往く者
「ま、ほら、何事も習うより慣れろって云うでしょ?」
突如としてのうかりんから誘われた遊び。
ソレにはようむも戸惑ったが、拒否はしなかった。
「はぁ、お手柔らかに」
思い返せば、訓練所に入ってから娯楽というモノとはお目に掛かった記憶が無い。
寝る間と休憩中を除けば、行住坐臥の全てが訓練漬けであった。
だが、その前の野良ゆっくりだった頃、それをようむは思い出す。
同い年の子ゆ達と、彼方此方を【たんけん】と称して巡る。
時には、互いの身体を押し合って【おすもう】を取った事もあった。
おうちに帰れば、親のお腹の上で跳ねる【とらんぽりん】もして貰える。
どれもこれも、今と成っては懐かしい記憶であった。
軽い説明の後、ようむはのうかりんと盤を挟んで対局を始める。
パチンと駒が盤面に置かれ、挟まれた駒がひっくり返される。
ソレを見て、ようむは駒を何処へ置くべきかを考えた。
闇雲に置けば良いというモノではない。
何処へ置けば、次は相手がどう動くかまでを想定する。
ようむが駒を置き、相手の駒をひっくり返す。
そんな勝負の様を見ながら、のうかりんはフフン笑った。
間近で対局している以上、それは聞こえる。
「あの、間違ってます?」
何かしてしまったかと問う教え子に、のうかりんは頭を左右へ振った。
「ん~ん、そうじゃなくてね。 前にも、こうやって遊んだ事が在るんだ。 他の後輩とね」
そう言うと、のうかりんはコマを置く。
暫しの間、教官の顔を窺っていたようむだが、目を盤へと戻す。
「そう、ですか」
話半分で答えるようむだが、それは、ゲームに対して集中して居たからだ。
遊びとは言え、コレはのうかりんとの勝負でもある。
普段ならば、目上に対して勝ち負けを挑むのは御法度だが、遊びであれば、ソレも許される。
「でもね、その子さ、オセロさん凄く下手でね。 自ゆんのが取られたからって、ムキに成って取り返してくるから、簡単に勝てたね」
駒を置き、相手の駒を裏返しながらのうかりんは語る。
誰とは云ってない。
それでも、ようむは以前に監督官から聴かされたゆっくりの事を思い出す。
訓練所に入ってからは、瞬く間に駆け抜けて行ったという。
「そんな先輩も居たんですね」
盤面を睨むようむは、いつものしかめっ面だが、以前に比べるとその顔は違う。
今の顔は、あくまでも対局に集中して居るという顔であった。
ようむの手番を見ながら、のうかりんは微笑む。
それは、取り繕う為のモノではなく、本心からのモノだった。
「あんたも、随分変わったね」
じっくりと次の手を考えながら、手の中で駒を弄るのうかりん。
「そうですか? 自ゆんでは、よく、わかりませんが」
「変わったよ。 まぁ、私もだけど……」
ようむと出逢った事で、のうかりんも変わったと言う。
その意味を、盤面を見ながら想いを馳せる。
「でも、ホントに良いの?」
パチンと駒を置くと、のうかりんはようむを見た。
言葉は短いが、其処には深い意味がある。
のうかりんが抜ける代わりに、ようむが其処に入る。
それは、教え子を犠牲にして抜け出すという形に成ってしまう。
そう悩む教官に、ようむの唇が動いた。
今の今まで、笑うという形を忘れていたが、それが形を持つ。
多少歪では在っても、ようむの口は笑った。
「こんな事でしか、貴方への恩が返せませんから」
本来なら、死ぬしか行くべき道を持たなかったようむ。
それを変えたのは、のうかりんである。
そう言うと、ようむは駒を置いた。 盤面が、白に覆われる。
ソレを見て、のうかりんは驚いた。
「うっそ……負けちゃった」
その言葉が本心からのモノなのか、それとも建物なのか、それは、のうかりんにしかわからない。
対局を終えた教官と教え子。 お互い、顔をよく見る。
どちらとも、何を云うべきか迷う。
それでも、先に口を開いたのはようむだった。
「先輩。 お疲れ様でした」
後輩からの労いに、のうかりんはスッと息を吸うと、吐きながら肩の力を抜いた。
「ありがとね、ようむ」
云いながら、のうかりんもまた行くべき道を決めた。
「……あ、そうだ」
何かを思い出した様に、麦わら帽子を脱ぐと、其処から【作】と印されたバッジを外す。
外したバッジを、後輩へと差し出す。
「えと、ソレは」
「別に、大したモノじゃないけど、一応のケジメだから」
加工所が発行するそのバッジは、ゆっくりが何処に所属するかを示すモノだ。
そして、ソレを外すという事には意味が在る。
先輩からのバッジを、ようむは受け取る。
「……それじゃあ。 ゆっくり、していってね」
何時以来、それを言ったか忘れたのうかりんだが、敢えてそれを後輩へと贈る。
「ゆっくりしていってね……」
後を継ぐ者として、ようむは答えた。
*
時が過ぎ、いよいよ特級鑑札の試験が近付く。
試験を受ける候補生一同は、教室へと集められていた。
不安そうな者から、挑む様な目をするゆっくり。
そんな候補生を見渡すと、監督官は息を吸った。
