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ゆっくりの価値とは  作者: enforcer
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嘘と本物と


 部屋に戻るなり、ようむは必死に頭を捻ったが、結論が出なかった。 

 自ゆんよりも長い付き合いの筈の監督官ですら、のうかりんの全てを把握している訳ではないという。


 であれば、遥かに短い付き合いのようむには答えが出せる筈もない。


「寂しい……かぁ」 


 ベッドに横に成りながら、そう呟くようむ。

 今まで、そんな感覚は忘れていた。

 試験の勉強や作業に忙殺され、他の事を考える余裕も無かったのも在る。 


 ふと、チラリと目を向ければ、未だにゆっくり用の飼育ケースは残されていた。

 しかしながら、其処に住むべき者は居ない。

 

 掃除は終えた為に、臭いは無い。


 互いに名乗りもせず、尊敬すらも抱かなかった。

 

 監督官に連れられて行ったあの子ゆはどうなるのか。

 それを考えようとした所で、止める。


 ようむにしても、煩い子ゆを片付けようとした事に間違い無い。

 自ゆんの手が汚れなかっただけ、良かったと思えてしまう。


 余計なモノが無くなれば、別の事を考える余裕が生まれた。

 子ゆ繋がりで思い出すのは、出先で見た街ゆっくりの子供。


 もし、今ケースの中に居るのがあの子ならどうなるのか。

 そう思った途端に、ようむは在ることに気付く。


「……あ、そっか」


 こうして個室こそ与えられては居ても、ようむもまた飼われていた。

 のうかりんという飼い主に。

 

 勿論、あの煩い子ゆとの違いも在る。 


 素直に従うからこそ、可愛がって貰えている。 

 従順なようむに、それを飼うのうかりん。


 認めたくはないが、それが今のようむの立場であった。

 

   *


 翌日。 ようむは朝から快調な事に気付く。 

 煩い同居ゆっくりも居らず、疲労も無い。


 疲労の回復に関しては、昨夜のオレンジジュースが利いていた。

 そして、煩わされる事がなければ寝不足でもない。


 久し振りの、清々しい朝であった。


 とはいえ、如何に目覚めが素晴らしかろうが、候補生の生活は楽には成らない。

 朝食を終えた後には、ほぼ昼までぶっ通しで座学が始まる。


 弱音は勿論、楽観論を吐いている暇も与えられない。

 この時ばかりは、ようむも他の候補生達に混じり真剣に授業を受けた。


 そうして、午前中が終われば、次は午後の作業。

 昨日が忙しかったから、今日は休みとは成らない。


 他の候補生達から離れ、ようむはもう慣れた様に歩く。

 申請すれば、或いは違う仕事をもらえるかも知れないが、ソレでは借金は減らない。

 

 そして何よりも、のうかりんはようむに取っては命の恩があった。

 監督官からも云われている。

 

 少しは自ゆんで考えろ、と。


   *


 仕事場と化した農場へたどり着くようむ。

 其処には、当たり前の様にのうかりんが居た。


 声を掛ける前に、先ずはよく見てみる。


 端から見ている分には、麦わら帽子を被ったゆっくりが畑仕事をして居る、としか見えない。

 だが、よく見てみれば見えてくるモノもある。


 授業として、誰かに教える場合も無くはない。

 街ゆっくりなどを訓練も、加工所が行う時もあるからだ。


 それらが無い時。 のうかりんの周りには誰も居ない。


 加工所自体も本来の職務はゆっくりの加工である。

 この農場は、あくまでも実地研修としての場であった。

 だからこそ、のうかりん以外に其処には誰も居ない。

  

 帽子の広いツバに隠され、顔は見えないが、どことなく、寂しい光景。


「ちょっと、そんな所で突っ立ってないでさ、手伝いなよ」 

 

