が整ったのでなければ、なぜこのような勧誘の形を取ったのかも分かりません」
「分かった」
短くそう言って始まった亮太からの質問に、美波は簡潔に答えていく。
見ていた誰かや勧誘してきた者のこと、出てきた名前。これら関することで知っていることや、思い出したことはない。
トレイターズからの誘いを断った理由は、怪しかったため。美波曰く宗教の勧誘より怪しい雰囲気があったという。
住民への被害の出方が違う理由を、作戦を無視して殺されたのではないかと推測した。
「無視することを予想していたのなら、厄介な相手です」
「そうだな。対してこちらは全ての前提にあるのであろう“それ”を見越した行動ができない。だが思うに、二人も全体の概要を知っている程度だろう。それならどちらにしても個人や状況への対策はできない」
亮太は一息吐いて、四人とそれぞれ視線を合わせる。その意味は美波も含め、全員が瞬時に察した。
他に質問や、気になる点がないか。矛盾点は見当たらないか。そう聞いているのだ。
「話は少し戻ってしまうと思うのですが、僕たち四人は美波少尉のことをなにも知りません。信じるに値する物質があることは確かです。でも美波少尉自身のことを知っておいた方がいいのではないでしょうか?」
三人が賛同したことで、美波は五人の視線を受ける。そして再び語り出した。