受け継いだ価値
特級鑑札を取った事で、何が変わるのか。
傍目にはバッジの色が変わるだけである。
が、事はそれだけでは終わらない。
先ずはと変わったのは、ようむの生活だろう。
訓練所のゆっくりは、基本的に決められた場所で決められた生活を強いられる。
それは、飼いゆっくりも似た様なモノだ。
それでも、野良の生活に比べれば快適ではあった。
だが、候補生を卒業した以上、候補生と同じとは行かない。
何せ、今のようむは飼われて居ないのだ。
自室で在った部屋を空け、ようむには別の部屋が与えられる事になる。
其処は、加工所の近くに併設された職員用の住宅であった。
本来ならば、遠くから来る作業員や、職員の為に在るモノである。
そして、今のようむは、そんな人間さんと同じ立場であった。
*
「此方です」
加工所の職員に案内されたようむ。
鍵を手渡され、とりあえずと住宅の中へ入る。
「……結構、広いんですね」
床の面積からして、前の部屋と比べても大分違う。
候補生の部屋はだいたい二畳程度しかないのだから、随分と広くなったとようむは感じていた。
「そうですかね、まぁ、とにかく宜しくお願いしますよ、野外教官!」
ポンと作業員が出した声に、ようむは一瞬目を丸くした。
普通で在れば、人間さんがゆっくりへ敬語を使うことは無い。
ようむは、ようやく今の自ゆんの立場を実感する。
以前ならば、のうかりんが其処に居た。
が、今其処にはようむが立っている。
まだまだ未熟者だとしても、継ぐと決めた以上は受け入れる他はない。
「はい、此方こそ」
挨拶に対して軽く応えるようむだが、ふと、作業員の変化に気付いた。
青年は、何とも不思議なモノを見た様な顔を覗かせている。
「どうか、しました?」
「あ、いえ、笑った顔……初めて見ましたから」
ようむは、気付いて居ないが微笑んでいた。
其処には難しい理由は無い。
ゆっくり特有の能力とも言える【思い込み】に因って、それを為している。
自ゆんを教えた先輩に倣いたいと望んだからこそ、それは成った。
「……ありがとうございます」
小さな感謝の言葉。
それは、作業員へ向けたモノでもあるが、同時に、今は居なくなった師への言葉だった。
*
教官という立場を得たようむ。
具体的に何をするかはのうかりんから既に教えられていた。
今更ながらに、先輩と過ごした時間の全ては、この時の為に在ったのかと想えてしまう。
誰に何を云われるでもなく、すべき事が頭には在る。
だが、楽ではない。
今までは、のうかりんが共に居て【アレをしてコレをして】と指示をくれた。
それが今では、ようむは全て自ゆん考え、でやらねば成らない。
居た時はそれなりに反目を持ったモノだが、いざその教官が居なくなると、ソレはソレで難しい。
農場の世話をしながら、ようむはフゥと息を吐く。
「……先輩は、今までもこれ全部独ゆでやってたんですか」
思わずそんな事を尋ねたくなるが、返事は返ってこない。
それでも、弱音を吐く訳には行かなかった。
勿論、それを云うことは出来る。 だが、ソレだけだ。
農場の野菜達に話掛けても返事は無い。
同じ場所で、同じ事をする。
そうすると、如何にのうかりんが孤独だったかを理解出来る。
監督官が何故に【彼女は寂しいんだ】と云ったかも。
しかしながら、それがようむの選んだ道であった。
誰依る事なく、自ゆんで立つ。
今一度自ゆんの目的を思い出したようむは、農具を握り直した。
*
暫し後。
畑の世話を終えたようむはベンチに腰掛ける。
この先、もっと具体的に何をすべきか、それは決まっていない。
が、選ぶ事は出来る。
そんな事を考えているようむの耳に、バタバタという足音が聞こえた。
顔を上げて見れば、やって来たのは作業員である。
「あの、野外教官。 今、大丈夫ですか?」
そんな質問も、以前ならばのうかりんへ向けられたモノだ。
ソレが今は、ようむに向けられる。
初めて外仕事をした際、師から【コレが仕事だ】と云われた事を思い出す。
ベンチから立ち上がると、ようむは頷いた。
「はい、大丈夫です」
「良かった! じゃ、行きましょう!」
アレが嫌、コレが嫌では仕事には成らない。
それが教官の教えであった。
*
駐車場へと向かう作業員とようむだが、いつもとは違った。
なんと、この日は背広姿の監督官が居る。
「監督さん。 何か?」
何事かとようむが尋ねると、男は手を軽く上げる。
「今日は、ちょっと用事が在ってな、君達に同行するんだ」
「……そう、ですか」
正直な所、ようむは乗り気ではなかった。
外仕事と言えば聞こえは良いが、する事は綺麗ではない。
誰かに見せて、喜ばれる事でもない。
それでも、同行を拒むということも無理だった。
車に乗せられ、ようむを含めた一行は加工所を離れる。
慣れた事とはいえ、不安が無いわけではない。
「今日は、何処からの……通報ですか」
思わず、ようむがそう尋ねると、運転手ではない監督官がようむを見た。
「あぁ、ソレなんだが、今回は回収が仕事だ」
仕事内容を聞かされたようむは、思わず胸が軽く成った気がした。
回収となれば、殺しではない。
ようむ自身もバッジを持っては居てもゆっくりである。
出来れば、同族を何とかしてやりたいという気持ちは在った。
それでも、来る仕事が【処分】で在れば、せざるを得ない。
