第六話 進展があったんですか
午後からはセトさんの事務仕事の手伝いだ。
私の役割はセトさんへ渡す書類を分別する事と、計算し終えたものに間違いがないか検算する事だ。
これも頻繁ではないものの村の酒場でお手伝いした経験がある。
だからそれなりに自信があったのだが、目の前にはうずたかく積み重なった書類の山がある。
「何なんですか、この量はっ!!それに貸し出し屋とは全く関係ないものが多いんですがどうしてですか!!」
「それはうちの主な仕事に記帳の代行があるからだよ。この辺りじゃ読み書き計算が怪しい人も珍しくないし、今の時期は税金を納めるのにきちんとした帳簿を用意してないと役人に何言われるか分かんないからね~」
「確かにこの時期は忙しいですね。あっ、アリア様そちらの書類はこの箱に入れておいて下さいね」
「……いいから嬢ちゃんは口動かさずに手を動かせ。そんなんじゃ終わらねーぞ」
まずはセトさん以外の全員総出で書類を纏めまくった。
私とルーさん、リードさんとで高く積み上がった書類の山を分類しそれぞれのお店ごとに日付順に整頓し直し、セトさんがそれらをチェックするという流れだ。
中にはこれは何かの暗号なのだろうかと思うほど読めないものもあったが、コツがあるのか他の皆は何事も無い様に書類を処理していた。
そしてセトさんが纏めた書類を手にしてパラパラとめくり一瞥すると、ものすごい勢いでチェックし始めた。
「これはどうやっても計算が合わない。こっちはこことここの数字を入れ替えれば合うから僕が直しとく。ここのは途中が抜けてるっぽいからお店に確認を」
と、本当にたった一度あんなに素早く目を通しただけで問題箇所を挙げていった。
その中で本当に問題があるものだけ除外し、残りはセトさんが一気に清書して元の書類と共に私達に返す。
それらを見比べながら間違いが無いか確認すれば終了だ。
……それにしてもセトさんは凄まじい。
書類のチェックの時も驚いたが、書類を完成させる速度がとんでもない。
私が書類を見比べている間に次から次へと新しい書類が完成している。
それを三人がかりでどうにか処理しているのが現状だ。
いや、偉そうに三人がかりと言ったが私の仕事量を一とするなら、リードさんが三、ルーさんは五なのだが……
そしてセトさんに至っては多分十くらいだろう。
少なくとも私に回ってきた書類には一切の不備も計算違いも見当たらない。
見た感じリードさんとルーさんの方もそうだろう。
こうして高かった書類の山がどんどんと低くなってゆくのだった。
「アリア様、お茶と甘いお菓子です。これで少しでも疲れをとって下さいね」
「あ、ありがとうございます。……は~、癒されるよ~」
休憩時間となりルーさんの用意したお茶とお菓子で一息つく。
熱いお茶とお菓子の甘みが身体と頭に染み渡る。
「いや~、でも思ったより進んだね。残りもそんな多くないし、今日は早く終わりそうだね」
「そうだな。正直期待してなかったけど、嬢ちゃんが意外に戦力になってるな」
「うん、本当に助かったよ。ありがとうね、アリアちゃん」
「……いえ、私の何倍も働いてる人達にそう言われましても……」
セトさんとリードさんが褒めてくれるが心境は複雑だ。
私なりに頑張ってはみたものの客観的にみて戦力だったとは言いづらい。
「いや、初めてにしちゃいい線いってたぞ。それに俺くらいなら努力すりゃ誰でもなれるさ。まあ、ルーやセトみたいになるには才能が必要だけどな」
「流石にセトさんみたくなるつもりはないです。だけど意外でした。リードさんはもっと自信満々で、俺に出来ない事は無いって言ってそうなイメージだったのに」
「……嬢ちゃん、俺を何だと思ってやがる。俺はセトと違って元々事務仕事は得意じゃねーんだよ。けどここ数年同じ事繰り返してたら嫌でも上達するっつーの」
「まあ、同じというか年々増えてるんだけどね。本気でこの時期だけでも事務員の増加は必要かもしれないね」
「……そういう意味じゃ、お前かルーがいなくなったらこの店が終わりかねんな。お前には地獄の底まで付き合ってもらうけど、ルーにそこまで求めるのはな」
「あっ、僕がここ辞めれないの確定なんだ。まあ、辞める気もないけどねー」
「ご主人様、私もご主人様に生涯お仕え致しますので心配ご無用です」
などと、和気藹々とした雰囲気で休憩は進んでいた。
そこでふと疑問に思っていた事があったので尋ねてみた。
「あの、それにしたってあまりにも量が多すぎませんか?厳しいようなら少し他に回したりとかした方が……」
「そりゃ無理だ。よっぽどの伝手でも無い限り真っ当なとこなら《掃き溜め通り》には関わらねーよ。それに正規料金払えねーような貧乏人も多いんでな」
「正規料金が払えないって……もしかしてこの仕事も、私の件と同じように格安でやってるんですか?」
「アリアちゃん大正解。実は殆ど儲けなしなんだよね~」
「これに関しては《掃き溜め通り》に対する貢献の一環としてサービス価格で行うとのご主人様の意向なんですよ」
「……信じられない。絶対リードさんはぼったくるタイプだと思ったのに……」
「はっはっはっ。何だ嬢ちゃん、お望みなら今からでも嬢ちゃんには正規料金請求してやろうか?」
「ごっ、ごめんなさいっ!!それだけは勘弁してくださいっ!!」
「冗談だよ。まあこれでも《掃き溜め通り》の元締めの一人だからな。儲け度外視でやらなくちゃならねー事もあるんだよ」
……ちょっと待った。
今さりげなく聞き捨てなら無い事を言ってなかったか?
