訪問者
のうかりんの声に、ようむは来客を見直す。
確かに、見てみれば両ゆの顔は親子である事を示している。
互いにゆうか種なのだから、当たり前だと言えばそうだろう。
が、片方は苦い笑みであり、片方は苦虫噛み潰した顔をして居た。
親子の対面。
それは、在る意味感動的な場合も在るが、ようむが見ているソレはお世辞にもそうは見えない。
親と子、互いに難しい顔を見せ合っていた。
「……暫く、見ない内に、ずいぶん立派に成ったじゃない」
「何しに来たの?」
先に話を始めた親の声を遮る様に、のうかりんは声を被せる。
それは、親に向けるモノとしては硬い。
だからか、のうかりんの母親であるゆうかは目を伏せた。
「世間話しに来た訳じゃないんでしょ? 用は何?」
押し黙る母に、のうかりんは話を促す。
子供の声冷たいからか、ゆうかは苦く笑った。
「やっぱり、恨んでるんだ……」
その声は、自ゆんを罰する様でもある。
ようむはのうかりんの全てを知らないが、母親との確執らしいモノが在るのは伝わる。
母親の声を聴いたからか、のうかりんが鼻で笑う。
「別に、そんな事どうだって良いんだけど? で、何しに来たの?」
普段ならば、大人びたのうかりん。
だが、この時ばかりは親に噛み付く様な勢いが在った。
「こんな事を、頼めた義理じゃないのは分かってるけど、戻って来れない?」
頼み事をしに来たらしいが、のうかりんの反応は芳しくなかった。
口は笑っているが、目が笑って居ない。
「なに? もしかしたら、今更戻って手伝ってなんて云いに来たの?」
言葉は質問の形ながらも、のうかりんは確実に親を咎めて居た。
咎めるその理由は、ようむにも分かる。
今でこそ、のうかりんは特級鑑札持ちであり、押しも押されぬゆっくりである。
だが、其処に至るまでの道のりは、生易しいモノではない。
ヤスリが敷かれた道を、必死に這いずって行くに等しい。
最初こそ、その目は細かいモノで済む。
だが、進めば進むほどに、目は粗くなり、傷は増していく。
進めば進む程に、体は擦られ、道半ばで消えていくゆっくりは少なくない。
それは、ようむも自ゆんの目で見て、肌で感じていた。
「今まではさ、全部私独りでやってきたんですけど?」
出来る限り柔らかい言い方をするのうかりん。
だが、言葉の強さや言い方から、本心が滲み出ている。
【親は勿論、今まで誰も頼った事も無いのだ】と。
訓練所に入ってから、孤独に苛まれながらも、それを堪えた。
如何なる苦境にも耐え、負けずに立ち上がった。
だからこそ、自ゆんは此処に居る。
ようむにも、自ゆんを育てた教官の怒る気持ちは分かる。
子供から責められても、母親は何も言い返そうとしなかった。
叱責を受けても、当然であるかの如く押し黙る。
そんな親を見て、のうかりんは目を見開いた。
「襲われて出来た子供だからって捨てた癖に! 今更戻って来いなんて虫の良いこと云わないでよ!?」
我慢強い者でも、時には感情の揺さぶりによって漏れないモノが漏れ出る。
のうかりんの必死な声に、ようむは事の次第を悟った。
何故、のうかりんの母親は子供を加工所へ預けたのか。
そして、何故のうかりんが良い条件全てを蹴ってまで、同族狩りに拘り続けるのか。
自ゆんは母親から捨てられたんだ、と。
そう思いこんだのうかりんだからこそ、ソレを払拭する為に同族殺しに明け暮れた。
捨てられた側から見れば、親を恨む気持ちは理解も出来る。
同時に、母親であるゆうかの気持ちもまた、ようむはわかってしまった。
望んでないにも関わらず、子供を預けられた経験は在る。
子供だからと何とかしてやりたい気持ちが在っても、憎しみが時には上回る。
育ててやりたいが、同時に殺してもやりたい。
自ゆんの全てを投げ打てば、或いは可能かも知れないが、出来る者は多くはない。
そのせめぎ合いに耐えられず、結局はゆうかは子供を加工所へ預けた事は理解も出来た。
憎いが、同時に愛しい我が子でもある。
もしかしたら、生き延びる事を信じて可能性に賭けた。
身勝手かも知れないが、ソレは誰もが持っているモノだとようむは経験して居る。
のうかりんにしても、それは変わらない。
寧ろ、本ゆんから云われている。
【お綺麗なだけでは生きて行けないのだ】と。
「じゃ、話はコレで終わり? そろそろ休みたいんですけど?」
一方的にまくし立て、話を終わらせようとするのうかりん。
それは、怒りに任せて逃げようとして居る様に見えてしまう。
母親は勿論、監督官ですらそれに異議を唱える事は躊躇って居た。
そんな険しい空気の中、ようむが先輩へ近寄る。
かつて、共に働いた先輩の声が、背中を押した様な気がした。
【突っ張っても、何も解決しないよ】という助言。
それを、ようむは忘れては居ない。
「……先輩。 お母さんを許してあげてください」
ようむがそう頼むと、のうかりんは目を丸くする。
そして、ゆうかも監督官また、ようむを驚いた目で見た。
「は? なに、急に?」
戸惑いを隠せない先輩に、ようむは更に寄る。
「先輩とお母さんにはいろいろ在るんでしょうけど、許してあげられませんか?」
「あんたさ、急に何を言い出す訳? その前に、関係無いでしょ!」
似た様なゆっくりである、のうかりんとようむ。
だが、実の所似ている部分が在るだけで全く違う。
「自ゆんには、もう親は居ません」
ようむがそう打ち明けると、のうかりんがウッと唸った。
