継ぐ者
周りのゆっくりに混ざり、試験を受けるようむ。
学科試験に続き、作法の試験も受ける。
試験とは云うが、実際には食事をしながら、それを見せるだけである。
クリップボード片手に、受験者達を見て回る係員。
学科と違い、作法に関しては体で覚えねばならないが、逆に言えば体得してしまえばどうという事もない。
見せるべきは、単純に美味い食事を綺麗に平らげるだけ、である。
この程度の事に関しては、銀バッジを習得するまでに身に付ける最低限の事だった。
「……ご馳走様でした」
食事を終えたようむは、カトラリーを紙ナプキンで拭って置く。
これ自体は評価もされない事だ。
だが、加工所出身者と他との違いを現す良い機会でもあった。
何せ、それをチラリと見たゆっくり達が慌てて真似る程である。
こうして、作法の試験も何事もなく終わった。
*
学科、作法の試験が終わったが、まだ試験は終わりではない。
この次に在る試験こそ、特級鑑札の本当の試験と言えた。
「作法の試験に引き続き、次は面接と成ります。 番号を呼ばれた受験者は係員似従ってください! 先ずは1番から10番まで移動願います!」
そんな声に、受験者であるゆっくり達の顔も引き締まる。
コレで終わりと、気が抜ける訳ではない。
寧ろ、此処からこそが試験なのだと。
ただ、そんな中でも、ようむは特に気負いはしなかった。
何も根拠の無い自信を持っている訳でもない。
寧ろ、確固たる自信が在った。
その根拠だが、先輩からの言葉と、渡されたバッジに在る。
更に言えば、試験に落ちたとしても、大した事ではないとすら想っていた。
一度や二度の躓き程度ならば、誰にも在るモノだ、と。
躓き倒れたとしても、何度でも立ち上がれば良いとようむは想う。
事実、今までもそうして来た。
些細な事で驚く様な弱さを、ようむは上手く自ゆんの中に納めていた。
次々に、面接へと向かう受験者達。
カチコチに固まる者も居れば、右手右足と揃えて歩く者も居る。
皆が皆、極度の緊張感に苛まれる。
「……では次に、11番から20番! 移動願います!」
自ゆんの番号を確認したようむ、スッと立ち上がった。
*
面接の会場に来たようむ。
会場とは云うが、実際には広めの部屋を、板を用いて区切った簡素なモノが用意されていた。
ともかくも、自ゆんの受験番号が書かれた部屋の前へ行き、椅子に座る。
パッと見だけでも、ようむを含めて多くのゆっくりが居た。
試験の番を待つ間、想いを馳せる。
問答による試験が在る事は知っては居たが、どの様な事を尋ねられるのか。
それが何にせよ、今更ジタバタするゆっくりは居ない。
ようむにしても、試験を意味を考える。
ゆっくりが如何に人語を解すとは言え、その実態は幼い子供が喋る様なモノだ。
何となく意味を知っているだけであり、無知と言っても差し支えない。
対して、訓練を受けてバッジを習得したゆっくりは違う。
言葉の意味を熟知し、それを自らも用いる。
言葉は悪いが、ゆっくりから如何にゆっくりらしさを剥ぎ取ったかを確認するのがバッジ試験と言えた。
そして、此処までは金バッジの話である。
次の段階であるプラチナバッジは、如何なる試験が課されるのか。
ようむは、ただ静かに待った。
程なく、先に入ったで在ろうゆっくりが「失礼しました」と出て来る。
その際、チラリと顔色を窺うと、余り芳しく無い。
その受験者は、後続のようむに目もくれず、会場を後にしていく。
顔色から察するに、何かを尋ねられ、上手く答えられなかったのかも知れない。
同じ受験者としては、ある程度考えるようむだが、今は自ゆんの番を待つ。
それから少し後。
「次の方、どうぞ」と声が掛かった。
椅子から立ち上がり、部屋の戸を軽く叩く。
「失礼します」
そう言うと、ようむは戸を開けた。
試験の場だが、想像以上に簡素なモノである。
