第七話 事態が動き出しました
こうして何の進展も無いまま六日が過ぎた。
その間私はずっと貸し出し屋で仕事し続けていた。
朝起きて食事を済ませた後は、ルーちゃんと一緒に掃除洗濯食事の準備、午後からはセトさんの事務仕事のお手伝いだ。
ちなみに年下だと分かった時点で呼び方はルーちゃんに変わった。
初日みたいに気を張り詰める事もなく、程よい緊張感の中で仕事の方も徐々に慣れていった。
気を抜くとまだ失敗しそうにはなるが、最大の懸念であった記帳の代行もどうやら初日がピークだったらしく、段々と量が減りかなり余裕もできたとなれば
「よしっ、今日もとってもいい天気。お仕事頑張るぞっと」
「……いや嬢ちゃん、やる気なのはありがたいが目的見失ってねーよな?」
ルーちゃん特製の美味しい朝食を食べ終えて私が気合を入れていたら、リードさんの呆れたようなツッコミが入った。
「……イエ、ソンナコトナイデスヨ」
「バレバレだ。動揺隠したいならもっと上手くやれ」
「う~、だってだってここの生活が快適すぎるのが悪いんですよ~」
私も手伝っているとはいえ毎食出てくる絶品の料理、仕事が終われば大きなお風呂で疲れを癒しお肌も髪もつやっつや、ふっかふかな寝具に包まれた心地よい睡眠、そして村の稼ぎの倍に相当するお給金と外出できない事くらいしか文句のつけようが無い。
「いいか嬢ちゃん、ここで働く気がないならあまりここの生活に染まるなよ。人間不便には慣れても、一度知った贅沢を取り上げられるのには慣れないもんだぞ」
「分かってます。正直、村に帰ったらすっごい喪失感があると思います」
「分かってんならいいけどな。まあ、上手くいけばそろそろ進展があるだろーよ」
リードさん曰くこれまでに幾らか情報が集まったので、今はそれの裏づけを取っているのだそうだ。
その報告が早ければ明日明後日にでもあるかもしれないとの事だ。
「……そっか、もうすぐ解決するかも知れないんですね」
「何辛気臭い顔してんだ、嬢ちゃん?問題解決するんだから喜べよ」
「いえ、もちろん嬉しいんですけど少し寂しくて。ここの生活にやっと慣れ始めた頃だったし、皆さんとも仲良くなってたのに……」
「気持ちは分からんでもないけどな。それでも村にはあんたの帰りを待ってる人達もいるんだろう?ここに比べりゃ平凡かも知れないがそういうのは大事にした方がいいぞ」
「……そうですね。村には都会に憧れる人も少なくないですが、私は村での生活が好きでした。村長や酒場の女将さんも心配してるでしょうから早く帰って元気な姿を見せてあげたいです」
「ああ、そうしてやれ。ま、それも報告がなけりゃ進まねーんだけどな」
そういった後立ち上がって自分の部屋に行ってしまった。
リードさんは私が来てからはずっと夜出歩いていた。
情報収集がある程度できたのならもう出歩く必要は無いはずなのだが、その辺りを聞いたら
『色々あるんだよ』
とはぐらかされてしまった。
……まあ、私が知ってもどうしようもないし何も出来ないのだろうけども。
そして仕事も終わり、今日もいつもの様に夕食後にリードさんが外出していった。
そこで疑問に思っていた事を二人に尋ねることにした。
「あの、リードさんてどうしてまだ外出するんですか。後は報告を待つだけだって聞いたんですけど?」
「えーと、今日はたしか会合じゃなかったかな。アリアちゃんの件とは別件だよ」
「ご主人様もお忙しいですからね。夜に外出するのは珍しくないんですよ」
う~ん、そういうものなのかな。
二人の言う事だし疑ってるわけじゃないんだけれど。
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なんか嬢ちゃんに疑われてるっぽいんだけど、セトとルーならその辺りは上手い事ごまかしてくれるだろ。
実際、俺が向かってるのは会合などではない。
まあもう少しで準備も整うし、それまでごまかせれば事は済むしな。
俺は一人薄暗い通りを抜けて目的地に向かう。
そして辿り着いたのは、外見からして長年誰も住んでいないとある廃墟だ。
鍵の掛かっていない玄関を開けて、一階の広間に向かって歩く。
そして目の前の扉を開けて、待っていた連中にこう宣言した。
「待たせたな。それじゃ仕事の話といこうか」
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それから更に時間が過ぎて、事態が動き出したのは私がここを訪ねてから九日目のお昼の事だった。
いつもの様に昼食の準備を終えて、さあ盛り付けだという時にリードさんが真剣な顔で調理場に飛び込んできた。
その様子からはいつもの飄々とした余裕は感じられない。
「……嬢ちゃん、まずい事になった。服を着替えて出られるように準備しろ」
「きゅ、急にどうしたんですか?いきなりそんな事を言われても……」
「嬢ちゃんを狙ってる連中に居場所がばれたって連絡があった。後三十分もしないうちにここに来るそうだ」
リードさんの言ってる事の意味が、一瞬理解できなくて呆けてしまった。
(……何で、どうして?ずっと貸し出し屋にいて一歩も外にでなかったのに……)
私が不安に押しつぶされそうになっていると
