青いスカベンジャー
ルールのある戦争――異能戦争が始まって十二日目のこの日、ようやく四つ全ての軍が揃った。ただ……と、伊吹は昼前の喧騒を思い返す。
最後の軍が姿を現した際に喧騒が起こったのは、当然のことだった。
少ない人数。一目見ただけで分かる、平均年齢の低さ。どうしてあんな子供たちが、と考えたところで戦闘開始の合図が鳴る。
異能戦争にはゲーム性がある。
初めの提案にあった“ルールのある戦争”が、ひとつのルールだ。それはただ殺し合ったのでは守れない。
そうは言っても戦争であることになんら変わりはなく、ルールには記されていない大前提がある。
他軍の者を殺し、己や同胞が殺される。
血で血を洗う場所へやって来た幼い彼らは、堂々たるものだった。
その幼さ故に事の重大さが分かっていないのだろう。大勢がそう言ったが、伊吹にはそう思えなかった。
少なくともひとりは違った。伊吹の属する北部軍が“高潔な色”だとする青色の髪を持った者は。北部軍の中では年少者である自身と同い年ほどの、年長者は。
その理由を言葉では説明できず、誰にも言っていない。
「おい、伊吹大尉。合図が聞こえていなかったのか? しっかりし――いや、お互いしっかりしなくちゃな」
言い直した理由を伊吹は分かっていなかったが、問いただす時間はない。
合図が鳴ってから十五分以内に待機エリアに行かなければ、同軍全員が戦闘に参加できなくなる。それまでに武器庫に行って準備を整える必要もある。
立ち止まっている時間はおろか、会話をする余裕も本来はあまりない。案の定、伊吹が待機エリアに着いたのは時間ギリギリだった。
北部軍戦闘パートの八名は、初日から誰一人として欠けていない。今日の戦闘相手は数時間前に到着したばかりの東部軍。
伊吹を含め三名は、今日も全員で戻ってくるつもりで戦闘エリアへと足を踏み出した。
戦略パートの拓斗から無線機で作戦を聞き、各々の持ち場へ向かう。
その途中で聞いたのは、聞き慣れない銃声だった。応戦しているのであろう同胞の銃声は二種類。少し時間が空いた後は、聞き覚えのあるのものだけになった。
冷や汗をかいている。そう自覚した途端、伊吹は嫌な予感が現実になっている気がした。
銃声が聞こえた方向へ進行を転換。
足を早めたい気持ちを抑えて、周囲を警戒しながら進む。罠や待ち伏せの可能性を考えると、無暗に駆けることはできない。
まず見えたのは、鴬茶の軍服を着た男だった。伊吹と同じ北部軍の軍服を着た男は、地面に横たわって微動だにしない。
近くからは今も、聞き覚えのある二種類の銃声が聞こえて――いた。
間合いを読む雰囲気を感じない伊吹は、どちらかが死んだのだと悟った。それがどちらなのかは、同胞の男を、昴を見れば容易に想像できた。
眉間を正確に撃ち抜かれている。二人は動いていたはずなのだから、その腕前は規格外と表現するしかない。
「だめ……だ。そんなの……ダメだ!」
駆け出した先で見たものは、眉間を正確に撃ち抜かれた美羽だった。まだ近くにいるはずの敵軍を追いかけようとして、ふと気付いて足を止める。
二人は武装をしていなかった。
伊吹は自分の思考がカッとなるのを感じて、追いかけるのを止めた。そんな状態で戦闘したところで、無駄死にするだけだからだ。
けれど怒りを飲み込むことはできず、どこかを睨みながら吐き捨てるように口にした。
スカベンジャー、と。
***
照明が落とされた会議室。そこに集まる男たちの外見的特徴は、みな同じだ。
少将の階級章を着用した鴬茶の軍服。青色の瞳と髪。それらを照らすのは、天井から下がっているスクリーンのみ。
「これなら大敗はまずないだろう。あとは東部軍がどう出るか」
「その東部軍に関して報告がございます。ルールを伝えに出た西霞城を東部軍へ従軍させたと、西部軍へ連絡があったそうです。階級は中尉。東恭一少将が面倒を見ており、噂ではパーソナルネームも与えているとか……」
報告する口調が、信じがたいと言っている。会議室がざわめきで埋められていくのは、その考えが常識だからだ。
主に本家の者が信頼する部下に与える、非常に名誉な二つ名。それがパーソナルネーム。敵対する軍からの使者などに与えるものではない。
「東部軍はやることが突飛でかなわないな。……さて」
先も発言した少将が発した、最後の短い一言。それだけで会議室は静寂さを取り戻し、会議が再開された。
予定通りに会議を終えた少将は、その足で別の会議室へ向かう。
呼び出されていた九名が立ち上がって敬礼。着席させると、異能戦争について説明を始めた。
そして最後に、ひとりひとりと視線を合わせる。
「北政宗大佐、北浦喜世准尉」
体格のいい男が太い声で返事をする。島の北部を統治している北部軍の、本家の者だ。政宗含め、瞳も髪も青色の者は純血といわれている。
