現実
僕に声をかけられたその少女は、はっと驚いた表情になり、咄嗟に手で涙の粒を拭った。
そして欄干にかけていた腕を下すと、僕の方を向いて手招きをしてきた。
ちょいちょいっと小さく手招きをされた僕は、その少女が立っていた橋の真ん中へと歩き出す。
少女の隣へ僕が着くと、その少女はまた夕日の方を向いた。
何も言わずにただ夕焼け空を見つめている少女の姿は、とても絵になっていた。
そしてその少女は、顔をこちらに向けずに夕日を見たまま。
「綺麗だよね……」
話しかけてきた。
なんて返すのが正解なのか?
初対面の人間と話すのが慣れていない僕は、少し考えた後にこう返事をする。
「僕の一番好きな景色ですから」
何の会話をしているのだろうか。
自分でも言っていてよくわかっていなかった。
ただどうしてか、すごく居心地が良いとだけ感じた。
人と関わるのが苦手な僕が、人と一緒にいてこんな風に思うなんて自分でも驚いている。
ましてや初対面の、名前も知らない少女となんて。
そんなことを思いながら、僕たちは二人して夕日を眺めていた。
そして夕焼け空が沈んできて、当りが暗くなってきたぐらい時に、少女は口を開いた。
「ねぇ君、名前は?」
突然少女が話し出したので最初は戸惑ったが、僕はその戸惑いをごまかすように咳ばらいを一つする。
そして少女の方を向く。
「僕は熊谷翔太。君は?」
そう聞くと少女は、上を向いて何かを考えたような仕草をした後に。
「ねぇ、また明日、この夕焼け空が一番きれいな時間にここで会わない?」
と、僕の質問など全く聞かずによくわからないことを言ってきた。
夕焼け空が一番きれいな時間にここで会う?
つまり、夕方の5時ぐらいにまた会おうということなのだろうか?
僕がいろいろと考えていると、目の前の少女は欄干から手を放して。
「じゃあ待ってるから!」
っと僕の返事も聞かずに颯爽とどこかへ行ってしまった。
いったい何だったのだろうか?
僕は今起こったことが本当に現実だったのか不安になり、手の甲を指でつねってみた。
もし痛みがなく夢だったらどうしようかと思ったが、しっかりと痛みはある。
僕は名前も知らない少女と一緒にこの綺麗な夕日を見て、明日も会うと一方的に約束されたということは現実らしい。
まだ今起こったことがしっかりと理解できていない僕は、もうすっかり暗くなってしまった歩道を歩きながら、今起こったことと明日について考えながら家に向かって歩いた。