第五話 求められるレベルが高いんですよ
「おはようございます、アリア様。そろそろお目覚めになって下さい」
「……ふぁっ!?……あれ、ここ何処?なんで私こんな場所で……」
寝ぼけていた私の頭がルーさんの顔を見た瞬間覚醒した。
バッと上半身を起こし思わず叫んでしまった。
「わああぁぁぁっ、寝過ごしたっ!!すいません、今何時ですかっ!!」
「まだ七時半ですよ。それよりもうすぐ朝食ですので、着替え終わりましたら顔を洗ってから食堂に来てくださいね。洗面所は部屋を出て一番左の部屋です」
ルーさんは微笑みながら綺麗に洗濯し畳まれた私の服を机の上に置いた。
そして一礼して部屋から出て行った。
「……やらかした~~。いつもだったら六時頃には目が覚めるのに~~」
ベッドの上で寝転がりながら身悶えする。
ルーさんに起こされるまで完全に熟睡していた。
(うわー、うわー、寝顔見られた~。はっ、まさか涎とか出てなかったよね?)
年の為口元に触れてみるが大丈夫そうだ。
どうやら最悪の事態だけは避けられたみたいだ。
しかしいくら疲れていたとはいえ、ここまで熟睡したのは最近では記憶に無い。
普段は多少疲れていても、自然と目が覚めるように習慣づいている筈なのだ。
(これは疲れだけじゃなくて、寝具のせいだよね。昨日、横になって照明を消した後の記憶が全く無いもんね)
本当に一瞬で眠りに落ちた。
実家のものとは比べものにならないふっかふかな寝具は、私の意識を奪うには十分すぎる威力を有していたようだ。
……って、こんな事考えてる場合じゃない。
早く食堂に行かないと。
慌てて起き上がり服を着替える。
私の服は見違えるほど清潔で石鹸の良い香りがしていた。
そして洗面所に向かいうがいをして顔を洗った。
昨晩のお風呂にあったのと同じものがついていたので、水の出し方などは迷う事がなかった。
そして食堂に向かい扉を開けると
「あっ、皆さんおはようございます。本日もよろしくお願いします」
「おはよう、アリアちゃん。昨日はよく眠れたかな?」
「よう、嬢ちゃん。随分と顔色が良くなったな。しっかり休めたようで何よりだ」
「それではそろそろ朝食に致しましょう。アリア様も席に着いて下さいね」
皆がこちらを見て挨拶を返してしてくれた。
その中にはいつの間にか帰っていたリードさんも含まれていた。
ルーさんが手早く朝食の用意を進め、皆で朝食を頂く事となった。
本日の朝食は焼いたベーコンにスクランブルエッグ、具沢山のスープに野菜サラダとパン、そして何か緑色の飲み物が添えられていた。
緑色の飲み物を不審そうに見ていたら
「それはルー特製の健康ドリンクだ。見た目はアレだけど意外に飲みやすいぞ」
と、リードさんが説明してくれた。
本人も普通に飲んでるし、私も勇気をもって口にしてみたら
「……あっ美味しい。この風味は野菜と果物を混ぜてるんですね」
「はい、野菜だけだと飲みにくいですし果物の甘みで口当たりを良くしています」
「いや~、最初に出された時は『何だ、コレ?』って戸惑ったけど、今じゃこれを飲まないと朝が始まらないよね」
「そうですね。初めて飲みましたけど目が覚めるというか、気持ちがすっきりする感じですね」
そしてそれ以外のメニューにも手を伸ばすがやはり絶品だった。
香ばしく焼かれ塩味が効いたベーコン、しっとり柔らかく甘いスクランブルエッグにトマトを使った酸味の効いた具沢山のスープ、そして取れたて新鮮な野菜サラダとどれも美味しい。
そして今朝のパンは本当に焼きたてで、昨日の夕食に食べたものに比べまた一段と美味しかった。
私が食べるたび『んんっ~~!!』とか『ふああぁぁぁ!!』とかやっていたら、ルーさんが微笑ましそうにこちらを見ていた。
セトさんは優しさ故見逃してくれているようだが、リードさんは単純に興味が無いのか黙々と食べている。
「……すいません。食事中、騒がしくしてしまって」
「いえ、そうやって美味しそうに食べて頂けると頑張って作った甲斐があるというものです。ご覧の通りこちらのお二人はそんな反応はして下さいませんから」
「いや、仕方ねーだろ。良い意味でいつも通りに美味いんだから」
「そうそう。ずっと飽きがこない料理って普通に美味しいからアリアちゃんみたいな反応を毎日するのは難しいよね」
セトさんとリードさんはそういうが、私は納得出来なかった。
せめてもっとはっきりと美味しいと伝えるのが作ってくれた人への礼儀だと思う。
「……あの、お二人ともこんなに美味しいのに何か不満があるんですか?ルーさんの料理って完全にお店で出せるレベルですよね。ていうか私なら間違いなく常連になりますよ」
「……いや、だから不満なんてねーよ。さっきも言ったけど普通に美味いし文句のつけようもねーよ。……まあ、今後はもう少し言葉に出すようにはするけどな」
