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ゆっくりの価値とは  作者: enforcer
7/31

加工所


 翌朝の事である。


 候補生達の寝室にて、まりちゃが死体と成って発見された。

 この事で、候補生達が咎められたかと言えば、(NO)である。


 朝の清掃にきた作業員にしても、まりちゃだったモノを見て驚きもしない。

 知恵の足りない、体力に乏しい子ゆが息絶える事は実は珍しくはなかった。


「ん? あーあ、我慢出来なかったか、もうちょいって所なのにな」


 如何にもつまらなそうにそう言うと、作業員は遺体を持参したチリ取りへ放り込む。

 後は、少し雑巾にて床を拭き取った。


 大声にて、ああでもこうでもない説教されるよりも、ゆっくり達には分かることがある。

 自ゆん達は、今チリ取りに放り込まれた死体程の価値しかないのだ、と。   


 中には僅かに怯える候補生も居たが、ようむは動じない。

 何が在ろうと、生き残る。 それだけが、心の支えであった。


    *


 まりちゃが居なくってもから少し後。


 候補生達には銅バッジが与えられた。  

 その際、40番ようむにはバッジ以外のモノが与えられた。


 頬の数字は拭われ、頭に乗せられたのは飾りと番号札である。 

 バッジを直接身体に縫い付ける訳にも行かないという配慮であった。


 最も、ゆっくりが産まれながらに持っているモノとは違い人造のソレ。 

 多少の違和感は拭えない。

 

 だが、ほんの少しだけつかえが取れた気がした。 

 

 バッジ着きに成ると何が変わるのか。 実のところ大した変化は無い。


 店売りでの場合で在れば、値段が跳ね上がるという事だけだ。   

 訓練所での生活に変化が在るかと言えば、より高度な教育を受けさせられる。

 ソレには、実技も含まれていた。


 室内から出されたゆっくり達は、加工所に併設された畑に出される。

 そんなゆっくり達を指導するのは、人ではない。


 頭に被る麦わら帽子に白金のバッジを着けたゆっくりである。


「おはよう! 野外教官を勤めるのうかりんです!」


 機械作業などはゆっくりでら出来る筈もない。

 其処で、専らゆっくり達が与えられるのは、ゴミ拾いや除草である。

 特に除草作業などは、薬品を用いない為に環境に優しく、意外に需要が多かった。


「さて、今日は皆に草むしりをやって貰います。 草は食べても良いけど、野菜は食べちゃダメ、わかった? じゃあ質問が無ければ早速授業を始めましょう」


 簡単な説明を終え、早速と作業が始められた。


 胴付きとは違い、手足が無いゆっくりは基本的には口が道具となる。

 結い合わせたもみあげを手の代わりに使える者も居たが、ようむは口である。


 グイと噛んでは、草を引き抜き吐き捨てる。


 そんな作業を行うゆっくり達を見回るのうかりん。

 銅バッジを得たようむを見て、唇の端を僅かにあげていた。


 まだまだその位は低いかも知れない。 

 それでも、自分が見込んだようむは此処にいる。

 

 それこそが、のうかりんが微笑む理由であった。


   *


 畑の半分から草が消えた頃。


「はぁい、ご苦労様! 休憩しましょ!」


 教官であるのうかりんから、そう告げられた。


 休憩時間内ならば、多少の会話は許される。

 おやつとして振る舞われる野菜と水を肴に、話が弾む候補生達。


 そんな中、ようむだけは違った。


 決して周りのゆっくりに溶け込もうとせず、独ゆきり。


 元来、ゆっくりとは寂しがり屋と言える。

 その筈が、寧ろ周りを遠ざける様なようむ。


 無論、周りの候補生達がようむを誘わない理由も在った。

 

 新しい飾りが支給されたとは言え、それは本物ではない。

 如何に【飾り】が在ろうが【お飾り】のとは違う。


 ソレ故か、候補生は本能的にようむと一線を引いていた。


 誰も近寄らない筈の除け者。 そんなようむに、近付く者も居た。


 ジャリッとした音に、ようむは其方へ目を向ける。


「……きょーかん。 なにか?」


 舌足らずでは在るが、キチンとした対応。

 ソレを受けて、のうかりんは満足げに微笑む。


「んーん、別に何でもないんだけどねぇ、ちょっと話しても良いかなぁって」


 問われたようむは、目を伏せるが動かない。

 話し掛けて来たゆっくりは、命の恩ゆんである。


「はい」


 質の悪いゆっくりならば、相手に恩が在ろうが無かろうが関係は無い。

 とにかく自ゆんは偉いと示すだろう。 対して、ようむは謙虚である。


 飾らず、奢らない。 そんな態度に、のうかりんは目を細めた。 

 

「どう? 調子は?」


 問われた事に、ようむは意味を考える。


 自ゆんの成績に関してはわからない。 後は、体調かと考える。

 

「もんだいありません」


 後輩の声に、のうかりんはフゥンと唸った。


「そっか」


 教官と生徒。 そんな間に、静かな風が吹いていた。 

 自ゆんから口を開こうとはしないようむを、のうかりんは横目で見る。


 其処には、何ともゆっくりして居ないゆっくりが居た。

 

 眉間にシワを寄せ、目を三角に尖らせる。

 ソレだけでなく、笑う事を拒絶した様なむっつりとした口。


 そんな顔を、のうかりんは何処かで見たような気すらする。

 懐かしいとも感じるが、同時に新しい。

 

