第八話 信じていたのに
いきなり現れた見知らぬ男性が私の方に近寄ってくる。
もしも私が冷静だったらドアを閉めて男性が入れないようにしただろう。
しかしこの時の私は、一人きりで不安だったところにようやくリードさんが帰ってきたと思い込んでいた為、全く見知らぬ男性が現れた事に混乱していた。
その結果、ドアを開けたまま部屋の奥に逃げるという失敗をしてしまったのだ。
「だっ、誰ですか貴方はっ!ここは私有地で勝手に入ったらダメなんですよっ!」
部屋の隅に下がりながら、それでも懸命に叫んだ。
しかし男はにやにやしながら部屋に侵入して私に向けてこういった。
「なあ、あんたがアリアちゃんだろ?心配しなくてもいいぜ。俺は味方だから」
だけど私はその男の目が獲物を見つけたといってるようにしか見えなかった。
「……部屋から出て行ってください。そしてもし本当に味方ならドアの前に立って誰も入れないでください」
私がそういうと男の目つきが変わった。
ニヤニヤしていたのがイラついたような顔つきに変わり
「……ちっ、騙されてたら痛い目に会わずにすんだのにな。馬鹿だよなー」
私を小馬鹿にしたような口調で、私の方に近付いてきた。
「ちっ、近付かないでくださいっ!それ以上来たらただじゃすみませんよっ!」
「ふ~ん、そっか~。ただじゃすまないのか~」
私の言葉が口だけだと確信しているのだろう。
再びニヤニヤしながら警戒した様子もなくズカズカと近寄ってくる。
私はそれでも男との距離を測って平手打ちをしようとしたが
「は~いざんね~ん。ただですんじゃったね~」
「はっ、離してくださいっ!わっ、私に触らないでっ!!」
男に腕をつかまれて、そのまま右手を高く上げた不自由な体勢を強いられた。
リードさんに《防御力》を借りていたせいか痛くはなかったが、力が強くなった訳では無いので男を振り払う事が出来なかった。
この体勢では力が入らず碌な抵抗も出来ない。
「はっ、離してっ!早くここから出て行ってよっ!!」
「つれないな~。仲良くしようぜ、どうせもうすぐ依頼主のところに送られるんだからよ~」
「……っ!!依頼主って誰なんですかっ!どうして私が狙われるんですか、答えてくださいっ!!」
「それは秘密。おーい、ここにいたぞー。見張りを残して全員集まれー」
男がそう叫んでしばらくすると、部屋に男の仲間が何人も集まってきた。
誰も彼も男の仲間らしい下卑た笑みを浮かべている。
「おっ、本当にいるじゃん。怪しげな奴だったけど雇って正解だったな」
「まあその分ふんだくられたけどな。くっそー、俺の取り分が……」
「……期日が迫っていたのだからやむをえんだろう。ただ働きになるよりましだ」
「で、リーダー。あいつは何処に行ったんすか?まだ来てないみたいっすけど」
「ああ、奴は用事を済ませてから来ると言ってたな。まあその間にこっちも用件を済ませておこうぜ」
話を聞く限り私を捉えてるのがリーダーで、残りは部下のようだ。
ただこの場所を教えた人間がまだ来ていないようだ。
私は意を決して連中に問いただしてみた。
「……私をどうするつもりですか?貴方達の目的は何ですか?」
気丈に振舞ってはいるが、震えているのがリーダーにはバレバレだろう。
私のそんな様子が連中の嗜虐心をくすぐったのか
「そうだよなー。何も知らないままってのも可哀想だからちょっとだけ教えてやるか。お嬢ちゃん、あんたにはある人から多額の懸賞金が懸けられてるんだよ。俺達があんたを狙うのはそれが理由だ」
「懸賞金って……なんで私なんかに……」
「さあな、そこまでは知らない。俺達はあんたを指定された場所まで送り届ければ金が入るって寸法だ。その先どうなるかは知らねーけど碌な事じゃねーだろーな」
「そんな、どうして……」
「だから知らねーって。俺らとしても仕事ってだけでお嬢ちゃんに恨みがあるって訳じゃねーからな。ま、もしかしたら送り届けた先で依頼主に会えるかもしれねーから聞いてみな」
どうやら教えてくれるのはここまでのようだ。
私とリーダーの会話が終わったとみると、部下の一人がリーダーに提案した。
「なあ、リーダー?こいつ生きていれば少々怪我してても良かったよな」
「ああ、生きた状態で連れて来いって事だからな。それがどうした?」
「だったら楽しませてもらうくらいは役得だよな。いいだろ、リーダー?」
楽しませてもらう、その言葉がどういう意味なのか理解出来ないほど鈍く無い。
きっとこの時私は青ざめた顔をしていただろう。
どこか縋るような思いでリーダーに目を向けたが
「……壊すんじゃねーぞ。後、使いたい奴がいたら他にも回せよ」
返ってきた答えは私が絶望するには十分なものだった。
「……いやっ!こっちに来ないでっ!私に触らないでっ!!」
必死に暴れるがリーダーの手からは逃れられない。