「……候補生諸君。 長い訓練の耐え抜き、諸君等はいよいよ試験に漕ぎ着けた。 ハッキリ言って、試験は難しい。 それでも、諸君ならばその壁を乗り越えられると私は思う。 駄目だったとしても、次がある。 頑張ってくれ」
短いが、監督官なりの応援。
それを受けて、ゆっくり達の目にも力が入った。
そんな中、大して動揺も見せないゆっくりも居る。
その頭の飾りには、金バッジと作と印されたバッジが並んでいた。
無論、ようむら根拠の無い自信から余裕なのではない。
先輩から【あんたなら大丈夫】という御墨付きを頂いている。
贈られたバッジ、言葉。
それらが、しかめっ面のようむに自信を与えていた。
*
試験の前日の夜。 候補生達は各々がそれぞれに過ごす。
明日の為にと猛勉強に励む者も居れば、明日の為に早めに休む者。
または、緊張感を解そうと何かをする。
そんな中、同じ候補生のようむは、眉を寄せていた。
もはや無用の長物と成った飼育ケースは取り払われては居る。
が、その代わりにと別のモノが部屋に持ち込まれたのだ。
とりあえずと、一冊を手に取って見る。
【初心者の為の園芸】
パラパラとページを捲ればわかるが、畑仕事の本である。
そして、それらはかなりの量が在った。
運んで来た作業員曰わく、贈られたのはのうかりんの蔵書だという。
後継に全てを託すという意味はわかるが、ようむはゆーんと唸った。
「先輩も、結構苦労してたんですね」
今更ながらに、ようむは如何に自ゆんが先輩を頼っていたのかを思い知らされる。
誰かから指示を受け、それを実行するという事は時には辛くもある。
が、裏を返せば自ゆんで何かを考える必要が無い。
ただ、云われるがままにすれば良いのだ。
目標や目的、それを持たない者に取ってみれば、こんな楽な話はない。
だが、今のようむはそうは行かない。
誰に依ることなく、自ゆんで考えて決めねば成らなかった。
後を継ぐとは云うが、生易しい道ではない。
云うことは誰にでも出来るが、実行するとなると覚悟が要る。
自ゆんで云ったことを行うのは、誰に依らず歩く事だ。
それでも、ようむにはその覚悟が在る。
先ずは手始めとして、先輩が残した本を手に取った。
*
試験当日。
年に二回しか行われない特級鑑札に値するのかを試す場所。
其処には、訓練所以外からも多くのゆっくり達が集まる。
中には、個人が育て上げたゆっくりも含まれる。
それでも、加工所出身のゆっくりと成ると一目置かれた。
飼い主を持たず、生易しい生活などとは無縁のゆっくり達である。
その中でも、更に一際異彩を放つのはようむだろう。
胴付きという時点でも目立つが、それだけでは目立てない。
他の受験者の中にも、やはり胴付きは居る。
にも関わらず、抜きん出て目立つのは、ようむの風格に在った。
自ゆんでは気付いて居ないが、今のようむは、抜き身の刀にも見える。
選り抜かれ、焼かれ、鍛えられ、研ぎ澄まれる。
ソレは、捕食種ですら畏敬を抱きたくる様な何かをようむに纏わせた。
歩いて来た道が、自然と体から滲み出ていたと言える。
とは言え、本ゆんからすれば、そんな事はどうでも良く、今は試験に受かる事だけを想っていた。
多少周りからチラチラと見られている様な気もするが、今更動じるようむではない。
「本日お集まりのゆっくりの皆様! もう直ぐ試験開始と成ります! 各自、用意されたバッジを着用してください」
試験を取り仕切る係員の声に、ようむは素直に従った。
焦りは無く、恐れも無く、立ち居振るは寧ろ優雅ですら在る。
ようむも気付いては居ない事が一つある。
身姿こそ違っても、今のようむは、師であるのうかりんに酷似していた。
*
静まり返った試験会場。
その中で、係員は腕時計をチラリと確認する。
「……はい……それでは、始め!」
係員の声を合図に、受験者が一斉に学科試験を始める。
勿論、その中にはようむも含まれているのだが、顔が違った。
目を血走らせ、答案用紙を睨む者も居る中で、ようむは余裕を崩さない。
学科試験自体は、訓練所にて嫌という程に反復練習と予習をさせられた。
ようむの余裕を生むのは、経験にこそ在る。
加工所で行っていた【外仕事】に比べれば、試験の緊張感など無いに等しい。
何せペンを持って問題に答えるだけだ。
同族殺しをするよりは、ずっと気が楽であった。
*
「学科試験は以上と成ります。 引き続き、昼食と成りますが、コレも作法の試験と成ります! 始まるまでにトイレなどは予め済ませて置いてください!」
五科目の学科試験が終わり、次に何をするのかを係員が告げる。
僅かの休みの間、受験者は用を済ますなり、他の受験者と交流を持とうとする者も居た。
加工所出のゆっくり達も、仲間と話に行く。
そんな中、ようむは特に誰かと関わろうとはしなかった。
何故なら、疲れて居らず、寧ろ退屈だとすら感じて居る。
「先輩も、こんな気分だったのかなぁ」
窓の外へ目を向けながら、ようむは今は居ない先輩を想う。
試験がどうのこうのよりも、果たして先輩は母と和解出来たのか、それの方が余程ようむにとっては気になる事だった。