「銅バッジ取れたんだ」

「………おかげさまです」

「自ゆんで頑張ったんでしょ?」


 誉めたつもりであるのうかりん。

 だが、当の誉められた筈のようむは、顔色一つ変えない。

 その様は、まるで昔の自ゆんがそのまま居るかの様にのうかりんは感じた。


 苦虫を噛み潰した様な顔のようむ。


「だったら飼いゆっくりに成れるね」


 のうかりんは、モノは試しにそんな言葉を掛けてみる。

 すると、ようむの顔が変わった。


 何も言わないが、安堵した様な色は無く、寧ろ更に苦くなる。


 其処からわかる事は、このゆっくりは飼われる事を望んで居ないという事。

 普通のゆっくりで在れば、泣き喚いてでも【飼いゆっくりにしろ】と望む。


 安定を欲する。

 安全な住まい、美味い食事、恐れる事の無い生活。


 そんな素振りは、ようむは微塵も無い。

 飼われるという事に寧ろ嫌悪感すら抱いている様であった。

 その事に気付いたからか、益々のうかりんは楽しげに微笑む。


「どうしたの? あんまり、嬉しそうじゃないけど?」


 もしも、その辺の野良に【バッジが貰えますよ?】と言えばどうなるか。

 答えは単純に殺到するだろう。

 野良の生活を知っている者ならば、なおのことである。


 だが、ようむは違った。 

 チラリと横目でのうかりんのバッジを見る。


「……きょーかんは、かいゆっくりなんですか?」


 どのゆっくりもが、欲しても先ず手には入らない特級鑑札プラチナバッジ

 そんなモノを有してる同族に、ようむは尋ねる。


 問われたのうかりんはフフッと軽く笑った。


「うーんとね、まだわからないだろうけど……飼われてないから」

  

 そんな言葉を聴いたからか、ようむは驚いた様な顔を覗かせる。


「かわれてないんですか?」


 信じられないといったようむに、のうかりんは頷く。


「別に飼い主は居ないよ。 でも、野良でもないの」 


 まだまだ銅バッジ故に、ようむの知識は其処まで深くはない。

 のうかりんの言葉全てを理解するのは難しい。


 それでも、飼われてないという事だけは伝わっていた。


「あんたも成る?」

「………えーと」


 戸惑いを見せるようむに、のうかりんは目を向ける。

 真っ赤な瞳が、ジッと未熟者の銅バッジを見た。


「飼われるの嫌なんでしょ? だったら、成るしかないね?」


 それとなく、のうかりんは後輩に道を示していた。

 野良にも戻りたくない、誰かに飼われたくもない。

 

 ならば、そのゆっくりが行ける道は多くはなかった。

 

 銅バッジさえ保持していれば、或いは別の道も無くはない。

 特定の飼い主を持たない【街ゆっくり】として、都市の清掃活動に従事している者も居るのだ。


 街ゆっくりとは、人に管理される群れである。


 専らの仕事は除草や人が捨てるゴミを拾うといった雑用。

 身勝手にあっちこっちへ行ける訳では無い。


 それでも、ある程度の自治権は与えられるだろう。

 限られた自由。

 

 だが、ようむはその道は選びたくない。

 人間に飼われる事も嫌だが、同族と居るのも好きではない。

 

 で在れば、道は2つ残されている。 

 今一度野良として這いずり回るのか、或いは、自ゆんを拾い上げたゆっくりと同じ様に成るか。


 そう考えるようむは、のうかりんと目を合わせる。


「きょーかん」

「ゆん? 何?」

「どうやったら、そのバッジさんもらえますか?」


 後輩からの質問に、のうかりんは目を閉じた。


「うーん、まぁ、私の場合あんまり苦労しなかったからねぇ……」

 

 のうかりんは敢えてうそぶく。

 本当の所は金バッジの試験ですらゆっくりにとっては難しく、取れる者はそう多くはない。


 それでも、後輩を鼓舞するべくのうかりんは言葉を続けた。


「本当に欲しいなら、死ぬほど努力しなさいな。 でなきゃあ無理だから」


 のうかりんの声に、ようむは目線を前へ向けた。


 視線の先には何かが在るわけではない。 

 それでも、ようむは何かを見ようとする。


 想像の中、ようむのずっと先を歩く誰か。


 それは自ゆんなのか、はたまた別のゆっくりなのか、それはわからない。

 それでも、その背中は見えていた。


 物思いに耽るようむ。

 そんな後輩を眺めていたのうかりんは、ふと聞こえるエンジン音に気付いた。


「……おっと」


 ボソッとそう言うと、ようむをポンと叩く。


「ほい、そろそろ休憩時間終わりだよ? 作業に戻って」

「あ、はぃ」


 のうかりんに促され、ようむは慌てて戻っていく。

 ポヨンと跳ねる姿を、のうかりんは懐かしむ様に見送ると、振り向いた。   


 これから見えるであろう光景は、後輩には見せられない。

 

 加工所にはゆっくりを訓練する部署も在る。

 が、実際の所はそれは裏の面であり、表は違う。


─おらぁ! とっとと降りろ! ─


 離れている為に、そんな怒声は微かにしか届かない。

 それでも、何が起こっているのかは見えた。


 開かれたトラックの荷台から、作業員にゴミの如く蹴落とされるのは、ゆっくりだった。

 時折だが、駆除として野良が狩り集められては加工所へと送られて来る。


 そうして集められたゆっくりは、ほぼ全ゆんが【加工】へと回される。


─やべでくだざぃい、げらないでぇぇ─


 必死の命乞いなど意味も無い。

 次々に蹴り転がされ、加工所の搬入口へと放り込まれる。

 

 その様を見ていたのうかりんは、ようむに見せた微笑みとは違う凄惨な笑みを浮かべていた。


「あらら、ご愁傷様……」


 見えるゆっくり達に何が起こるのを知っているからか、手向けの言葉を贈った。

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