幼馴染が告白されたらしいのでその行く末をジャンケンで決めてみた
「ねぇ、けーくん」
「なんだい雅美さん」
時刻は夕方6時。新作のフラペチーノを飲みたいからと連れてこられたスターバックスにて俺は何か思い詰めたような幼馴染と向かいあっている。対面に座る幼馴染、大家雅美との仲は実に小学校から続いており高校2年生となった今でもこうして帰り道に一緒に寄り道をするくらいには仲がいい。
それだけ長い付き合いだからこそわかる。今日の雅美はどうにも落ち着きがない。何かを誤魔化すように明るく振る舞っては時折思い詰めた顔をする。そんなことが今日の放課後からというもの何度か続いているのだ。その様子に違和感を覚えてはいたものの、あえて雅美の方から何か言ってくるのを待っていたがここにきてようやく口を開いたのでなんでもない事のように返答した。
「私ね、2組の井上君に告白されたの」
「⋯⋯」
「けーくん、聞いてる?」
「え、うん。聞いてるよ」
⋯⋯危なく意識を失うところだった。いつもははっきりと物を言うタイプの幼馴染が今日はやけにしおらしい態度だったのでそれなりに重要な話だと思ってはいたものの、まさか告白された話などとは思ってもいなかった。
もう手遅れな気もするが、あくまで平静を装って聞いてみる。
「えーと、それで井上と付き合うの?」
「どうしたらいいと思う?」
そう言って雅美は何かを期待するかのような目でこちらを見つめてきた。
どうしたらいい⋯⋯か。なんと答えるのが正解なのか。
「雅美はどうしたいの?」
「わかんない⋯⋯」
「わかんないったって、雅美の事なんだから自分で決めなくちゃ⋯⋯」
「それはそうだけど、でも、けーくんに聞きたくて⋯⋯」
そう言って雅美はらしくもなく目を伏せた。今俺が思っていることを率直に伝えてもいいものなのか、非常に悩みどころである。雅美との付き合いは本当に長い。周囲に熟年夫婦のような雰囲気があるなどと言われたことは一度や二度ではない。そのくらいにはお互いにとってお互いがそばにいることが当たり前だった。
しかしながら雅美との間で恋愛といった方面に話が発展したことは一度もない。もちろん年頃の男子としてそういったことを考えたことがないわけではないが、今のお互いの距離感の心地良さに安心してそれ以上踏み込めずにいたのだ。そんな安心感の元である雅美に彼氏ができるかもしれないときいて内心穏やかではないのは事実だ。
「私ね、本当に悩んでるの」
「う、うん」
「自分で決めなくちゃいけないって言うのはわかってるんだけどそれでも本当に悩んでるの」
沈黙する俺に痺れを切らしたのか一度伏せた目を上げ雅美が訴えかけてくる。
「雅美は井上のこと好きなの?」
「好きじゃない⋯⋯と思う」
「じゃあ、付き合わなくていいんじゃない?」
「でも、付き合ってから好きになるってパターンもあるかもしれないし⋯⋯」
「じゃあ、付き合ってみたいと思ってるの?」
「それは⋯⋯わからない」
なんとも煮えきらない答えに若干の苛立ちを覚える。そもそもなぜそんな事を聞いてくるのか。なんとなく予想がつかないわけでもないが、どうしても踏み込めない。
「じゃあさ、けーくんはどうして欲しいと思う?」
「それはだって、俺のことじゃないし⋯⋯」
「そうじゃなくて、けーくんは私が井上君と付き合ってもいい?」
