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《掃き溜め通り》の貸し出し屋  作者: 藤見 正弥
第一章 アリア編
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第四話 ここはこういう場所だと納得しよう


そして食事の後は身体の汚れと疲れを取る為にお風呂に案内された。


「それではこちらがお風呂になります。あちらに石鹸がありますので身体を洗ってから湯船にお浸かり下さい。お湯の温度は右の青い取っ手を捻れば冷水が、左の赤い取っ手を捻れば熱湯がその蛇口から出ますので調整して下さい。その間にお部屋の準備をして着替えを持ってきますので、ゆっくりして下さいね」


「あ、ありがとうございます。それにしてもお風呂まであるんですね」


「はい、こちらもご主人様が『お前等もいるんだから、こういうのは備えておいて損はねーよ』と仰って錬金術師様にお願いして作って頂いたものです。そのおかげでこうして毎日お風呂に入って清潔にさせて頂いています」


そういうルーさんは綺麗に洗濯された服を着ているし、あまり汚れた様子も無い。

そしてこんな時間まで働いていたにも関わらず、汗臭さなどなくむしろ良い匂いがしていた。

どうやらそんな私の様子に気付いたようで


「その石鹸と壺の中の洗髪剤シャンプーには、花の香りが含まれているんです。是非アリア様もお使い下さいね」


そういって脱衣所から出て行ってしまった。

ここでまごまごしていては、せっかく一番風呂を譲って貰ったのに申し訳が無い。

私は『よしっ!!』と気合を入れて、服を脱ぎ浴室に向かった。


「……うわー、すっごい。本当にお風呂だ」


湯気で満たされた浴室には四人までなら余裕で入れそうな湯船と、そのすぐ近くに小型の椅子と手桶が置いてあった。

多分この手桶で湯船からお湯をすくって身体や髪を洗えというのだろう。

私は手桶にお湯をすくい、渡された小さめのタオルを濡らし石鹸を泡立て始めた。


(うわー、やっぱりこれも高級品なんだろーなー。泡立ちが全然違うもんねー)