それに比べれば、多少なりとも気が楽では在った。
「それと、君と顔合わせさせたい者も居てな」
「顔合わせ、ですか?」
「あぁ、今後も、関わるかも知れん。 良い機会かと想ってね」
思わせ振りな監督官の声に、ようむは首を傾げた。
会わせたいという者が誰なのか、知る由もない。
*
車が到着したのは、何処かの神社の駐車場。
留まったという事は、此処が現場という事になる。
早速とばかりに、車を降りて準備を始めるようむ。
が、回収用の道具を用意しながらも、ふと、在る事に気付く。
いつもであれば、監督官が同行した事など無い。
それなのに、何故か同行して居る。
理由はともかくも、用意を終えたようむと作業員。
その姿を見て、男は頷く。
「うん、では行こう。 待たせては悪いからな」
監督官の声は、仕事と言うよりは私用を想わせた。
駐車場を抜け、境内へ。
入った所で、ようむは在る事に気付いた。
ゆっくりが居る。 という事に間違いは無く、野良らしい一家も見える。
それだけでなく、境内には竹箒を持った胴付きのゆっくりが居た。
場に合わせてか、御子らしい衣装。
ソレよりも目立つのは、頭のお飾りに着けられた白金のバッジ。
「あ! 御手数お掛けします」
やって来た一行を見るなり、その胴付きは軽い挨拶をくれる。
そんなゆっくりに、監督官が近付く。
「や、いつも面倒が在るな」
「んー、そんな事ないですけど」
親しげに話す監督官と御子衣装のゆっくり。
其処から分かるのは、その間には人間さんとゆっくりという垣根が無い様にも見えた。
「教官?」
「あ、すみません」
見とれて居ては、仕事に成らない。
とりあえずと、ようむは自ゆんを見る御子にぺこりと頭を下げてから、早速野良の回収に当たった。
処分と違い、回収の場合は無理やりという手は使わない。
専用のケースに、そっと入れてやる。
最も、このやり方を使うことは先ず無い。
大抵の場合、通報が来るのは【処分して】という頼みだからだ。
回収を終えたようむ。
後は運んで帰るだけなのだが、ふと、白い足袋と赤色の雪駄が見えた。
顔を上げれば、其処で御子らしいゆっくりと目が合う。
「……あの?」
「そのバッジ、先輩から貰った?」
された質問から、どうやらこのゆっくりはのうかりんと知り合いであると悟る。
「はい、自ゆんが、後を継ぎました」
「え? じゃあ……」
一瞬、驚いたような顔を見せる御子。 その肩を、監督官がポンと叩く。
「れいむ。 のうかりんは、卒業しただけだ。 だから、その子は二代目って所だな」
そんな監督官の説明に、れいむと呼ばれたゆっくりは胸を撫で下ろす。
「そっかぁ、先輩も……」
懐かしむ様な声と顔に、何かしらを感じるが、ようむはそれを知らない。
だが、一つだけわかることがある。
今目の前に居るゆっくりこそが、訓練所でも時折語られる【40番】なのだと。
そんな名を残すゆっくりが、ようむを見る。
「でも、後を継いだってことは。 貴方は……」
それから先は、云われる迄もない。
偉大成る先輩に敬意を示す様に、ようむは微笑む。
「……良いんですよ先輩。 コレは、自ゆんで決めた事ですから」
特に知り合いでもないが、何故親近感すら覚えるようむとれいむ。
白と黒の対照的髪が風に揺られる。
「なんか、貴方凄く先輩に似てるよ」
そんな声に、ようむは頷く。
「勿論です。 後輩ですから」
こうして、依頼主との話は終わった。
互いに、想うことは在ってもそれを伝えはしない。
何故なら、偶々巡り会えただけの事である。
違う道を行く者は、時折交差する事は在っても往くべき先は同じではない。
だからこそ、ようむは軽い挨拶だけに留めていた。
*
のうかりんの後継者として、ようむが教官として就任してから暫く後。
この日は、新しい候補生達が来るという。
其処で、ようむは野外授業の準備に勤しんでいた。
最初こそ、独ゆでやることは大変だったが、続ける内に慣れ、辛さは薄れる。
すっかりと野外教官の板に付いたようむは、一枚の写真を見ていた。
満面の笑み其処に写るのは、かつての師とその母。
それだけならば、在る意味微笑ましいかも知れない。
が、良く似た顔が居並ぶ周りには、潰れたゆっくりで囲まれているという何とも言い難いモノであった。
ソレを見て、ようむは苦い顔をする。
「先輩……帰った割には全然変わってないんですね」
いつか、のうかりんの母から【同じ事をして居る】とは云われた。
だが、文字通りだとは想像の外である。
ため息を一つ付くと、ようむは見ていた写真をソッとしまう。
師匠が変わりないことは良い事と受け止めつつ、自ゆんもすべき事をする。
時間が来たからか、農場にゾロゾロと姿を見せる銅バッジ候補生達。
新入りのゆっくりを前に、ようむは在る事に気付いた。
数居る中でも、目立つ子ゆっくり。
そのゆっくりの頬辺りには、かつて見た街ゆっくりの子である。
ヘラヘラと笑う事なく、世を呪うかの様な顔。
ソレは、鏡を通して見た自ゆんに良く似ていた。
誰の計らいなのかはともかくも、ようむは息を吸い込む。
師を真似るべく。
「ようこそ! 野外教官のようむです!」
何事にも関わらず、初めてという事はある。
それでも、やると決めた以上はやり遂げる。
ソレでこそ、自ゆんの価値を示す事なのだとようむは感じていた。