なぜそんな事を、と返すのは簡単ではあるが雅美の真剣な表情を見るとそんな事を言うのは無粋な気がした。
「俺は、まぁ、嫌かな」
「へ、へぇー。それはなんで?」
「いやだってまぁ、雅美がそいつと付き合ったらこうやって一緒にスタバ来たりできなくなるじゃん? それはそれで寂しいと言うか⋯⋯」
どこか嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうに理由を尋ねてくる雅美を前に若干言い訳がましい理由を述べた。
「そっかそっか、けーくんは私といられないと寂しいんだね」
「そりゃまぁ、結構長い付き合いなわけだし、急に一緒にいられなくなったら寂しいかも⋯⋯」
言っているうちに恥ずかしさに耐えきれなくなり、目の前のコーヒーカップに視線を落とす。目では見えていないが向かい側に座る幼馴染がご機嫌な様子なのがひしひしと伝わってくるのが若干もどかしい。なんだかやられっぱなしのような気がして悔しいので少しばかり意趣返しをすることにする。
「でも雅美は付き合うかどうか悩んでるわけじゃん。それは何で迷ってるわけ?」
「それはもちろん付き合うべきなのか、付き合わないべきなのかだよ」
「そうじゃなくさ、何を理由に悩んでるの?」
自分だけ逃げようとする幼馴染を逃すまいと徐々に追い込んでいく。
「それはまぁ、私ももう高2だし? それなりに浮いた経験の1つや2つしてもいいかなって」
「じゃあ付き合ってみてもいいよね? にもかかわらず悩んでるのはなんで?」
もしかしたら俺は今、意地の悪い笑みを浮かべているかもしれない。
「それはまぁ、私だってけーくんと会えなくなったりしたら寂しいし⋯⋯」
ようやく観念したのか先ほどの俺と同じように自ら頼んだフラペチーノに目を落とし、ストローを弄りながら告げた雅美のその表情は散々見慣れたはずなのに今日は特別綺麗に見えた。
雅美との間を沈黙が支配する。今の俺たち二人は第三者から見るとどのように見えているのだろうか。そんな事を考え始めるとなんだか居心地が悪くなってきた。沈黙から逃れるようになんとなく頭に思い浮かんだ事をそのまま口にする。
「じゃあさ、ジャンケンで決めようよ」
「ジャンケン⋯⋯?」
「雅美が井上と付き合うかどうか俺とジャンケンして決めよう」
「⋯⋯わかった」
「え?」
「え?」
「いや、だからジャンケンしてその結果で付き合うかどうか決めるんだよ?」
「そうだよ? けーくんが、言ったんだよね?」
どうせ一蹴されるだろうと冗談で言ったつもりのジャンケン案がまさかの採用をされてしまったので思わず本気かどうか確認してまう。というか、本当にジャンケンで決めるつもりなのだろうか。
「ま、まぁそうだよな。じゃあ、どうする? どういうルールでいく?」
「うーん、じゃあ私が勝ったら井上くんと付き合うって事でいい?」
「まって、それはちょっと変じゃないか?」
「え? なんで?」
「それだとなんか雅美が付き合う事を勝ち取ったみたいな雰囲気にならない? 別に付き合いたいわけじゃないならそれはちょっと変な気がする」
「何それ、めんどくさ⋯⋯」
とは口で言いつつもなんだか少し嬉しそうな幼馴染。思わず反応してしまったが俺今結構恥ずかしいこと言ってないか?