私は石鹸を泡立てながらそんな事を考えていた。

ちなみに私の村でお風呂を持っているのは村長の家くらいだ。

そもそもお風呂なんて大量の水にそれを沸かす為の燃料、労力に加えて専用の場所を必要とする分かりやすい贅沢品だ。

田舎でそんな物わざわざ持つ必要なんてあるはずもなく、当然私の家にも無い。


普段は川で水浴びすれば済む話だし、寒い時期はたらいにお湯を張りそれで絞ったタオルで身体を拭くくらいで十分だ。

それに私の村には少し離れた場所に温泉があって、私もたまに利用していた。

疲れが酷い時などはゆっくり浸かって、心身共に癒されていたものだ。

かなり大き目の湯船は温泉に近い感じで、旅の疲れもしっかり取れそうだ。


まずは身体を洗うのだが、石鹸が凄く良い匂いで泡がきめ細かい。

身体の汚れを落とすと同時に肌がしっとりとしてくるのが自分でも分かる。

そして髪を洗う為に洗髪剤シャンプーを壺から手に取ってみる。

どろりとしたそれを髪につけて洗ってみると、もの凄く頭がすっきりとして気持ち良かった。

心なしか髪が艶やかになった気がしつつ、遂に湯船に身体を沈める時が来た。


「……はあああぁぁ~~~~。気~持~ち~良~い~~~~」


思わず口から漏れ出てしまうほどに気持ち良かった。

ここまでの旅の疲れと、誰かに狙われているかもしれない緊張感が私の心と身体を蝕んでいたのだろう。

それらがちょっと熱めのお湯の中に溶け出してゆく感じで、私はお風呂の中で手足を伸ばして心身を十分に癒すのだった。



「あの、アリア様?大分時間が経っていますが大丈夫ですか?」


「あ~、はい~。大丈夫ですよ~……って、すいませんっ!!気持ち良くて時間を忘れてましたっ!!」


どのくらい湯船でぼーっとしていたのだろう。

ルーさんに声をかけて貰わなければ、あのままのぼせていたかも知れない。

脱衣所からルーさんは安心したような声で


「いえ、大丈夫なら良かったです。着替えとタオルをここに置いておきますので、あがられましたら寝室にご案内いたしますので声をかけて下さい」


そういって脱衣所から出て行った。

私は用意されたタオルで身体を拭いて、新品であろう下着と寝巻きを身に付け廊下で待機していたルーさんに声をかけた。


「お待たせしました。すいません、図々しくも長々と独り占めしてしまって……」


「これまで気の休まる時がなかったのでしょうし仕方ありませんよ。セト様に声をかけてまいりますので少々お待ち下さいね」


まだ事務所で仕事をしているセトさんに一声かけて、ルーさんは私を寝室まで案内してくれた。

案内された部屋の中には机と椅子、そして綺麗にセットされたベッドがあった。

そして机の上にはなにやら見慣れない道具も置いてあった。

何だろうと不思議に思っていたのだが、


「そちらは風を起こして髪を乾かす魔道具ですね。アリア様、そこの椅子に座ってみて下さい」


言われるまま椅子に座ると、後ろに立ったルーさんが魔道具を手にした。

そして魔道具を起動し私の髪を乾かし始めた。

温かい風が私の髪に当てられて、湿った髪がどんどんとサラサラになってゆく。


「アリア様の髪はとても美しいですね。こうして手櫛をしても指に全く引っかかりませんし、まるで黄金で出来た糸のようです」


「い、いえっ、それは言いすぎですよ。それにいつもはもっと指通りが悪いんですけど、あの洗髪剤シャンプー何か入ってましたか?」


「はい、花の香料の他に髪に良い成分も入っています。ああ、でも本当に真っ直ぐで綺麗な髪ですね。私は少し癖っ毛なのでこういう髪に憧れますね」


「いやいや、ルーさんの髪も見るからに艶があって凄く綺麗じゃないですか。私にしてみれば真っ白できめ細やかで、まるで粉雪を髪にしたみたいで憧れますよ」


「お世辞でも誰かにそういって頂けると嬉しいものですね。ふふっ、お互いに無いものねだりなのかも知れませんね」


そういってルーさんは嬉しそうに笑った。

……むう、お世辞なんかじゃないんだけどなあ。


そうして髪を乾かし終えて、自分でも髪に触れてみた。


「……うわっ、今までに無いほどサラサラだ。は~、あの洗髪剤シャンプー凄いんですねー」


「確かに洗髪剤シャンプーの効果もあるでしょうが、やはり元々の髪質が良いからでしょう。そうでなければこんなに艶やかにはなりませんよ」


魔道具を片付けながら、ルーさんがまた私の髪を褒めてくれた。

やはり私も女性として髪を褒められれば悪い気はしない。

そしてなによりこの髪は、母親譲りの私のちょっとした自慢でもある。

普段は最低限しか手入れ出来て無いけど、こうしてサラサラになった髪に触れると母との思い出が蘇ってくる。


私が少ししんみりしたのを見て、ルーさんは気を利かせたのか


「それではごゆっくりお休み下さい。元の服は今晩中に洗濯しておきますので明日の朝にお持ちしますね」


「えっ、今から洗濯するんですか?そんな、大変だしそこまでしなくても……」


「洗濯するのも服を乾燥するのも、専用の魔道具があるのでそこまで手間ではないんですよ。それにお世話したいのは私の性分なんです。私の我儘にお付き合いして頂けませんか?」


「……分かりました。本当に何から何までご迷惑をおかけします」


「迷惑ではないですよ。誰かのお世話をするのが本当に好きなんですから」


そういって楽しそうに笑った。


うわー、もう何なんだろうこの人。

美人でスタイル良くて料理上手で気も利いて、この様子だと家事全般隙がなさそうだし誰かのお世話をするのが好きときた。

こんな人が村にいたらひっきりなしに『是非うちに嫁に来てくれ』って言われるんだろうな。

……うん、まあ村にはルーさんに釣り合う様な男性はいないんだけどね。


「それでは私はこれで失礼します。しっかりと休まれて疲れを取ってくださいね」


部屋から出てゆく前にそう言い残してルーさんは立ち去っていった。

一人残された私は用意されたベッドに近付いて腰掛けてみた。


「……はあー、分かってたけどふっかふかだよ。きっとこれも高いんだろうなー」


自宅のベッドなど比べものにならない。

腰掛けた部分が沈み込むくらい柔らかく、なおかつ包み込むような弾力もある。

シーツも清潔で良い匂いもするし、掛け布団だって信じられないくらい軽い。

今の私がここで横になれば、あっという間に眠りに落ちる自信がある。


お風呂で程よく緊張と疲れが抜け、ルーさんに髪を乾かしてもらい良い感じで眠気がきていた。

夜更かしする理由も無いので、ここはお言葉に甘え早めに眠らせてもらおう。

ルーさんに説明された通りに扉の近くのスイッチで部屋全体の照明を落とし、次にベッドに横たわり枕元の小さな照明を落とした。

枕からベッドまでふっかふかに包まれて、私は本当に一瞬で眠りに落ちた。



       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


少し時間は遡る。


「じゃーなー」


そういって俺は煙草をふかしながら事務所から出て行った。

一応表向きの理由は情報収集の為だが、本命は嬢ちゃんに夕飯を食わせる為だ。

普通に夕飯を食べろと言っても、あの生真面目そうな嬢ちゃんは首を縦に振らないだろう。

それが追加で嬢ちゃんの分を作るとなったらなおさらだ。


そこで情報収集と称して一人前余るとなれば、嬢ちゃんも抵抗しにくいだろう。

人は良さそうだし、セトとルーの説得なら嫌とは言えないはずだ。

けど、ルーは顔には出さなかったけど俺に食べてもらえなくて残念そうだったな。

俺にしても腹減ってたし、わざわざ外で食うぐらいならルーの飯を食いたかった。


「ったく、これで本当に嬢ちゃんの思い込みだったら思いきりふんだくるぞ」


一人愚痴りながら煙草の煙をふかし人気の無い道を歩く。


「さて、上手く掛かってくれれば話は早いんだけどな」


しばらくそのまま歩いていると、雰囲気的に明らかにこの辺りの人間じゃないのが俺の撒いた餌に食いついた。

あの姿に食いつくのなら何か有益な話が聞けそうだ。


「……やっぱ情報ってのは、関係者から直接聞くのが一番手っ取り早いからな」


さーて、それじゃ仕事を始めますか。

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