椅子に長机、そして、机の対面には試験官。
ただ、ある一点だけようむが驚く事も在った。
監督者は人間さんがやるモノだとばかり想っていたようむだが、実際には人間の試験官二人に挟まれる形で、ゆっくりが居た。
独特の空気を漂わせるのは、補色種であるれみりゃ。
ただ、並みのれみりゃが【だどー】という間延びした語尾に呑気な顔をして居るのに対して、ようむの前に座るれみりゃは違う。
特徴的なお飾りをして居らず、リボンで髪を飾り、更には目の色が片方違う。
更には、在るべき羽の片方が無かった。
対して、試験官であるれみりゃも受験者を見て僅かに首を傾げる。
今までの受験者とは毛色の違うようむに、れみりゃは微笑んだ。
「……どうぞ、お座りください」
しっかりとした喋り方に、過酷な訓練の跡が窺える。
ソレを受けたようむも「失礼します」と椅子に座った。
互いに目を見合う受験者と試験官。
「本日はお忙しい中、御時間を取って頂きありがとうございます」
先ずはと口を開いたのはようむである。
受験者の声を聴いたれみりゃは、少し笑う。
その際、八重歯以上に尖った牙が僅かに覗いた。
「それはそれは。 さて、早速試験を始めたいのですが、宜しいか?」
「はい」
ようむの声に、試験官の目が僅かに窄まる。
「貴方は、自ゆんがする事に責任を負えますか?」
最初の質問だが、ようむにとっては今更を通り越していた。
加工所に居る際、何度となくのうかりんから仕込まれている。
「はい、負えます」
微塵の躊躇の無い答えに、れみりゃの隣に居る試験官が何かを書類に書き込む。
対して、ようむと目を合わせる試験官はジッとようむを見ていた。
「……流石は、加工所出身だど。 金バッジにまでは一通りの事は仕込まれている居るみたいだど」
僅かながら、地が覗かせるれみりゃ。
そんな試験官に、隣に人間さんが何やら囁く。
「ちょっと、不味いですよ……」
規定に無い事に及んだからか、人間さんは焦るがれみりゃは焦らない。
「大丈夫ど。 加工所の連中は徹底的に仕込まれるから、規定の質問では模範回答しか出さないんだど。 だったら、長い問答は省いて本題に入らせて貰うど?」
試す様な試験官、よくよく加工所に詳しいらしい。
とは言え、ようむは動じずに「どうぞ」と応えた。
「では尋ねるど。 人間さんから、同期のゆっくりを片付けろと命令されたら、どうするんだど?」
れみりゃの質問に、ようむの眉が寄る。
しろと云われれば、やらねば成らぬが金バッジである。
が、ソレでは今までの歩いて来た道を否定する事にも繋がる。
誰かに云われたから、来たのではない。
自ゆんの価値を示すと同時に、自ゆんの意志で歩く為に来たのだ。
ようむは、スッと息を吸った。
「……もし、その様な命令が出る場合は、何かしら大規模な反乱が起きた時でしょうね。 で在れば、先ずは鎮圧はします」
ようむの答えに、れみりゃが目を細くする。
「命令は、処分だど?」
「時と場合に因ります。 反乱の意図が分かりませんので。 それが必要ならば躊躇いませんが」
「……が?」
「無駄な殺生は……好みでは在りません」
起こるかも知れない想定。
その事態に置いて、ようむは自ゆんがどう動くかを答えた。
命令を実行するだけならば、ソレはそれで優秀なゆっくりと言える。
が、それではただの白痴に過ぎない。
与えられた命令を吟味し、時には無視もし逆らう。
それが自ゆんで考えて行動するという事だとようむは想っていた。
受験者の答えに、れみりゃは抑えた笑いを漏らす。
「良く出来たゆっくりだど。 命令に従うだけの木偶ばかりじゃない。 こんなゆっくりも居るとは。 余程の良い師を持ったらしいど」
本来、れみりゃの発言は試験官のそれを逸脱して居る。
それでも、ようむは自ゆんだけでなく師を誉められた事に感銘を受けていた。
「ありがとうございます」