青色の瞳と紫の髪を持つ姿勢のいい女が、少し覇気のない声で返事をする。北浦は三つある下級分家のうちの一つだ。
それぞれ白兵戦、近距離戦を得意とする。
「北辰巳中佐、仙北谷仁少尉」
背の高い男が短く返事をする。政宗と同じく、本家かつ純血の者だ。若くして中佐になり、かつては有望視されていた。
垂れ目の男は、ふわりとした雰囲気の声で返事をした。青色の瞳と灰色の髪を持つ、下級分家の者だ。
二名とも中距離戦を得意とする。
「北条伊吹大尉、北浦昴准尉」
灰色の瞳と青色の髪を持つ細身の男が、身体に合う声量で返事をする。下級分家である北条であることを踏まえれば、伊吹の立場はいいと言える。
童顔の男が似合わない低音で返事をする。仁と同じく、瞳は青く髪は灰色だ。
それぞれ近距離戦、中距離戦を得意とする。
「北園美羽中尉、仙北谷螢少尉」
表情のない女自身に、季節を実感させる鼻声で返事をする。二つある上級分家のうちの一つである北園では珍しく、黄色い瞳と青色の髪を持っている。
瞳と髪の双方が灰色の、背中を丸めた男が視線を泳がせながら返事をする。
それぞれ遠距離戦、白兵戦を得意とする。
「以上八名を戦闘パート、北拓斗大佐を戦略パートに任命する」
本家かつ純血である拓斗とて、上官からの命令は絶対だ。そのため言えることは決まっていた。視線を上げてゆっくり息を吐き、それを口にしようとする。
七名もそれに合わせて、その言葉を口にした。
会議室を出る前に伊吹は、政宗と辰巳を呼び止めた。三人だけになると、上官に向けるものとは思えない鋭い視線を向ける。
伊吹はあらかじめ概要程度のルールを聞かされていた。異能戦場へ連れて行く者をひとり選べ。そう命じられたのは二人も同じだと、呼ばれた順で悟った。
だが分からない。
「喜世准尉と仁少尉を選んだ理由をお聞かせ下さい」
二人が顔を見合わせる。それは、当たり前だと言わんばかりの表情だった。自分の言いたいことに、察しがついていないのだと悟る。
温室でぬくぬくと育ってきた本家の者には分からない。その事実に伊吹は、絶望感を覚えた。
「人は簡単に死にます。お二人が想像されているよりも、きっと」
「つまり伊吹大尉は死んでも構わない者として、昴准尉を選んだと?」
「違います。誰にも死んでほしくはありません。それは防衛線で戦っている兵や下士官たちも同様です。しかし見知った者、ましてやパーソナルネームを与えるほどの信頼関係がある者とでは、訳が違います」
辰巳は小さく首を振った。政宗は悲し気に、伊吹の瞳を覗き込んだ。
「伊吹大尉がなにを言いたいのかは分かった。だがそれなら、むしろ分かっていないのは伊吹大尉の方だ」
「いいかい、伊吹大尉。我々は“変えの利く人間”だから選ばれたのだよ。その我々がパーソナルネームを与えた部下にも、価値はない。それなら――私の傍で死んでほしい。私の最期の生き様を見届けてほしい」
伊吹は自分こそが愚かだったと知った。
死ぬことを考えはしても、結局は生き残ることを前提とした考えだった。ところが二人には、死こそが“見えている未来”だった。
「伊吹大尉こそが、今からでも変更を願い出るべきなのだよ。死に際、傍にいてほしいのは昴准尉ではないだろう?」
優しく諭すような口調だった。分かっていなかったことや、そう言って責めたことを怒ってはいなかった。
正直に言って、いいのだろうか。そう迷った伊吹自身を無視するように、言葉は自然と零れ出ていた。
「しかし昴准尉も、自分が信頼する部下です」
「構わないと言うのならいいのだよ。大切な者を殺されぬよう、己が死んでしまわぬよう、気を引き締めなければな」
頷いて返事をした伊吹の表情は、幾分かは晴れていた。
軍の階級・詳細
(上士官)大将>中将>少将
↓
(士官)大佐>中佐>少佐>大尉>中尉>少尉
↓
(准士官)准尉 *曹長から准尉への昇進は原則なし
↓
(下士官)曹長>軍曹>伍長
↓
(兵)上等兵>一等兵>二等兵
大将:軍のトップだが、現在島は国という形を成していないため一国の王のような
立場
中将:現役を引退したものの権力があり、階級を奪えなかった者らの役職。中には
真面目な者もいるが、基本的な仕事は口だしと昼寝
少将:領地の管理をする者。2022年の日本でいうところの閣僚
従軍時に与えられる階級
本家:少佐
上流分家:中尉
下流分家:少尉
士官学校卒業生:准尉
*通える者はまだ一握りだが、苗字持ちでない者にも士官への道が開かれた
それ以外:二等兵
上記が基本。ただし責を負えないと判断された苗字持ちが、これより下の階級を与えられる場合もある。
その場合でも本家が士官以外、分家が准尉以下の階級を与えられることはない。