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《掃き溜め通り》の貸し出し屋  作者: 藤見 正弥
第一章 アリア編
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第三話 ご迷惑をおかけします


「違うんですっ、これには事情があるんですっ!!《掃き溜め通り(ここ)》まで来る道を表通りにあるパン屋さんで教えてもらったんですが、その店の白パンが焼き立てで凄く良い匂いがしてて、でも値段が五銅貨もしたんですっ!!村の黒パンだったら一銅貨で済むのに贅沢しちゃ駄目って思って、白パン一つで我慢したんですっ!!

……いえ、確かに外はカリッと香ばしく、中はふっくらと柔らかくて小麦の香りがして凄く美味しかったですけどっ!!また食べたいですけどっ!!」


「……分かったから落ち着け、嬢ちゃん。誰もあんたのパンの感想は聞いてねえ。要は昼飯をあんまり食べてなかったって事だな」


私の自分でも何言ってるのかよく分からない言い訳を、リードさんが分かりやすく纏めてくれた。


「そうですっ!!だからあれは仕方なかったんですっ!!」


「分かった分かった。だから飯でも食って落ち着こうな、嬢ちゃん?」


リードさんはそういうと席を立ちながら


「ルー、俺はこれから情報収集にいってくるから嬢ちゃんに飯出してやってくれ。俺は酒場とか回るからそこで適当につまんでくるからな」


「畏まりました、ご主人様。お帰りは何時頃になりそうですか?」


「多分朝になるだろうから戸締りはしていい。ああ、朝飯は用意しといてくれよ」


「はい、ご主人様。それでは行ってらっしゃいませ」


そう言って外に出ようとするので、私は慌てて引き止めた。


「ちょ、ちょっと待って下さい。情報収集って今からですか?」


「ああ、こういうのは早い方がいいからな。今ならまだ見慣れない奴の情報が手に入るかも知れないし、あんたを追ってた奴もこの辺りにいるかもしれないんでな」


そのまま煙草をふかしながら


「じゃーなー」


と、軽い調子で事務所から出て行ってしまった。

私が呆然とその扉を眺めていたら


「それじゃご飯にしようか。僕はもうお腹がペコペコだよ」


「そうですね、それではすぐに準備しますので少しお待ちください」


セトさんの言葉でルーさんが奥の扉に向かって歩き始めた。

多分あそこがここの調理場(キッチン)なのだろう。


「あ、あのっ、私の分は必要ないです。食事くらい自分で何とかしますからっ!」


そんな私の台詞に


「う~ん、でもせっかく君の分もあるのに勿体無いよ。ねえ、ルーちゃん?」


「はい、ご主人様の分が余ってしまいますし、出来れば美味しい内に召し上がって頂けると私としても嬉しいです」


「ほらね?それにルーちゃんの料理はお店に負けないくらい美味しいよ」


「……そこまでとは言いませんが、もしアリア様がお嫌でなければ食べて頂けると大変助かるのですがお願いできないでしょうか?」


ううっ、セトさんとルーさんに畳み掛けられるように食事を勧められる。

確かにお腹が減っているし、お茶の腕前からしてルーさんの料理には期待できる。

そして何より、そのルーさんの少し困った感じのお願いポーズは反則だ。

そんなの断れる訳無いじゃないですかっ!!


「……分かりました。ありがたく頂かせてもらいます」


「はい、それでは準備に十分ほどかかると思いますのでお待ち下さいね」


ルーさんはそう言って調理場(キッチン)の方へ歩いていってしまった。

そうしてこの場には私とセトさんだけが残されたのだが


「いや~、でも大変だったね。身に覚えの無い事で誰かに狙われるなんて、普通に生活していたらまず一生経験しないもんね。でも周りの人達が良い人みたいなのは不幸中の幸いかな?」


「そうですね、こんな事が起きなければ今頃は村の酒場で給仕(ウエイトレス)してたんですけどね。は~」


「まあまあ、落ち込んでても仕方ないし気持ちを切り替えないと。そうだ、この件が落ち着いたら村の人達用のお土産を買ってみたらどうかな?王都じゃなきゃ手に入らない物もあるし、予算に合わせて相談にも乗るよ」


