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《掃き溜め通り》の貸し出し屋  作者: 藤見 正弥
第一章 アリア編
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第一話 力を貸してもらえませんか


私が衝撃的な事実に打ちのめされていたら、男性の方が


「まあこんな場所で話すのもなんだし事務所に入りな、嬢ちゃん」


そう言って部屋に案内してくれた。

言われるままに部屋に入ると従業員用の幾つかの机と、来客用であろうテーブルを挟んで置かれたソファーがあった。

男性がおもむろにソファーに座り、反対側のソファーに座るように勧められて私はおとなしく従った。


この時の私は、はっきり言ってまだ頭が混乱したままだった。

私にとって最後の希望だったはずのノアさんが、すでに亡くなっていたという事実をいまだ受け入れられずにいた。

……いや、確かに私が最後に会ったのが確か五歳頃だったし、その当時でもかなりの高齢だったのだから亡くなっていてもおかしくはない。

しかし私はその事を完全に失念していて、情けない事に思いっきり動揺していた。


(……嘘、まさか亡くなってるだなんて。どうしよう、これから先私はどうすればいいんだろう……)


男性が何か喋っているが、うわのそらの私には全く届いていなかった。

私がしばらくそうしていると、突然の良い香りに急に現実に引き戻された。

気がつくとテーブルの上には暖かいお茶が置かれていた。

顔を上げると呆れた顔の男性と、お茶を準備してくれたであろう女性のにこやかな笑顔が対照的で、私は先程までの自分を思い出し恥ずかしくて顔を下に向けた。


「……ようやく正気に戻ったか。それでも飲んで落ち着いたら話を始めようぜ」


そう言って男性は自分の目の前に置かれたお茶を飲み始めた。

私もそれに従って自分の分のお茶を飲んでみたが


「……美味しい。多分私がいつも飲んでいるお茶のはずなんだけど、香りが良くて味もすっきりしてる。なんで……」


「気に入られたようで幸いです。お茶の入れ方にちょっとしたコツがあるんですが、後でお教えしましょうか?」


「あっ、はい。是非お願いします」


私がそう言うと女性は嬉しそうに微笑んだ。

そしてお茶を飲み終ると、おもむろに男性が話し始めた。


「さて、そろそろ話を聞かせてもらいたいんだがその前に自己紹介だな。俺はこの貸し出し屋の店主をやってるリードだ。よろしくな」


「私は貸し出し屋の従業員のルーと申します。よろしくお願いしますね」


「あっ、はい。よろしくお願いします。それで私は……」


私が自己紹介を始めようとした時だった。

いきなり事務所の扉が開いて、そこには優しそうな雰囲気の男性が立っていた。

体つきはややほっそりぎみで長めの金髪を首の後ろで紐で纏め、かけている眼鏡のせいかあまり荒事は得意ではなさそうだ。


「ただいまー、少し遅くなっちゃったね。って、ああ、お客様が居たんだね。これは失礼しました」


「いや、セト。まだ客かどうか分からねーんだよ。どうも爺さんの知り合いみたいでな」


「ノアさんの?ふーん、てことはまた厄介事かな」


その優しげな男性はこちらを向いて


「こんばんわ。僕はここの従業員でセトといいます。よろしくね」


そう言ってふんわりとした優しげな笑みを向けてくれた。


「はっ、はい、こちらこそよろしくお願いします。あの、私はアリアといいます。それで、その、ノアさんが亡くなられたというのは本当なんでしょうか?」


「……ああ、残念だけど五年前にな。そしてノアは俺の養父なんだが、嬢ちゃんは爺さんと何処で知り合ったんだ?」


「正確には私ではなく母の知人でした。私も幼い頃会っていますが十年以上前の事です。そしてここを訪れたのは母が亡くなる際に『本当に困った事があればここを頼りなさい』と渡してくれた手紙に書いてあったからです」


