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ゆっくりの価値とは  作者: enforcer
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訓練生


 バッジを取る為の訓練は、ゆっくりにとっては過酷である。

 本来のゆっくりの気質は【ゆっくりする事】だけに全てが向けられていた。


 行住坐臥の全てが。


 何かをするという明確な目的が在るのかと言えば言葉通りだろう。


 誰かに何かをさせられるでもなく、煩わしい事もなく、食べ物に困らず、寝床に困らず、外敵に怯える事もなく、ただのんびりと過ごす。

 

 ソレこそが、ゆっくり達の本来の目的と言えた。

 

 とは言え、往々にしてソレが出来るゆっくりなどは多くはない。

 殆どが死に際に【もっとゆっくりしたかった】と世を呪う。


 ゆっくりするには、世界はゆっくり達に取っては厳しい。

 それ故に、野良達は飼いゆっくりに憧れる。


 だが、最低限の銅バッジすら着けていないゆっくりなどを飼うのは、余程奇特な者か、別の目的が在る者だけであった。


   *


 ゆっくりを悩ませる訓練は多い。

 餌の食べ方、悪辣な発言の禁止、排泄の管理。


 全てが、ゆっくりから【ゆっくりらしさ】を剥ぎ取る作業である。


 だが、それらは多少の努力で体得するのは難しくはない。

 既に人を舐めている個体は間引かれている。


 そもそもが、指導員を勤めるのもゆっくりなのだ。 

 御飾りに金バッジを着けたゆっくりが、後輩を指導する。


 先輩に言われた通りにする実技に関しては、特に問題は無かった。


 だが、コレが座学の時間に成ると、話は違ってくる。

 個体の差が在る以上、特にそれが堅調と言えた。


 国語、算数、その他諸々。

 勉強はキツいが、ようむに取っては差ほど苦労はしなかった。

 

 誰かにいきなり殺される事も無ければ、怯える必要は無い。

 危険に注意を必死に払わぬ分、ソレに頭を使い授業を受ける。


「はい! 全員教えたよね! じゃあ、わかるだけ数えて!」


 凛とした声を合図に、授業の反復練習が行われて居た。


「…2…3…4…5…6…7…8…9…」


 少し頭を捻り、更に続ける。


「………15…16…17…18…19……ぁ……20……21…22…」


 ようむの他にも、残ったゆっくり達も各々が努力を重ねる。

 そんな中、在る1ゆんだけは違った。


「いち、にぃ……」


 まりちゃと称される子ゆは、一応は必死に数える。

 それに対して、指導員はウーンと唸っていた。


「次は?」


 金バッジ付きの問いに、まりちゃはゆんゆん唸る。

 たっぷり数秒間は悩んだ後、何かに気付いた様にハッとなる。


「たっくさん!」


 そんな答えに、指導員ゆっくりは盛大に溜め息を吐いた。

 

「沢山なんて数字は無いよ? わかってる? 教えたよね?」


 確かめる声に、まりちゃは身体を僅かに揺らした。


「ゆぅぅ……わかんない」

「2の次は3でしょ、次は4。 ほら、言ってみて」


 給料を貰っている以上、指導員には後輩を指導をする義務が在る。

 とは言え、それを受ける側に取っては関係が無い。


「…さぁん…よ……ゆぅぅ、なんでこんにゃことしなきゃあいけないの?」


 まりちゃの質問に、指導員はゆんと唸る。


「何でって……あんた、バッジ試験受けるんだよね?」

「ばっじさんはほしいけど、みんなでゆっくりしてたらいけないの?」


 まりちゃが漏らしたソレは、ゆっくりに取っては根元的な欲求であった。

 誰もが、誰に言われるでもなく備えている本能と言える。


 しかしながら、この場はそもそもその本能を剥がす場であった。

 ゆっくりをゆっくりから遠ざけ、人の理想へと近付ける。


「あんたさ、此処だけだから教えるけど、そんな事言ってたら……ま、良いや」 


 何か言いたげな指導員だったが、諦めた様に首を横へと振った。

 努力をすれば、ゆっくりの賢さを上げる事は出来る。

 が、本ゆんにその気が無ければ話が始まらない。


 まりちゃには、その【やる気】が欠けていた。

 

