プロローグ 会いたい人はここにいますか
この作品からという読者様、初めまして。
前作から引き続いてという読者様、お久し振りです。
約二ヶ月ぶりの新作となります。
基本的にはペースは週一回、毎週月曜日の二十時に投稿する予定です。
多分一年では終わりそうに無いので気長にお付き合い下さい。
「はあっ、はあっ、はあっ。……ここまでっ、来ればっ、もうっ、大丈夫よね」
物陰に身を潜めながら乱れた息を整える。
しばらく待ってみても追っ手が来る様子は無さそうだ。
どうやら完全に撒いたらしい。
私は疲れと安堵の為、一つ大きく息を吐いた。
(……もう少しだ。あの場所まで行けばきっと……)
もう周囲は暗くなり始めていて、場所柄のせいなのか街灯も少なく見通しはかなり悪かった。
しかしこの視界の悪さは、私にとって好都合だ。
外套を着込んでしっかり顔を隠してさえいれば、私を特定するのは容易じゃない。
先程通りを駆け抜けた時にも、そんな格好をしていた人間はちらほらいた。
贅沢はいけないと分かってはいたのだが、村ではまずお目にかかれない柔らかくて真っ白な焼きたてのパンの匂いに負けて、一つだけだと自分に言い訳をしてお昼に買ったパン屋さんにこの場所の事を尋ねたら
『……なあ、本当にここに行くのかい?ここはお嬢ちゃんみたいな娘が行くような場所じゃないよ。ここは行くのも住むのも訳ありな人間ばかりだからね』
と、心配そうな顔で説明してもらった。
詳しい説明を聞いて若干不安になりつつも、実際に私はその訳ありではあったし、頼れるのはもうここしかなかったので迷う事はなかった。
そんな理由で、ここでは顔を隠して歩いている人間なんて珍しくもない。
ここは王都でも悪名名高き《掃き溜め通り》なのだから。
この国で最も栄えていて美しいとの評判の王都だが、それは必ずしも正しくない。
実際に歴史の感じられる町並みはとても綺麗で、人口も多く人種やお店も多種多様で治安もよく、町も清潔に保たれている。
私が住んでいる村とは比べるのもおこがましい程だ。
だがそれは、王城に近い表通りや精々その路地裏までの話だ。
私が訪れたこの《掃き溜め通り》は、王都の北東部にある未開発地区にあたる場所にある。
巨大な王都では発展するたびに再開発が行われて、元の町の外側に新たな町が建造されていったのだが、人口が増え町が大きくなるにつれて問題が発生した。
それが住民間での貧富の拡大と治安の悪化だ。
どうしても最初に出来た町の方に必要な施設が揃い、後に出来た町にはそれを補うようなものと住宅が建築されたのだが、それも限界があった。
急な発展に伴い速度重視で建てられた粗雑な建物が増え、表通りや裏通りなどではとても営業できないようないかがわしいお店も増え始めた。
そして仕事にあぶれた人間がそんな場所に集まり始め、廃墟などに勝手に住み込み路上などで国に無許可で営業し始めたのが《掃き溜め通り》の成り立ちらしい。
それでも最初の頃は強制的に撤去、移動をされていたそうだが何回目かの撤去中に住民が激しく抵抗して、結局そこの代表みたいな人間がこの地区を纏めて税金を国に納める事で存続が認められたそうだ。
主要な通りからは大分離れた事と、貧しい住民の受け皿が必要だったが国の方では急激な発展でそちらに対処する余裕がなかったのが原因だろうとの事だ。
こうして貧民達やならず者達が集い、怪しくいかがわしいお店が立ち並ぶのがこの《掃き溜め通り》という訳だ。
表通りでは見かけなかった明らかに柄の悪い人や、薄汚れた格好のどう見てもお金が無さそうな人がたむろしていて治安も風紀も悪い。
しかし村育ちの私にとっては表通りのあの上品な感じよりも、《掃き溜め通り》のこの雑で生活感に溢れた雰囲気の方が馴染み深かった。
正直言って、私はもっと危ない雰囲気の場所かと思っていたので意外だった。
それに治安が悪いと言っても酔っ払った人達が喧嘩しているくらいで、このくらいなら村の酒場でよく見た光景ではある。
……まあ、村には目のやり場に困るような服装の女性はいなかったけど……
ともかくここまで来ておいて、追っ手に見つかりましたでは洒落にならない。
私は慎重すぎるくらい慎重に、周囲を気にしながら目的地に向かった。
その結果、母が残した手紙に書かれていた場所に辿り着いたのはそれから二時間後の事だった。
「……やっと着いた。……けど、本当にここで間違いないよね?」
私は手にした手紙を見返しながらもう一度建物を見る。
そこは《掃き溜め通り》から少し外れた場所にある三階建ての建物だった。
外見は暗いから良く分からないけど周囲の建物よりは綺麗そうで、二階には明かりがついているから誰かがいるのは間違いない。
(……ここまで来て迷っても仕方ない。もう頼れるのはここしかないんだっ!!)