受験者でありながらも、礼を贈るようむに、試験官であるれみりゃは満足げに頷いていた。
*
試験は終わり、受験者達は帰って行く。
勿論、ようむ達候補生も自宅である加工所へと戻った。
やれ試験はどうだった、面接はどうだったという同期達に関わらず、ようむは自室へと戻るなり、早速とばかりに本を手に取った。
ソレは、受験者用の参考書ではない。
先輩が残した、畑仕事の本である。
試験の結果に付いては、多少考える事は在るが、それはようむにとっては二の次であった。
何故なら、ようむはもはや、のうかりんの後継者である。
バッジの色が何であれ、やるべき事は変わらない。
すべき事は、自ゆんが考える。 そう思いながら、ようむは本を開いた。
*
夜が過ぎ去り朝が来る。
この日の朝は、候補生達に取って怖いモノであった。
何故なら、試験の合否が発表される。
只でさえ合格率の高くない試験である以上、金バッジと言えども恐ろしい。
ただ、唯一ようむだけは、周りのゆっくりとは違い飄々としていた。
落ちる落ちないなど、大した問題ではない、と。
特級鑑札候補生が、一同に介す中、監督官が見渡す。
「おはよう」
軽い挨拶に、返ってくるのは「おばようございばず」という鈍い返事。
ソレには取り合わず、監督官は口を開く。
「さて諸君。 昨日のバッジ試験の結果だが、どう発表して欲しい?」
いきなりの問いに、候補生達が僅かにざわつく。
「この場にて全ゆんの合否を発表は出来る。 が、それが困るのであれば、後で各自に教える事も出来るが、どうする?」
この質問に、返事は無かった。
候補生達にしても、自信は無くはないが怖い事に変わりは無い。
他のゆっくりが合格して居るのに、自ゆんが落ちた時を考えてしまう。
迷う候補生に、監督官はフゥと息を吐いた。
「……わかった。 後で各自に合否を教えるとしよう。 解散して良い」
そんな監督官の声に、ゆっくり達はホッとした様である。
下手に誰かに聴かれるならば、後の方がマシだ、と。
ぞろぞろと教室を出て行く候補生。
一番最後に成るのはようむだが、監督官が「ようむ」と声を掛けた。
「はい、何か?」
「済まないが、用事が在るんだ。 時間を取れるか?」
「はい、大丈夫です」
この僅かな会話は、実のところ他の候補生達にも聞こえていた。
そして、誰もが見えない様に笑う。
ああ、彼奴が落ちたんだ、と。
候補生達が自室に帰る中、ようむだけは監督官に連れられ別の場所へ。
目には見えないが、線引きが其処には在った。
*
ようむが連れて来られた場所。
其処は、以前にも案内された加工所の休憩区画である。
「済まないな、わざわざ呼び出したりして」
「いえ、それは構いませんが、用事はなんでしょう?」
「とりあえず、座ろうか」
「……はい」
ベンチに腰掛ける監督官とようむ。
座るなり、監督官は背広のポケットに手を入れた。
「私は、面倒が嫌いでな。 早速だが、要件に入ろう」
そう言うと、スッと何かを取り出す。
出されたモノを見て、ようむは目を丸くした。
「……あ、ソレ」
「そう、コレがプラチナバッジ。 他の候補生の前では、発表し辛いのでな」
そう言うと、監督官はようむの方を向く。
「合格は、君だけだったよ」
聞こえた声に、ようむはスーッと息を吸うと、吐き出す。
「……そう、ですか」
「余り驚いた様子が無いか、そんな所も、彼女に似ているな」
監督官は名前を云わないが、誰のことなのかはようむはわかっている。
「面接の時も、誉められてましたから……先輩」
感慨深いと声を漏らすようむに、監督官は頷く。
「とにかく、おめでとう」
「ありがとうございます」
早速とばかりに、飾りに着くバッジを交換して貰うようむ。
やり切ったという想いが無くもないが、実のところ終わりではない。
ようむは、まだ出発点に立っただけであった。




