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ゆっくりの価値とは  作者: enforcer
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暗中模索


 あっという間に全てを失ったようむは、その場から数日間はマトモに動けなかった。


 幸いな事に、親や他のゆっくり達がいざという時の為に残してくれた食糧と水の備蓄は在る。

 ソレを消費する事で、ようむはなんとか命のツルを繋いでいた。


 だが、どれだけ時間が経った所で、消えないモノがある。

 それは、ゆっくりの死臭。  


 当たり前だが、一度人間が現れたと在れば、野良は住処を変えるしかない。

 群の中での生存者は居たかもしれないが、戻る事は死を意味していた。 

 だからこそ、誰も戻っては来ない。


 更には、甘い臭いを嗅ぎ付けたカラスや虫がやってくる。

 自然の掃除屋達が、現れたご馳走の為に大挙して訪れていた。


 ゆっくりだったモノが貪られるのを、ようむはジッと家の影から見る。


 本当ならば、地面に穴を掘り、永遠ゆっくりしてしまった同胞を埋葬する。

 それがゆっくりの習わしだが、出来る筈もない。


 今ようむが外に出た所で、新しい餌を補給するだけである。


 何が起ころうが、どんな光景が広がろうと、ようむは動かなかった。


 この時点で、ようむの知能の高さが窺える。

 並みのゆっくりでは、後先考えずに飛び出して頬を膨らませるだろう。


 だが、大人のゆっくりの無残な姿を見せ付けられたからか、ようむは無駄な行動を控えていた。


 なぜそうするのか。 事は難しくは無い。


 単純に、自ゆんを必死に護ろうしてくれた親の為である。

 何もかもを捨ててまで、自ゆんを助けようとしてくれた。


 だからこそ、ようむはそんな親の願いを引き受ける事を決めていた。

 何が何でも生き抜いてやるのだ、と。


   *


 更に数日が過ぎた頃。 群の住処はもはや見る影もない。

 そんな中から、目つきの変わった子ようむがのそりと姿を現す。

 

 既に食糧や水の備蓄は尽きた。 このままでは餓死が待っている。


 そう考えたようむは、幾つかの道を考えた。


 このまま、何もせずに死ぬのを待つべきか。


 いずれにしても 時がくれば餓死は訪れる。 

 そうすれば、自ゆんもお空のゆっくりプレイスへ。

 

 それだけではなく、方法は幾つも在った。

 この場で死んだ家族を想い【さぁ、おたべさない!】を唱えて自殺をする事も出来るだろう。 


 もしくは、公園から必死に這い出し、道路に寝転ぶ。

 後は待てば人間用のすいーが踏み潰してくれる。


 さらには、川や水溜まりに飛び込み入水して溶けるのを待つか。


 永遠にゆっくりする方法は、事欠かない。


 だが、ようむはどれも選べなかった。 辺りを必死に窺い、家を這い出す。

 

「みんな……ごめんね。 ゆるして」


 既に居なくなったゆっくり達へそう言い残すと、ようむは進み始めた。

   