私はその手紙をテーブルの上に置いた。

その手紙をリードさんが手に取り読み終わった後


「……間違いなく爺さんの筆跡だな。そして何か困った事があれば自分を頼るように書いてあるな。……なあ、嬢ちゃん?あんたの母親って美人だっただろ?」


「……?ええ、村でも評判の美人でしたけどそれが何か?」


「やっぱりな、あの爺さん昔から美人にゃ(あめ)-んだよ。大体この手の手紙を持ってくるのは、そういうのが殆どだからな」


溜息を吐きながら手紙を私に返してくれた。

……ううっ、何か微妙に申し訳無いけど本当に頼れるのはここだけなんだ。

私はおずおずと自らの事情を話し始めた。


「……あの、私はこの王都の西にある農村の出身で……」


私はその農村でずっと母と二人で暮らしていた。

父親は私が物心つく頃にはいなかったが母に聞いても詳しい事は教えてもらえず、生きているのか死んでいるのかそれさえ不明だった。

それでも母は女手一つで私を育ててくれた。

決して裕福とは言えなかったが、それでも私達母娘は幸せに暮らしていた。


母は畑で野菜を作り飼っている鶏から卵を得てそれらを売り、夜は村の酒場で給仕(ウエイトレス)の仕事をして日々の糧を得ていた。

幼い私も母を手伝い、畑や鶏の世話や家事など出来る事はやっていた。

そんな時に母はいつも嬉しそうな顔で


『いつもお手伝いありがとうね。アリアがいてくれて私は幸せだよ』


そう言って頭を撫でてくれた。


私を産んだとはいえ母はまだ若く美しかったから再婚の話もかなりあった。

しかし母はそれらを全て突っぱねて結局誰とも結婚する事はなかった。

理由を尋ねたら


『だって私にはアリアがいるもの。私はね、全力で貴女を愛するって決めてるの。だから貴女以外に愛情を注いでいる余裕なんてないわよ』


そう言っていたが、多分私の父親に操を立てていたんだと今では思う。

あれで結構一途で頑固なところのある人だったし……


そんな母が流行り病で亡くなったのが三年前の話だ。

あの時は他にも十人近くが亡くなっていたし、村には医者もいなかったので病気に効く薬も殆どなかったのも不運ではあった。

母は私に弱い姿を見せる人ではなかったので、病気の事が分かったのは進行が進み手の施しようがなくなってからだった。


それから母は病気がうつるかもしれないと他の病人達と一緒に隔離された。

そして私が次に母に会えたのは、母との最後のお別れをさせる時だった。

痩せこけてまるで別人のようになった母の手を握り、私が涙していると


『……もう、貴女がそんなだと安心して逝けないじゃない』


そう言って優しく微笑んでくれた。

そして私の手を握り返し


『……ごめんね。もっと一緒にいてあげたかったけどここまでみたい。私が亡くなったら貴女の好きなように生きなさい。そして本当に困った事があれば、私の机の引き出しにノア様から頂いた手紙があるからあの方を頼りなさい』


そう言い残して母は息を引き取った。

母を亡くした私はしばらく落ち込んでいたが、周囲の人達の助けもあって何とか以前のような生活を送っていた。

母のように野菜や鶏を育て、夜は酒場で給仕(ウエイトレス)をして村で暮らし続けた。

その間何人かの男性に付き合って欲しいと告白されたが、あまりそういう気持ちになれなかったので申し訳無いがお断りさせていただいた。

そんな生活に良くない変化が生じ始めたのは二ヶ月前の事だった。


きっかけは私が妙な視線を感じ始めた事だった。

一応村では母に似て美人だと言われていたが、そういった感じじゃない監視されているような視線を感じる事が時々あった。

そういった事が何度か続き村の衛兵のお爺さんに相談したが、不審な人物は見当たらないままとうとう夜に家の周りで人が争うような音まで聞こえてきた。


戸締りはしっかりしていたがいかんせん私は一人暮らしだ。

不安になりお世話になっている酒場の女将さん達に事情を話すと、酒場の空き部屋でしばらく暮らしたらどうかと提案を受けたので、お言葉に甘えさせてもらった。

そしてしばらくは落ち着いていたのだが、つい先日酒場の周りで誰かが争ったような跡と血痕が見つかった。


私が来る前は酔ったお客さんが喧嘩する事はあっても、こんなにはっきりと刃物で切られたと思われる血の跡が残っているような事態は一度もなかった。


(……理由は分からないけど、多分私が原因だ、これ……)


そう思った私はその日の夜、女将さん達に以前母が話してくれた『本当に困った事があれば頼りなさい』といわれていたノアさんを尋ねてみると話をした。

女将さん達は私を心配してくれていたが、このままではやがて私にも危害が加わるかも知れないと判断し私の決断を支持してくれた。

そして私は次の日の朝、貴重品を持って王都へと旅立ったのだった。



ここまで話して私は目の前のリードさんの顔を見た。

リードさんは私の話を聞いても真剣な顔のままで、茶化す様子は見られなかった。


「……つまり嬢ちゃんは、その自分が狙われている状況を何とかして欲しいのか。ただその原因に心当たりは無い訳だ」


「はい、うちは決して裕福ではなかったですし物盗りの可能性は低いと思います。そして、その、私を性的な目的で襲うのなら刃物で争う必要はないはずです」


「だろーな。金が欲しけりゃ店か村長を襲えばいいし、嬢ちゃんに乱暴するつもりなら斬った張ったする危険を冒す必要はないだろうしな」


そう、私が狙われる理由が分からないのだ。

お金や乱暴目的じゃ無さそうだし、争った形跡があるという事は少なくとも複数人が私を狙っているという事になる。

そうなる理由に私は全く心当たりがなかった。

困った顔でリードさんの方を見ていたら


「……はあ~、仕方ねえ。爺さんの知人の紹介じゃ無碍にする訳にもいかねーか。なあ嬢ちゃん、力を貸してやろうか?」


そう言ってリードさんは、本当に仕方無さそうにそんな台詞を口にした。


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