「そうだね。当たり前すぎて感謝の言葉を口にするのを忘れてたね。毎日美味しい料理をありがとう、ルーちゃん」
二人がそういうとルーさんは慌てたように
「い、いえっ!すみません、そういう意味で言った訳ではなかったのですが勘違いさせてしまいました。ですが、感想を頂けると参考になりますし励みにもなりますのでよろしければお願いしますね」
そういって微笑んでいた。
その後食事が終わりルーさんが後片付けをしていると、リードさんが私に質問してきた。
「なあ、嬢ちゃん。今日はこれからどうするつもりだ?こっちとしては正直ここでおとなしくしててくれてるとありがたいんだがな」
「……私としてはどこかで日雇いの仕事がしたいです。じっとしてるのは性に合わないですし、正直懐具合が厳しいので……」
「却下だ。昨日も言っただろーが、追われてる奴を外で働かせられるかよ。護衛も必要だし無駄な経費が掛かれば稼ぐ以上の出費になるぞ」
「う~、だったら小物作りとか人と会わないような場所での仕事だったら……」
「その手の仕事には技術が必要だろ?嬢ちゃんは技術持ってんのか?」
「……いえ、農業と給仕くらいしかした事ないです」
「全然駄目じゃねーか。しっかし給仕か。……なあ嬢ちゃん?あんた読み書き計算はできるか?」
「?……はい、母に教わりましたからそれなりにはできますけど」
私がそう答えると
「じゃあ決まりだ。嬢ちゃん、うちで仕事しろ。午前中はルーに雑用見てもらって午後からはセトの事務仕事手伝え。それぞれの働き振りに応じて給金を出すぞ」
こうして私の貸し出し屋での仕事が決定したのだった。
「さて、それではお掃除から始めましょう。準備は良いですか、アリア様?」
「ばっちりです。まずはここの部屋を掃除すれば良いんですよね」
その後リードさんは『俺は昼まで寝るから』といって部屋に籠もってしまった。
そして私はルーさんの着ているような服に着替えて空き部屋に連れて行かれた。
ルーさん曰く
『それではお掃除、お洗濯、お料理の順番で見ていきましょう。まずは普段通りにお掃除してみてください』
との事なので私なりに掃除してみた。
これでも村では一人暮らしをしていたのだから、このくらいはできて当然だ。
「良し、これで完了ですね。ルーさん、終わりましたよ」
一通りの掃除を終えてルーさんに報告すると、何故か笑顔のままなのに妙な圧力を感じる。
「……えっと、あの、ルーさん?」
「……アリア様、私から見て至らぬ点が幾つかありましたので指摘させて頂きますね。まずは……」
そしてルーさんの怒涛のダメ出しが始まった。
説明される事、実に十分。
その都度『ここに汚れが』とか『ここにもホコリが』とか実際に掃除が不十分な事を示されるので反論もできない。
……いや、そこまでしなくちゃいけないのかとルーさんに聞いてはみたのだが
『ご主人様のお世話を任されている以上、このくらいは最低限行うべきです』
と、完全無欠の笑顔と揺るぎ無い決意を向けられては何も言えない。
そして再度の掃除とダメ出しの後
「……はい、これならギリギリ合格ですね。お疲れ様でした」
と、多分本当にギリギリだったのだろうがなんとか合格をもらう事ができた。
だが、ようやくダメ出しを回避した私に追い討ちを掛けるように
「それでは続いて隣の部屋も同じ様にお掃除しておいて下さい。私は皆さんの部屋を掃除しておきますから」
そう言い残してルーさんは部屋を出て行ってしまった。
(……えっ、嘘でしょ、もう一度このレベルの掃除をするの?体力的にはともかく精神的にはすっごく疲れたんだけど……)
……多分ここで掃除を放り出しても後でルーさんがするはずだ。
しかし私は仕事としてこれを任されたのだ。
そしてルーさん一人ならもっと早くに掃除を終えていたはずなのだ。
わざわざ足手纏いの私に時間を割いてくれたルーさんを失望させたくない。
「う~~、よしっ!!やるぞっ!!」
気合を入れ直して隣の部屋に向かう。
そして先程のダメ出しを思い出しながら、掃除を始めるのだった。
その後、掃除を終えたルーさんが部屋にやってきたが何とか合格をもらえた。
ちなみにルーさんの掃除した部屋を見せてもらったが、私が一部屋掃除する間に私以上の完成度で三部屋掃除したそうだ。
ルーさん曰く
『慣れれば誰でもできますよ』
との事だが絶対嘘だ。
少なくとも私にはできない。
そして、洗濯は魔道具のおかげで私でも問題なく行えた。
料理に関しては私も一品作らせてもらったが、評価の方は
『すげー普通』
との評価をリードさんから頂いた。
分かってますよ、自分でもそう思いますよ。
てか、ルーさんが上手過ぎるんですよ。
こんなの毎日食べてたら私の料理で満足できるはずないじゃないですかっ!!