   *


 世界とは、甘い場所ではない。

 ましてや子ゆっくりに取って、世界は絶望的な程に辛い場所と言える。


 道を進めば人間、道路は自動車、他にも餓えた動物や昆虫が弱いゆっくりを狙う。


 何処へ行こうとも楽園(ゆっくりプレイス)などは無い。 

 子ゆっくりにも関わらず、ようむはソレを知った。


 なんとか生き伸びようと足掻くようむ。

 そんな子ゆを悩ませるのは、実のところ同族達である。


 ふとした時、ようむは在るモノを見つけて目を輝かせる。

 ソレは、自ゆん達以外のゆっくり達。


 わいわいと喧しい声も、ようむにとっては懐かしいモノである。


「ゆ、ゆゆ、ゆっくりしていってね!」


 自ゆんはようやく救われる。 そう思った。

 だが、挨拶に反応したのは、生まれたてで在ろう幼ゆんだけ。

 他のゆっくり達は、ようむを見るなり訝しむ。


「ゆわぁ、ゆっくりしてないゆっくりがいるんだよ!」

「あいつ、おかざりがないのぜ? おぉ、あわれあわれ」


 人間から見れば、どちらも小汚い野良ゆっくりではある。

 が、ゆっくり達は違った視点が在った。


 ゆっくり達が独自に持つ【御飾り】は、ただの飾りではない。

 命の次に大切な、自己統一性アイデンティティである。


 つまり御飾りとは、ゆっくり達が何者であるのか示し、同時に他ゆんと区別する概念に近い。

 そして、その大切な御飾りを失ったゆっくりとは、隔絶されていた。


【ゆっくりしてないゆっくり】


 言葉には単純ながらも、それは明確な線引きを示している。

 有る無しだけでも、雲泥の差を受ける。


 一例ではあるが、御飾りを失ったゆっくりの扱いは決してマトモとは呼べない。


 同族に置いて【ゆっくり出来ないゆっくり】は最下層に分類される。


 排泄物を食べさせるうんうん奴隷。 性欲を満たす為だけのすっきり奴隷。

 何をされようが、奴隷には文句すら許されない。

 生かさず殺さずが、延々と繰り返される。


 その掟を知っている野良は、ようむに甘い顔をして見せた。


「ほら、こっちにくるのぜ?」


 奴隷を確保せんとするの対して、その伴侶は嫌なのか息を吸い込む。


「ぷくー! ゆっくりできないゆっくりはさっさとしんでね!」


 薄汚いゆっくりから家族を護らんと、頬を膨らませるゆっくり。

 そんな伴侶を、夫役のまりさ種が抑えた。


「まぁまぁ。 おい、こっちへくるんだぜ。 ちゃんとかってあげるんだぜ」 


 イヤに優しい声。 ソレを聴いた途端に、ようむは慌てて逃げ出した。

 過去に、そんな声を受け入れた自ゆんがどうなったか。


 恐ろしいからこそ、ようむは野良ゆ夫婦を振り切り逃げ出す。


「あ! にげやがったのぜ!」

「もう、いーよあんなの」 


 同族からも爪弾きにされたようむは、声が聞こえなく成るまで急いだ。


   *


 何処をどう彷徨さまよったのか、もはや覚えて居ない。


 全身全霊で、怖い全てから逃げ出した。


 あっちへ行っては逃げ、こっちへ行っても逃げる。


 逃避行の最中には、希に声を掛けてくる人間も居たが、ようむにとっては寧ろ恐怖でしかない。


 逃げ回る内に、とうとうようむは力を使い果たしていた。

 全身に疲労が回り、動く事を拒む。


「……もう、うごけない……」


 何処に居るのか、そんな事はわからない。 

 今のようむは、ただ休みたかった。


 建物の影に身を潜め、目と耳で辺りを窺う。

 そうすると、在ることに気付いた。


 どうやら、ようむは道路っ端の近くに居るらしい。

 其処から分かることは、道路を時折通過する自動車。

 

 自ゆんよりも遥かに大きく重いモノが目にも止まらぬ速さで駆けていく。


 ソレを見ていると、ようむの中に在る欲求が湧いてしまう。 


【どうせならもうゆっくりしようか】と。


 このまま街を彷徨った所で、安住の地など有り得ない。

 いずれは餓死を迎えるか、誰かに殺される。


 で在れば、せめて最後くらいは、自ゆんで決めたくなる。


 親が産んでくれた命を捨てるのは忍びない。

 だが、今更街を出るのも難しく、森に行くには遠過ぎた。


 体力はとうに尽き果て、気力も湧いては来ない。


「……もうつかれちゃった……」


 このまま生きた所で、何の救いが在るのだろうかと、ようむは想う。

 

 人間は恐ろしく、同族も怖い。 誰も知らず、頼る宛もない。

 

「もうやだ」


 枯れ果てたと想って居た涙が、ようむの目尻から零れ落ちた。

 ノロノロとした動きで、ようむは道路へと吸い寄せられる。

 せめてもの救いとして、最後くらいは楽に成りたい。


 後少しで、道路に出られる。 待てば全ては終わる。

 

 生き死にの間で、ようむは在るモノを見つけ出した。


 ソレは、アスファルトの隙間から生えたで在ろう雑草。


 何の草なのか、そんな事はどうでも良く、ただ小さくとも咲く花が目に映る。


 淡い色だが、其処には強さが垣間見えた。  

 如何なる苦境だろうとも、絶対に諦めず生きようとする。 

 誰の手も借りず、ただ其処に在る。


 偶々空いた僅かな隙間。風が運んだであろう僅かの土。偶々降った雨の僅かの水。 

 それだけを糧に生きる。


 地面を這うからこそ、見えるモノがある。

 

