希望
次の日の夕方。
僕は菜乃花に謝ろうと思い、いつもより30分ほど早く橋に向かった。
そして着いてから僕は、菜乃花をただひたすらに待ち続けた。
昨日のこと、あれは菜乃花にとって聞いてはいけないことだったのだろう。
今日会ったら何よりも最初に謝ろう……。
そう思いながら、僕は何もせずぼーっとしながら菜乃花を待ち続けた。
そして待つこと1時間。
彼女は来なかった。
いつもならたくさん会話をして、5時のチャイムが鳴るタイミングでお別れをする時間なのに。
もしかして昨日の僕の失言をそんなに怒っているのだろうか。
もしかしたらもう二度と彼女はこの橋には来ないんじゃないか。
ただうるさく鳴り響く鐘の音が、余計に僕の不安を大きくする。
もう帰ろう。
きっと明日は来てくれるだろう。
なんの根拠もないが、僕はそう思い続けることでしか自分を保てそうになかった。
僕が初めて心を開くことができた人。
そんな人を、僕のたった一言の言葉で失うなんてことは、あってはならない。
やっと見つけた僕の居場所を……。
彼女との居場所を、僕自身が壊すなんてことは、絶対にあってはならないことだ。
僕は不安と罪悪感に押し潰されそうになり、胸をキュッと抑えつける。
大丈夫。
明日は来てくれる。
そう自分に言い聞かせながら、僕は家に向かった。
しかし彼女は次の日も……。
またその次の日も来ることはなかった。
もうきっと愛想をつかされてしまったのだろう。
いや……。
もともと愛想なんてなかったのかもしれない。
ただ僕だけが勝手に舞い上がっていただけで、彼女は僕となんか一緒に居たくかったのかもしれない。
思えばはじめっから、僕だけが盛り上がっていた気がする。
そんなネガティヴなことばかりが頭の中に浮かんでくる。
そして彼女が橋の上に来なくなってから、かれこれ五日ほどがたった。
僕は今日も変わらず橋に行く準備をする。
時刻は午後四時。
行ってきますと小さな声で言うと、僕は傘を持ってドアを出る。
そして僕はドアを出てすぐに傘をさすと、その雨の中を一人、ゆっくりと進んでいく。
ザーザと勢いよく雨は降り続け、僕のズボンまで濡らしてきた。
橋に着く頃には、僕のズボンはほとんど濡れていた。
そしていつものように、彼女の姿はなかった。
もう多分菜乃花がこの橋に来ることはないのだろう。
そう心のどこかで思ってしまう。
それでも、またこの橋に来てくれるのではないかと淡い希望を抱きながら、僕は橋の上で待ち続ける。
雨は次第に強くなっていき、傘の意味がないほどに僕の体は濡れていた。
そんなずぶ濡れのまま待っていると、ついに5時のチャイムがなってしまった。
今日も彼女はこなかった……。
この5時のチャイムを聞くたびに、僕は憂愁な気持ちになる。
僕の心にぽっかりと空いた穴は、ふさがるどころかどんどん広がっていく。
今日はもう帰ろう。
5時のチャイムが鳴り終わり、僕はくるっと家の方を向いて歩き出そうとした時だった。
「翔太くん……?」
雨にかき消されてほとんど聞こえないぐらいの小さな声が、僕の名前を呼んだ。
僕はハッと後ろを振り返ると、そこには傘をさした菜乃花の姿があった。