「あの、リードさんて《掃き溜め通り》の元締めしてるんですか?いくらなんでも若すぎでしょう?おかしくないですか?」
「元々は爺さんがここの大元締めやっててな。で、亡くなって代わりに大元締めになった人が『お前やれ』って押し付けてきやがったんだよ、畜生。そうじゃなきゃこんな若造が元締めできる訳ねーだろ?」
「……あの、ちなみにリードさんて何歳なんですか?」
「今年で二十三だな。店主になってからは五年目か」
「あっ、僕はリードと同じ二十三だよ」
「はー、私が十八だから五つ年上なんですね。リードさんはもっと年上でセトさんはそれより年下かと思ってました」
「そういう嬢ちゃんはルーの一つ上か。ま、年相応だな」
「……えっ、ちょっと待って下さい。ルーさん年下だったんですか?」
「はい、先日十七になったばかりです」
「いやいやいやいや、嘘でしょ?こんな何でもこなせて、礼儀作法とかもしっかりしてて、その上このスタイルですよ?ありえないでしょ」
「いや、スタイルに関しては年齢はあまり関係ねーだろ。残りの二つはルー本人の努力と才能の賜物だ。決して楽して手に入れた訳じゃねーよ、そら、そろそろ休憩も仕舞いだ。仕事に戻るぞ」
そう言ってリードさんは残ったお茶を飲み干して自分の机に戻っていった。
そして残りの書類が仕上がったのは夕方頃で、聞けばいつもなら夜までかかるそうなので本当に意外と戦力になれたのかもしれない。
そしてルーさんお手製の夕食に舌鼓を打っていたら
「ああそうだ。ほら嬢ちゃん、忘れねーうちに渡しとくぞ」
そういってリードさんが金貨を一枚渡してきた。
何これ?という顔をしていた私に
「今日の分の仕事代だよ。もしかして忘れてたのか」
と、呆れ顔で言ってきた。
だが私は忘れていた訳ではなく、渡された金額が多くて仕事代と結びつかなかっただけだ。
「……あの、これ多すぎません?はっきり言って私の村での一日の稼ぎより多いんですけど」
「正直言って色はつけてある。けどまあ、思ったより嬢ちゃんの依頼が長引きそうなんでな。その分の補填も含めた額だと思ってくれ」
「……何か分かったんですか?」
「逆だ。昨日の今日で手掛かりなんて掴めねーし、情報が入るのにも時間がかかりそうなんでな。解決前に嬢ちゃんの資金が枯渇しちゃまずいだろ」
そして食事を終えたリードさんは立ち上がって
「今日は別方面で情報を当たってみる。帰りはやっぱ朝になるだろうから、戸締りよろしくな」
そういい残して出て行ってしまった。
私はその後ルーさんと食器の後片付けを行い、お風呂の準備の仕方を教わりお客様だからと早々にお風呂に入って休ませてもらった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、嬢ちゃんにはああいったが情報は昨日の奴からある程度得ている。
だがあれだけではとても全容が解明できないし、もっと情報を集める必要がある。
嬢ちゃん曰く、狙っているのが複数いるって話だから、できれば昨日とは別の奴が引っかかってくれると嬉しいんだけどな。
(あ~、もういっその事黒幕が出てきて、自慢げに真相でも話してくんねーかな)
煙草をふかしながら益体も無い事を考える。
まあ現実的にはこれで情報を集めてから、その裏取りをするしかない。
早々に解決しなければ、俺の方が寝不足でやられそうだ。
(くっそー、爺さんめ。きっちり厄介事ばかり残していきやがって)
今は亡き爺さんに愚痴をぶつける。
まあ、俺に残してくれたものを考えればこの程度はおまけみたいなものだろう。
だが俺が店主になってからそう長くないが、結構な頻度で起こるのはどうなんだ?
俺の爺さんに対する評価がだだ下がりになりつつあったが
(……掛かった。さて、できれば昨日とは違う奴であってくれよ)
こうして俺の情報収集は今晩も行われるのだった。