死ぬ一秒前に、僕は君と出会いたかった
「大きくなったら結婚してあげるね」
やけに上から目線だったのを覚えている。そんな君が、今茶布団に囲まれている。何ともなかったはずなのに、落ち着いた瞬間に涙が溢れ出てきた。明るく何をするにも少し上から目線で、時によっては軽い暴力すら振るう彼女が静かなのだ。その非現実が悲しくて仕方なかった。
ふと、まぶたの下に何があるのか気になった。本当に、あの子と同じ黒い目をしているのだろうか。まぶたをこじ開けたら、赤、青、黄、白、そんな色の瞳だ出てくることはないのだろうか。そんな疑問が出てきた。だって、おしゃべりが好きな彼女が、こんなに静かにいられるはずがないじゃないか。きっとこれは、彼女によく似た別人だ。
この別人が死んだせいで、周りの人間は勘違いをしている。そして、僕も悲しい思いをしているんだ。
彼女が彼女でないことを証明しなくては。
「××?」
みんなが食事をしながら対談をしていたとき、僕は立ち上がった。そして、一直線に彼女の死体に向かって行く。小窓にはアクリル板が張られており、そこからまぶたをこじ開けることはできなかった。胸くそ悪くなり、桶の蓋に手をかけたとき、周りが慌て始めたのが分かった。とっさに彼女の親父さんが僕の体を抱きしめ、暴れる僕を押さえる。
「××くん!」
親父さんの声が聞こえるが、僕は無視して彼女と僕との間にある壁をなぎ払おうとする。母さんの声も聞こえるし、担任の先生の声も聞こえる。何を言っているか分からなかったが、僕を止めようとしているのは分かった。
なんで止めようとしているのか、僕は全く分からなかった。だって彼女は
「この子は、この子だよ」
親父さんの言葉に固まってしまった。全員一息つく中、親父さんだけは静かに自分に、そして彼女自身に言い聞かせるように語った。
「死んだのがよく似た子なのかもしれない。もしかしたら、この子はこの子じゃないかもしれない。そう考えたいのはよく分かる。だけどね、この子がこの子である可能性もあるんだよ」
次第と、親父さんの声がかすんでいることに気がついた。あんな彼女を叱る、威厳有る親父さんが中学生の男児に抱きついたまま、泣いているのだ。そこで、ようやく自分以外の世界が見えた。泣いているのは、親父さんだけではなかった。お袋さんも、お兄さんも泣いている。
その場にいる誰もが、僕と同じ赤い泣き後のついた顔になっていた。
「もし目を開いて、そこに君の知っている黒い瞳があったら、君はどうするんだい。彼女の死を、受け入れれられるのかい」
何も言えなかった。衝動的に行動していたため、そこまで考えていなかった。そうだ、そのまぶたを開けた時、僕のよく知っている彼女の瞳があるかも知れない。そうなったら、僕は彼女の死を……受け止めないといけないのか。
この静かで、彼女ではないような子を。
「受け止めきれないなら、他人の葬式に出たと考えてくれ。頼む、娘のためにも、これ以上騒動を起こさないでくれ」
そう聞いたとき、僕はみんなの方を向いて、頭を下げ、大変申し訳ございませんでした。といって、座った。このとき、僕は赤の他人の式に出ていると思うことにした。そうすると、なんとなくすっきりした。
が、もやもやは晴れなかった。結局死んだのは彼女だったのだろうか。それとも、違う赤の他人だったのだろうか。分からない。ただ、いつもなら聞こえてくる怒鳴り声のない朝は、少し憂鬱だった。
こんなに悩むのなら、君の死ぬ一秒前に君と出会っておきたかった。そうすれば、あの死体が君と納得しただろう。そうすれば、僕はすっきりと生きていけたはずだ。
たぶん、
きっと、
ね。