ない思い出
「多分もう察しはついてると思うけどね、私のお母さんはもうこの世には居ないんだ。私を産んですぐに死んじゃったんだ。だから私とお母さんの思い出は一つもないの」
大方想像通りの返答が返ってきた。
僕は何も言わずに、黙って菜乃花の話に耳を傾ける。
「だからある時お父さんに聞いてみたの。『私のお母さんってどんな人だったの?』ってね。そしたらお父さんがね、押し入れから数枚の写真を持ってきてくれたの。それでその中の一枚の写真を見た瞬間に色々と察しがついたよ。その写真にはまだ若かったお父さんと、車椅子に座ったお腹の大きな女の人が写ってた」
そこまで聞いて、僕も察しがついた。
彼女の体の弱い原因は、母親からの遺伝なんだと。
「それで小さかった頃の私は、その写真を見たときすごく腹が立った。私がこんな状態なのも、全部お母さんのせいじゃんって。こんなことなら産まないでほしかったって、お父さんに泣きながら怒鳴りつけた」
確かに小さい頃ならそう思ってもおかしくない。
いや……。
別に年齢の問題でもないか。
多分何歳でもそう思ってしまうのだろう。
それは仕方のないことで、正当な意見なのだから。
「そしたらね、泣きじゃくる小さかった私の体を、お父さんが抱きしめてくれた。優しく、ごめんってなんども謝ってくれた。そしたらなんか知らないけど、また泣いてた。心が温かくなって、さっきとは違う、温かい感情が私の中から湧いてきた」
寂しそうに、でも嬉しそうに話す菜乃花をみてこっちまで嬉しくなる。
「じゃあもうお母さんのことは恨んでないの?」
僕はそう疑問に思い、菜乃花に質問する。
すると菜乃花は天井を見上げて。
「最近までは、まだどこか心の中で恨んでた。許したくても許せない自分がいた。でも、もうそう思ってる自分はいない」
そして菜乃花はまたしても僕の方を向いて。
「だって君と、出会わせてくれたんだもん!」
嬉しそうにそう言ってきた。
僕は菜乃花にそう言われて、少し涙ぐんでしまう。
僕は目頭を押さえながら。
「君、さっきから僕のことからかってない?」
僕がそう聞くと、菜乃花はふふっと小さく笑うと。
「本当のことを言ってるだけだよ」
笑いながら、嬉しそうにそういった。
雨が家の天井に当たる音がするなか、僕はまた彼女に元気付けられた。




