家族
それから少しして、僕は自分の家族のことを思い出していた。
菜乃花の家族の話を聞いた僕は、少し羨ましいと思ってしまった。
家族仲の良くない僕は、父親と仲のいい菜乃花に嫉妬していた。
僕も菜乃花の父親みたいな、優しくて、なんでもしてくれる父親の元に生まれたかったと思った。
そんな僕の様子を見ていた菜乃花が、覗き込むように僕の顔を見てきた。
「今、何考えてるの?」
少しだけ口角を上げて、微笑みながら菜乃花は聞いてきた。
「別に大したことじゃないよ。僕の家族のこと考えてた」
僕が寂しそうにそう言うと、菜乃花は僕の手をまた握り。
「今度は君の話、聞かせてよ」
優しくそう言った。
それから僕は、菜乃花に僕の家族との今までの思い出を色々話した。
まともな会話はほとんどしてこなかったこと。
これと言った思い出が一つもないこと。
僕に全く興味がないこと。
菜乃花の話とは反対の、家族の良くないところばかりを話した。
そしてそんな面白くもない僕の話を、菜乃花は真面目に頷きながら聞いてくれていた。
僕の話が終わると、菜乃花は少し黙って考えた後に。
「つまりさ、君は認めてもらいたいんだよ」
と言った。
そう言われた僕は、そんなことないって菜乃花の言葉を否定しようとした。
でも僕は、咄嗟に否定出来ずにいた。
それは僕が、心のどこかで菜乃花の言葉を認めてしまっていたから。
思えばテストも成績も、父親に認めさせるために無理して勉強していた気がする。
それ以外に僕が勉強する理由なんて、なかったのだから。
そう思うと、僕は急に今までの自分がバカらしくなった。
どうしてあんな父親を認めさせるために、わざわざあんなに頑張っていたのだろう。
どうせ頑張ったところで、その努力が報われたことは一度もなかったのに。
一度も褒めてもらったことなんて、なかったのに……。
僕は小さくため息をつくと、菜乃花の方を向いた。
「僕はこれからどうしていけばいいと思う? 今まで通りに何にも成長しないまま、ただがむしゃらに勉強だけしていけばいいのかな」
暗い雰囲気のなか、僕は菜乃花に聞いてみる。
どうしてここで菜乃花に助言を求めたのか。
それは菜乃花なら、僕の納得のいく答えをくれると思ったから。
彼女ならなんでもわかると、勝手に思っていたから。
そして僕にそう聞かれた菜乃花は、僕の手をギュッと強く握りしめると。
「それを決めるのは君自身だよ。他の誰でもない、君が解決しなくちゃいけない問題」
強く力を込めて、菜乃花はそう言った。
でも僕は、菜乃花の言っている問題を解決するのは無理だと思った。
僕の18年間の経験が、無理だと言っていた。
「無理だよそんなの。多分、僕は一生父親と向き合えない。弱い僕は、必ずどこかで逃げ出してしまう」
そんな弱気なことを菜乃花に言うと、菜乃花は僕の手の甲の上に乗せていた手を離すと、両手で僕の顔を強すぎない力でパンと押さえつけてきた。
そして僕の顔を押さえつけたまま、まっすぐ僕の瞳を見つめて。
「翔太くんは弱くなんかないよ! 私が保証する。だから弱気にならないで」
そう強く、優しく言ってくれた。
菜乃花は僕の顔を抑えていた手を離すと、また僕の手を握りしめて。
「君が真剣に向き合えばきっと大丈夫だよ。君の今までの努力をしっかりとお父さんに伝えれば、きっとわかってくれる。だから最初っから諦めないで」
そう言われた僕は、少しだけやる気が出てきて。
「僕にできるかな」
菜乃花に確認するようにそう言った。
多分こんな確認をする必要はないのだろう。
ただの自己満足。
菜乃花に後押ししてもらいたいだけなんだ。
でも、その後押しがあれば、僕はなんだってできるような気がする。
僕にそう言われた菜乃花は、僕の顔を見てめいいっぱいの笑顔で
「うん!」
と言ってくれた。