気合を入れ直して私はその建物に向かっていった。
入り口には《貸し出し屋》の看板が見えたが、二階がその事務所のようだ。
私には《貸し出し屋》というのがどんな仕事なのかよく分からないけれど、それがどんなものであろうともここ以外に頼れる場所がない。
階段を上がり事務所の扉を開こうとした瞬間、
「ふざけんじゃねーぞっ!!ぼったくりじゃねーかっ、てめえっ!!!」
「……ちゃんと契約書には書いてあるだろ。確認し忘れたそっちのミスだ」
「こんな馬鹿な契約があるかっ!!俺は絶対に支払わねーからなっ!!」
「はあ~、支払いの意思はなしか。それじゃ仕方ないな、こちらは契約通りに貰うものを貰うだけだ」
「なっ、本気かてめえっ!!客に対して何しやがるっ!!」
「……支払いを拒む奴を客とは言わないんだよ。まあ、いい勉強になっただろ?」
中からそんなやり取りをする声が聞こえてきて、私は扉の前で固まっていた。
どうにも部屋の中では何らかの騒動が起こっているようだ。
そんな所に私がノコノコと顔を出して良いものかと悩んでいたら、いきなり目の前の扉が開いて
「クソ野郎っ!てめえに頼った俺が馬鹿だったよっ!!精々暗い夜道じゃ背後には気をつけなっ!!この強欲野郎、金の亡者がっ!!」
「はいはい、またのご利用をお待ちしてますよっと」
「こんな店二度と来るかっ、このぼけええぇぇぇぇぇ!!!!」
そう言いながら、厳つい男の人が勢いよく飛び出てきた。
「……えっ、きゃっ!!」
私は急に扉が開いた事に驚いて、思わずよろけて尻餅をついてしまった。
そんな私を一瞥すると、男の人は憤慨した様子で階段を下りていった。
私が呆然としたまま立ち上がれないでいると、開きっ放しの扉の方から
「……あの、大丈夫ですか?お怪我とかされていませんか?」
と、私を気遣う女性の声が聞こえた。
声のした方に目を向けたが、私はすぐに立ち上がる事が出来なかった。
そこには女の私でさえも目を奪われるような、もの凄い美人が立っていたからだ。
顔立ちは私が知っている限り一番だと断言できる程に整っていて、ぱっちりとした大きな目にすっと通った鼻筋、艶かしい唇が見事なバランスで配されている。
服装は貴族の屋敷にいるメイドのような服を身に纏っていて、身長は私よりもやや低いみたいだが足が長くスタイルが抜群で胸が大きい。
そして何より私の目を引いたのが、彼女にある特徴的な耳と尻尾だった。
長く伸ばした真っ白な髪と同じ色のフサフサの尻尾と、頭の上に目立つ大きな獣の耳がある。
そう、彼女は獣人だったのだ。
私も故郷の村で何度か獣人を見た事はあったが、彼女のような美しい獣人を見たのは初めてだった。
獣人といえば粗野で知性が低いとされているが、私が村で出会った獣人達は明るく気の良い人達だったし、彼女に至ってははっきりとした教養と知性が感じられた。
私が彼女に見惚れて立てないでいたら、心配そうに近寄ってきて
「あの、本当に大丈夫ですか?意識ははっきりしていますか?」
と、私の手を取って顔を覗き込んできた。
私は焦って
「だ、大丈夫ですっ!ちょっと驚いただけで怪我とかしてないですっ!!」
と返すと、女性は安心したように
「……良かった。でも無理はなさらないで下さいね。もし痛い所があれば応急処置ぐらいなら出来ますから、遠慮なく仰って下さい」
優しくそう言って微笑んだ。
多分私が男だったら、その瞬間に恋に落ちていたくらいの衝撃だった。
(……何、この女性?これだけの美人でスタイルも良くて、その上性格まで優しいとかどれだけ完璧なの?天使?女神?)
私がそんな事を考えていると、女性の方から私に話しかけてきた。
「……あの、それでこの貸し出し屋に何か御用でしょうか?生憎と本日の営業時間は終了しているのですが……」
女性にそう言われて、私はようやくここに来た本来の目的を思い出していた。
少し慌てながら私は目の前の女性に尋ねた。
「あっ、あの、ここにノアという人はいらっしゃいますか?私はその人に会う為にここまで来たんですっ!!」
私の質問に少し困った顔をした後
「……少々お待ちください。ご主人様に伺ってきますので」
そう言い残して扉の向こうへ行ってしまった。
そして本当に少ししたら、一人の男性と共に戻ってきた。
その男性は少し皺の入った服をだらしなく着て、咥え煙草で実に面倒臭そうな顔で
「あ~、悪いんだけど爺さんは五年前に亡くなってるんだよな。用件を聞くくらいなら俺がしてやっても良いけど、どうする嬢ちゃん?」
「……え?……ええっ!!ええぇぇ―――――っ!!!!!」
そんな衝撃的な事実を告げてきた。
それが私が初めてリードさんと出会った時の事だった。
前作完結後に投稿した活動報告で、三つ候補があってその内のコメディ多目の作品を次回作にすると言っていましたが予定を変更して今作の投稿となりました。
一応理由は活動報告にて説明させて頂きますが、要は作者の気まぐれとノリです。
それでも前作ほど即興ではなく、設定等も考えましたので酷い事にはならない予定です。
よろしければまったりペースでお付き合い下さい。