 咲く花を見ていると、ようむは泣くのが止まった。

 赤ゆの様に泣いても、誰も助けてはくれない。


「……まだ、いきてる。 がんばるよ」 


 そう呟くと、ようむは道路へ出るのを止め、歩道を進み始める。 

 見送るモノは誰も居ないが、路端に咲く花は静かに揺れた。


   *


 その日の夜。 街中にも関わらず、ようむは在るモノを見つけ出した。


 其処は、畑である。

 何故街中にそんな場所が在るのか。 それはこの際問題ではない。


 既に空腹は限界を通り越していた。

 もはや食べられるモノならば、それがゲロマズでも食べたい程である。

 だが、見えて居るのはゆっくりにとっては高嶺の花である野菜。


 ようむは、欲求に抗えず静かに畑に入っていった。


 自ゆんの親がどう死んだのか、叩き込まれている以上は喋らない。

 口を開けば、余計な言葉を吐き出してしまう。 

 だからこそ、無理に口を引き結んで押し黙る。

 

 ようやく、野菜の前に来たようむだが、在る欲求が湧き上がる。


 往々にしてゆっくりはよく喋る。 それが如何なる時で在れ。

 歩く時と、立ち止まっている時も、食べる時も、眠る時ですら。


 兎にも角にも、よく喋る。


 だが、畑に入ったようむは、無言だった。

 無駄口を叩く事の愚かしさと恐ろしさは、嫌という程に知っている。

 

 多くのゆっくりは【多少の嫌な事】に付いては排泄行為に因って忘れてしまいがちだ。

 それ故に、常に細かい事に頭が回らず、お気楽に見える。


 ただ、時として違いも在った。 

 骨身に染みる程の絶望や恐怖は、そのまま染み入り記憶と成る。


 それが出来るかどうかが、長生き出来るのかを分ける。


 食べ始めても、ようむはずっと無言であった。

 ただ、一心不乱に身体に栄養を溜め込もうとする。

 美味い事は美味いが、ソレを口には出さず。


 必死に野菜を貪るようむは、食べる事と喋らない事に集中していた。

 

 その為に、他の事が疎かに成っている。

 近くに小さな音がしても、気付けなかった。


 夜の闇に紛れて居た筈のようむを、何かが照らす。

 その元は懐中電灯なのだろうが、其処までされれば流石のようむも気付いた。


 ハッと成って光の方を観るが、眩しさに目が眩んでしまう。


「ははぁ、夜中に盗み食いとは、随分と良い度胸じゃない?」


 流暢な声に、ようむ全身が恐怖で固まった。

 身長と懐中電灯を持っている事から察すると、相手は大きい。

 で在れば、戦う事も逃げるのも無理がある。


 となれば、取れる手段は一つだけだ。


「ごめんなさい! おなかペーコペコで、がまんできなくて、ごめんなさい!」


 詫びる以外、取れる手が無い。 

 下手な抵抗など、意味がない事は既に知っている。

 ようむが詫びたからか、強い人工の光が反れる。


 眩しさが消えたからこそ、相手が見えた。

 自ゆんを見下ろしているのは、人間ではない。


 特徴的な顔立ちに、麦わら帽子。 そして、僅かに漂う気配が教える。

 ようむの前に現れたのは、胴体を獲得したゆっくりであった。


 ゆっくり同士は、お互いの目を見る。

 数秒間が過ぎた頃、胴付きがニヤリと笑った。


「ホントなら、盗み食いしくさる様なクズは叩き潰して終わりなんだけど……」


 そう言いいながら、麦わら帽子のゆっくりはようむの目をジっと見る。


「……その目、昔のあの子によく似てるし、自ゆんが何したかもわかってるみたいね」


 動けないようむに、少しずつ近付く胴付き。

 その手が、やんわりと震えるようむを持ち上げた。


「ね、その気が在れば這い上がって来ない?」


 難しい言葉は子ゆであるようむにはわからない。

 それでも、麦わら帽子に輝くプラチナバッジは見えていた。 

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