 指導しようにも、箸の棒にも掛からない個体は実は多い。

 と言うよりも、殆どのゆっくりはそうやって消えていく。

 長い時間を掛けて、懇切丁寧に説得するか、もしくは暴力を用いて無理やりさせることは出来なくはない。


 ただ、如何なる方法にても時間が必要である。

 

 諦めた様に離れて行く指導員に、まりちゃは寂しげに唸っていた。

 

 ソレを見かねたからか、40番ようむはソッとまりちゃへと近付く。


「ほら、そこにあるのみて」


 一度は助けた手前、ただ見捨てるというのは忍びない。

 其処で、ようむは自ゆんが何とかしようと試みた。


 授業用にと貸し出された色とりどりのオハジキ。

 ソレをまりちゃに良く見せる。


「1……2……みっつで3、わかる?」


 何とか同族を教えようとするようむだが、ふと在る事に気付いた。

 まりちゃはオハジキなどには目もくれず、ようむの頭を見ている。


「なに?」

「おかざりは? どーしたの? そのほっぺはなに?」


 幼さ故に、何の気なしにまりちゃはそう言ったのだろう。 

 性格故に哀れ哀れと嘲る様子は無い。

 だが、ようむにとっては触れて欲しくない事である。


「……そんなことより、ちゃんとしないと。 でないと……」

「なんで? いっしょにゆっくりしようよ」


 ある意味で、このまりちゃはゆっくりらしいゆっくりである。

 

 何故そんな個体がこの場に居るのか。

 誰かに捨てられたのか、拾われたのか、運は在ったのだろう。

 それでも、如何に機会を与えられたとて、ソレを掴む努力をしなければ意味が無い。


「……もういい、わかった」


 助けたよしみもあり、多少なりの手助けも吝かではなかった。

 だか、無神経な相手に自ゆんの時間を掛けるほど、ようむもお人好しではない。


 努力をしたくないというのならば、それは個ゆんの勝手だと見放す。


 集まったゆっくり達は、同族ではあるが、同時にソレだけだ。

 ようむもまた、やる気の無い者に道連れにされる訳には行かなかった。


「なんでむしするの? いっしょにあそぼうよ」


 まいちゃからすれば、自ゆんは御飾り無しの同族でも友好的にしている。

 それ自体、この個体の性格が【善良】だと示していた。


 かつて見た様な悪いゆっくりではない。


 だが、遊ぼうと誘われたようむは、もはや関わろうとはしない。


 そんな性格は、訓練には何の役には立ちはしない。

 求められるのは常に結果であり、善良か下衆ゲスかは考慮されていなかった。


   *


 誰彼無く接し、ゆっくりしようとする。 そんな性格はある意味希有である。

 もし場が違えば、或いはその望みは叶えられたかも知れない。


 しかしながら、訓練生としての素質は無かったのだろう。


 様々な金バッジがまりちゃを指導しようとする。

 だが、どの様な指導も意味が無い。


 のれんに腕押し、ぬかに釘、馬耳東風。


 のらりくらりとし、ゆっくりしようとする。 如何なる時でも。


「ゆぅぅ、ごはんしゃんおいしくないよぅ、ゆっくりできにゃいよ」


 食事の味ですら、素直にそう漏らし隠そうともしない。

 ただ、乱暴に振る舞う事も無ければ、敵対心をむき出しにもしなかった。


 である以上、指導員はまりちゃを失格には出来なかった。

 勉強が得意ではないというだけでは、落とす理由には成らない。


 分かり易い【ゲス】ならば、落とした所で何の後悔も生まれない。


 とは言え、一事が万事その調子である以上、周りのゆっくり達はまりちゃに関わろうとしなく成っていった。


 決して悪いゆっくりではない。


 別の場所、別の機会にて出逢えれば、良い友達とも成れたかも知れない。

 悲しいかな、そんな余裕が持つゆっくりは訓練所には居なかった。


   *


 夜に成っても、まりちゃは余裕が在った。


「ゆぅう? ねぇね! あそぼうよー!」


 ようむに限らず、まりちゃは目に付くゆっくりにそう持ちかける。

 子供っぽいかも知れないが、子ゆなのだから当たり前だろう。


 元気一杯なまりちゃに対して、他のゆっくりは辟易していた。


 口にこそ出さない。 だが、どのゆっくり達も想うことは在る。

【どうしてこんな馬鹿が此処に居るのか?】と。


 その理由に関しては、ようむは誰よりも理解していた。

 選別の場にて、自ゆんがそうしてしまった。


 そんな負い目から、ようむはまりちゃに近付く。


「いいかげんにしなよ、みんなつかれてる」

 