「その親だって、馬鹿だった自ゆんのせいで永遠にゆっくりしました。 だから、ようむは、もう謝ったって許しても貰えないんです」
過去の失敗を思い出すのは辛い。
それでも、まだのうかりんは報われる可能性を持っている。
「でも! 先輩は違うんじゃないですか?」
「何がよ?」
「野良を片付けて回るのだって、誰かに、いえ、お母さんに認めて欲しいからじゃないんですか?」
「は!? 何あんた余計な事云ってんの!?」
声は張るが、それは虚勢であるのはようむには分かる。
誰よりも、一番近くに居たからこそ、気付ける。
「もう、良いんじゃないですか?」
そう言いながら、ようむは恐れずのうかりんの目を見た。
教官の言い方を真似るなら【あんたはまだ許してやれる】と叫びたい。
ようむの声に、のうかりんは必死震える唇を噛んでいた。
そうしなければ、何かを云いそうに成るからだ。
それを必死に堪える様に、耐える。
場の空気が固まる。
「ごめんね、おチビ。 全部、お母さんが悪いから。 あんたは悪くないよ」
固まった場の空気を動かしたのは、そんな詫びの音。
母が、子であるのうかりんに許しを乞うた。
恐らくは、今の今まで決して出なかったで在ろう言葉。
そんな一言が、のうかりんを震わせる。
顔を歪めると、何も云わずに監督室から出て行ってしまった。
「……先輩!?」
バタンと閉じるドアに慌てるようむだが、止める間も無かった。
余計な事をしてしまったのかと、肩を落とす。
「すみません。 出過ぎた真似を」
今度は、ようむが母親と監督官へ詫びる。
部外者の癖に、余計な真似仕出かしてしまった。
謝るようむに、母親が身体を左右へゆったりと振った。
「良いの。 だって、貴方のお陰で……私、ようやくあの子に謝れたから」
そう言うと、母親は微笑むが、その笑みはのうかりんに良く似ていた。
ようむに声を掛けた後、母親は今度は監督官の方へ体を向ける。
「……すみませんでした。 せっかく、こんな機会を与えて頂いたのに」
監督官も、応じる様に頭を下げる。
「いえ、此方こそ申し訳在りません。 彼女をお預かりして置いて、この様な結果に成ったのは、此方の手落ちです」
「お心遣い、痛み入ります」
互いを言葉を交わした後、監督官はようむを見た。
「君も済まなかったな、候補生……いや、ようむ」
何時もの管理者としての立場ではない、男の声。
それは、普段とは違うモノである。
「さて、こんな時間だ。 今からお帰り願うというのも難しい」
そう言うと、男はようむと目を合わせる。
「ようむ」
「え、は、はい!」
「済まないが、急遽宿泊先を用意するのは難しい。 だから、このお客に君の部屋を貸してやって欲しいんだ」
ポンと出されたお願いに、ようむは戸惑う。
が、幸か不幸か、部屋にはゆっくり用のケースが在る事を思い出す。
「あー、それは、構いません……けど」
「ごめんなさいね、ご厄介に成って」
有無を云う間も無く、事が決まった。
*
「狭いですけど、どうぞ」
そう言うと、ようむはのうかりんの母親部屋へと招いた。
「ありがとうね、ようむちゃん」
のうかりんと同じ顔にそう言われると、何ともむず痒いモノがある。
とりあえず、ようむは来客に椅子を勧めるべきか迷う。
が、普通のゆっくりに椅子は使い辛い。
「えーと、とりあえず、ケースしか無いんですが」
「はぁ、最近は立派なのが在るんだねぇ」
見た事もないのか、ゆっくり用の飼育ケースを見て、母親は感想を述べた。
元々が最高級の品だけ在り、来客用としても申し分ない。
が、以前の住ゆんを考えると、おいそれと勧め難い。
「えーと、とりあえず何か飲み物でも……」
ろくに家具も無いが、一応は小型の冷蔵庫は在った。
その中には、多少のモノは在る。
候補生用の部屋を物珍しく見ていた母親は、ふとようむを見る。
「それも良いんだけど、ようむちゃん」
「はい?」
「もし良かったら、あの子の事を……教えてくれない?」
またしても急に出される注文に、ようむはウーと唸った。
「自ゆんは、それ程詳しくは……」
「何でもいいの、お願いよ」
親子故か、押しの強い所はそっくりだとようむは感じた。
それから暫くの間。
ようむとのうかりんの母親との質疑応答が続いた。
本来ならば、勝手に他ゆんの事を明かすのは宜しい事ではない。
が、今のようむは金バッジであり、其処までの責任を負っても居なかった。
加工所で、子供がどんな事をして居るのかを聴いた母親は、感慨深げに唸る。
「……そっか、あの子、そんな風な生活してたんだ」
「余り、驚いて居ませんね?」
話した側であるようむが尋ねると、母親は苦く笑う。
「だって、私とおんなじ様な事してるんだもの」
「同じ、ですか?」
「うん、そう。 私もね、此処ほど立派じゃないけど、人間さんに雇って貰っててね、それで……」
饒舌に話していたと思った母親だが、口を閉ざす。
畑弄り以外に、何をして居るのかに付いては話す気は無いのだろう。
だが、言わずもがなでようむにはわかってしまった。
のうかりんと母親は、お互いに瓜二つなのだ、と。
「……あっと、そろそろ、寝ます?」
壁の時計をふと見たようむの声に、母親はウンと頷くが、チラリとようむを見た。
「あの、ようむちゃん」
「はい、なんですか?」
「変なお願いしても、良いかしら」
首を傾げるようむに、母親はバツが悪そうな顔を覗かせる。
「もし、良かったら……その、一緒に寝てくれない?」
そんな来客の願いは、正に意外なモノであった。