「……あんまり暴れるなよ。おとなしくしてりゃ優しくしてやるからよ」
「いやっ!いやああああぁぁぁl!!!」
半狂乱になりながら叫んでいたその時だった。
「……悪ーんだけどそれは無理だぞ。嬢ちゃんには《防御力》を貸してるからな」
ドアの方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
目を向けると、そこにはいつもの様に煙草を咥えたリードさんの姿があった。
「……リード、さんっ!!」
やっと来てくれたリードさんの姿に私は安堵していたが、どうも様子がおかしい。
私の姿を見てもリードさんが焦る様子もないし、何より男達がリードさんを見ても全く驚いていない。
この場所を教えた人間がいると聞かされた時から、どうしても拭えなかった可能性があった。
けどそんなはずは無い、あるはずが無いとずっと考えないようにしていた。
だけど
「どうせあんた達ならそう出るだろうと思ってたからな。多めに《防御力》貸したから今の嬢ちゃんの服を脱がす事も出来ねーぞ」
「はあっ!?ふざけんなよ、てめえ!何勝手な事してんだよ」
「一応その嬢ちゃんも俺の客なんだよ。まあ、あんたらと違って依頼料もまともに払えない貧乏人だけどな」
「……だったら俺がその分払ってやるからさっさと解除しやがれっ!!」
「だから、途中解約は無理だってあんたらの時も説明したろ。それでもやりたきゃ明日の昼頃まで待てよ。自然に解けるから」
どうしてこの男達と争う事もなく、普通に話してるんだろう。
「……リード、さん?何で……」
「ああ、悪いな嬢ちゃん。こいつらも俺の客なんだ。それで依頼内容は嬢ちゃんの確保、な訳だ」
「……嘘、ですよね?この人達を欺く為に演技してるんですよね?」
「なあ、嬢ちゃん?一方は依頼料も碌に払えなくて儲けが出ない。もう一方は協力すればちゃんと利益が出る依頼だ。あんたならどっちの味方をする?」
「……だって、だって、助けてくれるって言ったじゃないですかっ!!」
「……はあー、あんたのその純真さは美徳だけどな。出会って日も経ってない相手を信用しすぎるなよ。あんたはもう少し疑う事を覚えた方が良い。まあ、勉強にはなっただろ?」
その言葉を聞いて自分の中の何かが切れた。
悔しかった、情けなかった、そして何より悲しかった。
「……信じて、たのに。……リードさんの事、信じてたのに……」
溢れ出す涙を拭う事も出来ないまま、ただ泣き続けた。
もう抵抗する気力も残っていなかった。
ここで抵抗したところで、どうせ私にはもう頼れる人は一人もいないのだから。
それが伝わったのかリーダーが私を放すが、私はただへたり込み泣くだけだった。
「あ~あ、泣かせちゃった。悪い奴だよなー、あんたも」
「外から来たあんたらには分からないだろうが《掃き溜め通り》で生きていくってのはこういう事だ。騙される方が悪いんだよ」
「ま、違いねーな。それじゃこれが依頼料の三十金貨だ。確かめてくれ」
「……ああ、間違いない。しっかしこれだけ支払っても利益が出るんだから依頼主ってのは随分と気前が良いんだな」
「詳しくは知らねーけど何か訳ありらしーぞ。ま、仕事にゃ関係ねーけどな」
「尤もだ。大事なのはきちんと金をくれるかどうかだからな」
リードさんとリーダーの男が何か話しているが頭に入ってこない。
だがしばらくすると、何故かリードさんと彼等の間で言い合いが始まった。
「だから、俺はまだ嬢ちゃんから依頼料を回収して無いんだよ。明日なら問題ないからそれまで待てよ」
「ちょっと待て、聞いてねーぞそんな事はっ!」
「嬢ちゃんも俺の客だってさっき言っただろ?一日待てば済む話だろーが」
「ふざけんなっ!受け渡しの期日は明日だぞ。間に合わねーだろがっ!!」
「それこそ俺の知った事じゃねーよ。俺には俺の都合があるんだからな」
「……もういいっすよ、リーダー。こんな話し合いしてたって埒があかないっす」
「……だな。まあそっちにゃそっちの都合があるように、こっちにゃこっちの都合ってもんがある訳だしな……」
その台詞を合図に男達が全員武器を構えてリードさんの方に向けた。
それに対してリードさんはいまだに煙草を片手に焦った様子も無い。
「つー訳で交渉決裂だ。悪いが死んでもらうぞ」
「……おいおい、あんたらそれは契約違反だぞ。本当に分かってるのか?」
「いや、あんたこそ今から死ぬのに今更契約違反も何もあったもんじゃねーだろ?頭おかしいのか?」
リーダーがそういうと仲間達が一斉に笑い声を上げた。
状況はリードさんの窮地なのに、リードさんからは余裕が失われていなかった。
煙草を吸って煙を吐いた後、男達に向かって不敵な笑みを向けこう告げた。
「それじゃ仕方ないな。契約通りに貰うものを貰うとするか」