 呑気なまりちゃとは違い、バッジを習得しようとしている者達に余裕は無い。

 就寝時間は、訓練生ゆっくり達に取っては貴重だ。


 休める時は休みたい。 邪魔は良くないという暗黙の了解も在る。  

 とは言え、それは知らない者にはわからない。


「にゃんで?」屈託の無いまりちゃ。


 それなりの環境に置かれ、定期的に食事が与えられる。

 それ故か、この子ゆには緊張感が無かった。

 こうなると、如何にお人好しのようむとは言え手に負えない。


 下手に関われば、自ゆんの身すら危うい。


「……かってにして。 でも、もうかかわらないで」 


 駄目なら駄目でも仕方ないと、ようむは同族を意識の中から切り捨てた。

 冷たい対応に、まりちゃが震え出す。


「にゃんで、まりちゃ、にゃんにもわるいことしてないのに」


 知識が無いからか、まりちゃは何故自分が咎められるのかを理解出来ない


「ゆ……ゆぅ……ゆびゃぁぁぁああ! おかーじゃああ!」


 同族達から冷たくあしらわれ、相手にされない。

 それが、まりちゃの中に溜まっていたモノをぶち撒けさせた。


「もうやじゃあああ! おうぢがえるぅうう!」

 

 やりたくもない勉強をさせられ、ゆっくりもさせて貰えない。

 子ゆに取っては過酷な環境にとうとう泣きが入った。


「やじゃあああ! ゆっぐりじゃじぇでぇえええ!!」


 盛大に泣き喚くまりちゃは、訓練生ゆっくり達に取っては最悪であった。

 勝手な制っ裁は許可されて居らず、頬を膨らませる脅しも禁止。

 つまり、何かしらの手を出す行為は訓練所では厳禁である。

 

 とは言え、完璧に禁止されては居ない。


「うるっさいんだよ! しずかにしてねー!!」

「だまるんだぜ、うんうんたれ!」

「おまえのせいでみんなめいわくしてるだけど!」

「ここにはおとーしゃもおかーしゃもいないんだよ!!」


 溜まり兼ねた候補生達が、まりちゃを罵った。


 せっかくの休憩を台無しにされてはたまらない。


 自ゆん以外からの怒気に、まりちゃは押し黙る。

 物理的に黙らされたという訳ではない。


「ゆっ、ゆぇ……」

 

 震えるまりちゃは、何かがこみ上げたのか口を閉ざす。


 数秒間は我慢していた。

 だが、直ぐに限界が訪れ、閉じられていた口が開いてしまう。


「ゆぶぅううぅぅ……」 


 重なる精神的緊張ストレス、同族達からの罵声。

 それらは、ゆっくりに取ってはゆっくり出来ない環境と言える。


 それは、まりちゃに非ゆっくち症発症させた。


 饅頭型を保てなくなり、吐餡してしまう。

 適切な処置無しでは、子ゆは子に至る。


「ゆぶぅ……ゆっぐぢ……じだぃい……げぶぅううう」


 叶わぬ願い訴えながら、幼いまりちゃは命を吐き出す。


 そんなまりちゃを見ても、同族達は何もしなかった。

 人間を呼ぶ事もしなければ、慰めもしない。

 中には、厄介者が居なくなると清々した顔を見せた。

 

 ゆっくりは分け合い、助け合うという。

 そんな一応の建て前はあるが、実際には弱い者は淘汰される。 

 外であれ、内であれ、それは摂理であった。


 吐餡しながら、永遠にゆっくりし掛けたまりちゃを見ても、ようむは顔色一つ変えない。

 何とかしてやろうとはした。 だが、力が及ばない。


 記憶に残る嫌な臭いがしたが、それに構わずようむは目を閉じた。

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