「本当ですか、是非お願いします。……あー、でもお金は殆ど依頼料で飛んじゃうんですよね……」


「……早く解決すればその分お金が浮くと思うから、それに期待しようか?」


この様に意外にも話が弾んでいた。

最初は緊張していたのだがセトさんが上手い具合に話しかけてくれたお陰で、自分が思った以上にスムーズに会話する事ができた。

多分セトさん自身の持つ軽い雰囲気と、こういう緊張した相手をリラックスさせる為の話術のなせる(わざ)だろう。

そうして話し込んでいる内に、段々とルーさんの入っていった扉の方から良い匂いがし始めていた。


「ああ、もうすぐ出来そうだね。今日も期待してよさそうだね、これは」


思わず扉の方に目がいってしまった私にセトさんが話しかける。

……うん、匂いだけでも確信できる。

これ絶対に美味しいに違いない。

そしてそれから少しすると


「お待たせしました。準備できましたのでこちらにどうぞ」


と、ルーさんが扉を開けて私達を呼んだ。

言われるがままに扉の方に向かうと、そこには綺麗に盛り付けされた料理の品々がテーブルの上に並んでいた。

メインは鶏の香草焼き、それにシチューにサラダ、パンが添えられている。

全員が席に着き食前の祈りを捧げて食事を始める。


「うん、今日も美味しいね。ルーちゃんまた腕が上がったんじゃない?」


「ありがとうございます。少し調理の方法を工夫したのが良かったみたいですね。アリア様、お味はいかがでしょうか?」


「す――――っごく美味しいですっ!!!」


私から見たら豪勢な夕食だけど、決してそこまで特別なメニューでもない。

多分同じ料理を作れといわれたら私でも出来る。

でもここまで美味しく作る事は、少なくとも私には出来ない。


鶏肉は香ばしく焼き上げられ、噛み締めると肉汁が溢れ出してくる。

そして周りの香草が鶏の余分な匂いを消して、絡み合って食欲をそそる香りに変化させている。

シチューもジャガイモ、人参、玉ねぎといった何の変哲も無い野菜しか入ってないのに、凄くまろやかで野菜の旨みが溶け出して絶品だ。


サラダだって新鮮そのもので、かけられたシンプルなドレッシングが素材本来の味を十二分に引き出している。

そしてパンはなんと黒パンではなく白パンだ。

黒パンみたいに固くぼそぼそじゃなくて、一度温め直したのか外はカリッっと中はふっくらしていてお昼に食べた白パンに負けないほど美味しかった。


(……もしかしたら村の酒場で出されてたものより美味しいんじゃないかな?)


田舎の村とはいえお客に料理を提供する酒場のものよりも、ルーさんの料理の方が美味しく感じられる。

女将さんは村でも評判の料理上手だったし、材料だって村の採れたての新鮮な食材を使っていたのだから、村人だけでなく旅人達からも非常に評判は良かった。

単純に材料だけでなら、村の酒場の方が良いものを使っているはずだ。


「あの、ルーさん?これって何か特別な食材使ってますか?」


「いえ、なるべく安くて良いものを選んでいますが普通の食材ですよ」


「でも、このサラダに使われている野菜とか凄く新鮮ですよね。この野菜なんかは美味しいけど足が早くて、朝に採れたものでも夕方までしか美味しく食べられないって有名なものだし……」


「野菜に関しては屋上に菜園があるので私が育てたものです。新鮮なのはあそこにある魔道具のおかげですね」


そういってルーさんが指し示したのは、私の身長よりも大きな長方形の箱だった。

一見するとただの真っ白い箱が上下二つ積み重ねられているだけなのだが


「あの上の箱は《冷蔵庫》というものです。あの中はまるで冬のような冷たい空気が充満していて、食材が新鮮なまま長持ちするんです。そして下の小さめの箱の方は《冷凍庫》といって食材を凍ったまま保存するものですね」


「……はあっ??ちょ、ちょっと待って下さい、何ですかそれっ!!王都って何処の家でもそんな便利なもの置いてるんですか?」


「いや、多分これがあるのって王都でも十軒も無いよ。何しろ作れるのが一人しかいないから、今だと予約が三年待ちで金額も三百金貨くらいしたかな?」


「……三年待ち、三百金貨……」


「これを作られる錬金術師様がご主人様のお知り合いなんです。そしてこの魔道具はご主人様のアイデアで一番最初に製作された、いわば試作品なんです」


「まあ、その分現行のものより採算無視した豪華な作りになってるんだけどね」


村ではまずお目にかかる事が無いであろう魔道具に私は衝撃を受けていたが


「他にもあちらは《コンロ》といって火力を調整して一定に保つ事が出来る魔道具ですし、あれは《レンジ》といって火を使わずに加熱するものですね。冷めたものを温め直したりするのに便利です」


「まあ、ルーちゃんの話を聞いてこんなの思いつくリードもあれだけど、こうして実際に使えるように形にするってのも凄いよねえ」


「はい、これらのおかげで随分と楽をさせて頂いています。その分皆さんにもっと美味しいものを食べて頂けるよう頑張りますね」


二人にとってはなんでもない事のようで談笑しているが、私は更なる魔道具の出現にとてつもない衝撃を受けていた。

魔道具というのはその道具に込められた魔力により効果を発揮する道具の総称だ。

例えば《光石(ひかりいし)》などは石自体が発光して周囲を照らすものだ。

松明や蝋燭と違い火の危険性は無いし、煙やすすも出ないので重宝されている。

このように、魔道具自体は私でも知っているくらいに世間に浸透はしている。


しかしここの魔道具は私のが知っているような単純なものではなく、とても複雑な構造で桁違いの性能を有していた。

例えば《コンロ》だが他にも火を起こすような魔道具は存在する。

しかしそれはあくまでも火種として使うものだし、《コンロ》のように一定の火力を保ったり長時間使用し続けるものではないのだ。

今でも薪や炭で調理するのが一般的で、この様な魔道具で調理するなど聞いた事はおろか想像すらしていなかった。


(何なの、ここ?何でこんなものまであるの?おかしいよね、私の方が普通の反応だよね?)


私が戸惑いの反応を見せていたにも関わらず、私の方を見たルーさんは


「ああ、アリア様すみません。シチューとパンがもう(から)ですね。どちらもおかわりがありますけどいかがでしょうか?」


と、おかわりを勧めてきた。

だから私ははっきりと言った。


「頂きます。あっ、シチューは大盛りでお願いします」


……しょうがないじゃない、お腹すいてたしすっごく美味しいんだもん。

こうして美味しい夕食をお腹一杯食べて、私は大満足なのであった。

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