「じゃあいいよ。けーくんが勝ったら、井上くんと付き合うってことで」
「おーけー。それで行こう」
「じゃあ私が勝ったらどうする?」
「え? そっちパターンも作るの?」
「だってそれだけだと盛り上がりに欠けるじゃん」
「それもそうか⋯⋯」
正直盛り上がりがどうこうといった問題でもないような気がするがお互いの節々の発言から生まれる恥ずかしさのせいで互いに正常な判断ができなくなっていた。
「じゃ、じゃあ、もし雅美が勝ったらお、俺と付き合うってのはどう?」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
やばい。マジで死にたい。なんとなく浮ついた雰囲気のせいで可能性の一つとして考えていた事をつい口走ってしまった。
「わ、わかった。それでいい」
「い、いいのか?」
「そ、そっちこそ、言ったからにはきちんと守ってよ」
「お、おう」
どうせからかわれるだろうと身構えていたが、雅美の方を見てみると顔を真っ赤にしておりどうやら彼女もそれどころではないらしい。
また少し沈黙が生まれそうになったがこれ以上は耐えきれないので俺の方から声を出す。
「じゃあ、いくか。最初は⋯⋯」
「ちょ、ちょっと待って!」
グーの形で手を上げていた俺に対し、雅美のストップがかかる。
「ど、どうした?」
「なんか私が勝ったらけーくんと付き合うって罰ゲームにされてるみたいじゃない?」
「そうか?」
「そうだよ! だからやっぱり勝ち負けを入れ替えよう」
「でもそれだと俺が勝ったら俺が雅美と付き合える権利を勝ち取ったって構図にならないか?」
「それは⋯⋯嫌?」
「い、いや、別にいいけど⋯⋯」
不意に少し悲しそうな顔をされて条件反射で返事をしてしまった。
「じゃ、じゃあ、雅美が勝ったら井上と付き合う。俺が勝ったら俺と付き合うって事で」
「うん⋯⋯それで行こう」
正直もう何が何だかわからなくなっていた。とにかく今はこのジャンケンを遂行しなければいけないという一心である。異様な緊張を持つジャンケンを前にとりあえず軽く深呼吸をする。
「よし。じゃあやろうか」
「うん⋯⋯やろう」
そうやって二人してお互いの見える位置に右手を出す。再度軽く息を整え掛け声を言おうとしたその時不意に雅美が口を開いた。
「けーくん、私グー出すから⋯⋯」
「え? あ、うん」
どういう事だろうか。これからジャンケンをするというとに先に出す手を言ってくるとは⋯⋯ これはもうそういう事でいいのだろうか? それとも単純に心理戦を仕掛けてきているのだろうか。
思考は全くまとまらないのにもかかわらず、時は無情にも進み続ける。
「「最初はグー——」」
喋り出した手前もう後には引けなくなってしまった。いまだかつてこれほどの緊張感を持ってジャンケンをしたことがあっただろうか。逡巡の結果、俺は思考を放棄した。
「「ジャンケンぽんっ!!」」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「意気地なし⋯⋯」
「すみません⋯⋯」
雅美は宣言通りグーを。そして思考を放棄した俺もグーを出していた。
雅美のジト目が刺さるように痛い。
「ま、まあでもあいこだからさ。もう一回やろう」
視線から逃れるように目を逸らしながら、もう一度右手を掲げた。対面に座る幼馴染は何も言わず一度自分の出した手に視線を落とした後もう一度こちらを見て言った。
「けーくん、私グー出すから」
「お、おう。わかった」
「グー、出すから」
そう言って念押しした後雅美は下ろしていた手を持ち上げ、そのまま殴られるのではと錯覚する勢いでグーを突き出してきた。
このときになってようやく目が覚めた。そして腹が決まった。
「「最初はグー——」」
おおよそ喫茶店には相応しくない気合の入った声を二人して出しながら、周りの目など全く気にせず全身全霊でその時を迎えた。
「「ジャンケン、ぽんっ!!!!」」
途端に訪れた静寂。半ば確信を持って得られたその結果に驚きよりも安堵が訪れた。
「あの⋯⋯お客様。大変申し訳ありませんがもう少しお静かにお願いします」
そう店員さんに窘められ、ようやく現実に帰ってきた。
「「す、すみません」」
二人して同じような形で頭を下げるとようやく気が抜けてどちらともなく笑い出してしまった。不思議なものを見るような目でそれでも笑顔を崩さずに去っていったあの店員さんは間違いなくプロだ。
ひとしきり笑い終わるとまた若干の間が生まれる。それはさっきとは違いどこか心地の良い間だった。若干の照れ臭さを抑えながら、開きっぱなしだったその右手を向かいに座る幼馴染に差し出した。
「まあ、とりあえずよろしくって事でいいのかな?」
すると雅美もその閉じていた右手をゆっくりと開いて、そのまま俺の手を握った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言った彼女の笑顔はきっとこれから一生忘れることができないだろう。