「嬢ちゃん、ショックなのは分かるが時間が無い。その服じゃ目立ちすぎるから元の服に着替えろ。……ルー、お前もセトと一緒に逃げろ。俺は嬢ちゃんを別の場所に移す」
「……分かりました、ご主人様。どうかアリア様をお願いします。こちらも準備が出来次第セト様と一緒に避難しておきます」
リードさんとルーちゃんがてきぱきと逃げる準備を進めていた。
私も自分の部屋に戻り、大急ぎで着替えて調理場に戻った。
そこで今日の昼食をパンで挟んだサンドイッチをルーちゃんから渡されて
「すみません。急だったものでこれくらいしか準備できませんでした」
と、謝られた。
……何を言ってるんだろう、この娘は。
自分も避難しなきゃ危ないのに、私の為にこうしてお弁当まで準備してくれた。
私はルーちゃんの手をとって
「……また後で会おうね。絶対、絶対だよ?」
「はい、約束です。また後でお会いしましょう」
そう再会の約束を交わすのだった。
その後、私はリードさんに連れられて裏道を抜けながら目的地に向かった。
場所はリードさんが所有する物件の一つで、現在は誰も住んでいない建物らしい。
慎重かつなるべく急いでその場所を目指し、到着したのは三十分後の事だった。
《掃き溜め通り》の中では比較的大きくて綺麗な建物だ。
普通に売れていてもおかしくないのだがリードさんに聞くと
「《掃き溜め通り》でこんな建物買えるくらい余裕のある奴なら、もっと表通りに近い場所で買うに決まってるだろ」
との事だった。
……うん、すっごい納得しました。
建物に入ると時々掃除はされていたのか、何とか掃除はしないでもいられるくらいには綺麗だった。
流石に家具とかはなかったので床に座り、ようやく緊張を緩めることができた。
「……は~、疲れた。こんな緊張したの初めて《掃き溜め通り》に来た時以来ですよー」
私が溜息を吐きながらそういうと
「……悪いな、嬢ちゃん。こんな事になっちまって」
と、リードさんが申し訳無さそうに謝ってきた。
……もう、この人も何を言ってるのだろう。
本来ならば、ノアさんが亡くなった時点で私を助ける理由なんて消滅してる筈だ。
それでも助けてくれたのは、ただひたすらにリードさんの善意でしかない。
それに対して文句をつけるほど、私は人間が腐ってはいない。
「リードさんのせいじゃないです。だから謝ってもらう事は何もありません」
助けてもらってる私がリードさんに返せるものは、信頼しかない。
微笑みながらそう伝えると、リードさんも理解してくれたのかちょっとだけ不敵な笑みを返してくれた。
「そう言って貰えるなら助かるよ。……とりあえず腹減ったしメシにするか」
「そうですね。お腹空きましたしそうしましょう」
そして私達は食事を済ませた。
急拵えとはいえ、そこは流石ルーちゃんの料理。
とても美味しく、この状況にも拘らずとても幸せだった。
食べ終わった後、リードさんは私にここで待機するように指示を出した。
その際に念の為にと《防御力》と《状態異常抵抗》を貸し出してくれた。
「これで少々じゃ怪我しねーし、毒や薬使われてもどうにかなるだろ」
「ありがとうございます。ううっ、でもお金が……」
「とりあえず一日分だけだからな。今は金を惜しんでる状況でもねーだろ」
至極ごもっともだが余計な出費には変わりが無い。
(う~、何処の誰の仕業だか知らないけど貴方達のせいでこうなったんだからね。解決したら絶対文句の一つでも言ってやるんだからっ!!)
私が内心まだ見ぬ犯人に怒りを覚えていたら、リードさんが立ち上がった。
「それじゃ俺は外で情報集めてくる。ついでに当面の食料や着替えも確保してくるから嬢ちゃんはここを動くなよ」
「……はい。あの、なるべく早く帰ってきてくださいね」
「ああ、つっても情報はすぐに手に入らないだろうしな。遅くても日が暮れる頃には一度帰って来るさ」
そういってリードさんは部屋から出て行ってしまった。
リードさんの行動が必要なものだと分かってはいたが、それでも一人残された事に不安はあった。
私を追っている人間が近くにいて、傍に誰もいないこの状況がこんなに不安なのだという事を私は改めて思い知っていた。
《掃き溜め通り》に来てからずっと貸し出し屋で誰かと一緒だったのが、どれほど私を安心させてくれていたのだろうか?
ルーちゃんのあの優しい微笑みも、セトさんとの気安い会話も、リードさんの私に対する呆れたようなぼやきも無いこの状況が不安で、気を抜けば泣いてしまいそうだった。
そうして不安に耐えながらじっとリードさんの帰りを待っていた。
窓から差し込む光が消え日が暮れた事を教えてくれたが、まだリードさんは帰ってきていなかった。
暗い部屋の中、ただひたすらにじっと耐えていたら外から足音が聞こえた。
(もうっ、日が暮れる頃には帰るって言ってたのに。愚痴くらいは聞いてもらうんだからっ!!)
ようやくリードさんが帰ってきて安心した私は、遅くなった事に対し文句を言ってやろうとドアを開いた。
しかしそこに立っていたのはリードさんではなく、私の知らない柄の悪そうな男性だった。
その男性は私を見てはっきりとこう言った。
「何だ、本当にあいつの言う通りここにいたじゃねーか」