 ぼうっと見て居たようむに、そんな声が掛かる、

 どうやら、のうかりんはとっくに気づいていたらしい。


「ぁ、はい!」


 慌てて、ようむは作業へ入った。


   *


 共に作業をして居るからこそ、分かることも在る。

【外仕事】が入らない限り、のうかりんは別の顔を晒さない。

 見たまんまに、やけに若い【農家のオバチャン】という風情である。


 態度に棘が在る訳でもなければ、声を荒らげたりもしない。

 おっとりとして、のんびり屋である。


 そうなると、益々ようむには疑問が湧いた。

 果たして、どちらがのうかりんの本当の顔なのだろうか、と。


 外仕事で見せる残酷かつ軽薄な顔が本物か。

 それとも、今見える穏やかで暖かい顔なのか。


 矛盾する2つの顔を、のうかりんは持っていた。


「ねぇ」

「え、は、はい!」


 急に声を掛けられ、ようむは身構えてしまう。

 すわ、何かしてしまったのかと。


 が、スッと上げられるのうかりん顔に険は無い。

 其処には、ただ柔らかい微笑みが在った。


「一段落着いたし、ちょっと、休んじゃいましょ」

「……はぁ」


 意外な声に、ようむは応じた。

 農場の管理については、ほぼのうかりんが一任されているらしく、誰かが何かを云ってくるという事はない。


 だからこそ、のうかりんの裁量で休憩しても問題は無かった。


「はい、どーぞ」


 そう言って、ポンと出されるのは茶である。

 缶入りのそれを見て、ようむは唸った。


 ごく当たり前の様に出される茶だが、基本的にゆっくりは無縁のモノだろう。


 缶入り飲料など、下手すれば生涯口にする機会は無いかも知れない。

 その筈が、簡単に出て来て。


 人間さんと同格の扱いをされているからこその賜物だろう。 

 ジッと缶を見るようむに、のうかりんがゆんと鼻を唸らせる。


「あら、ジュースの方が良かった?」

「あ、いえ、いただきます」 

 

 慌てて缶を持ち、封を切る。

 その上で、ようむは横目でのうかりんを窺っていた。


 良く知っている気になって居たが、もはや何がなにやらとわからない。

 

 昨日見せた顔とは違う顔。 その内、どちらが本当のなのか。


 そうこうして居る内に、今度はのうかりんの目がようむに向けられる。

 厳めしさは無く、困った様な目。


「なぁに、さっきからジロジロ見ちゃってさ、なんか付いてる?」

 

 言葉から所作に至るまで、演技をして居る風は無い。

 同一のゆっくりなのかを疑いたくなる程であった。


 途中から入れ替わったかの如く、落差が激しい。


「いえ、何でもないです」

「ふーん? まぁ、それは良いけど……」


 思わせ振りな声に何か在るのかと思うようむ。 

 のうかりんは何かを思い付いたらしい。


「そう言えばさ、あのチビどうしてる? 元気?」


 世間話のつもりなのかはわからないが、振られた話題はようむに取っては答え辛いモノだった。

 端的に云ってしまえば【知らない】である。

 監督官が持って行ってしまった以上、どうなのかを知る由もない。


 問われたようむは、何も云わずに押し黙ってしまった。

 そんな教え子に、のうかりんの目は細くなる。


「まぁ、別に潰しちゃったんならしょうがないけどね」


 その言葉は、のうかりんの同族殺しへの価値観を現していた。

 同じゆっくりであっても、大して気にした様子も無い。


「……どうして、そう思うんです?」


 恐る恐る尋ねると、のうかりんは首を傾げた。


「ん? だって、プロのブリーダーの人間さんだって無理だよ? そりゃあ、お金を貰えればちゃんと矯正もするだろうけどね。 でも、お給料も出ないのに馬鹿の相手するなんて、それこそ無駄でしょ?」 


 多少成りとも、ゆっくりを飼ったようむにもそれは分かる。

 あの子ゆは、どう足掻いてもマトモに成れるとは言い難い。

 

 持って産まれた性格を変えるには、余程の事が無ければ不可能だろう。

 それこそ、ようむ自身が体験した事の様に。


「で、どうする?」

「はい?」

「だからさ、生きてるなら別に良いけどぉ、駄目なら新しいの飼う? 無理して馬鹿の相手するなんてつまんないよ?」


 思わずポカンとしてしまうようむに構わず、のうかりんは笑った。

 但し、今度の笑いは先ほどまで見せていた柔らかいモノとは違う。


「だってさ、野良なんてそれこそ本当に掃いて捨てる程居るからね」


 野良という単語に、ようむの顔がしかめた。

 今でこそ、加工所に所属する金バッジゆっくりではある。


 が、出自に関しては野良であった。


「あ、ごめんなさい。 あんたをバカにするつもりは無いから」

「いえ、大丈夫です」 

「でもね、本当だよ? 飼ってみてわかったでしょ?」


 弁明のつもりなのかはともかくも、ようむもある程度は理解はして居た。

 賢く成ったが故に、同族の愚かさと、過去の自ゆんがわかってしまう。


 もしも、今の知性が在ればと想うが、過去は過去であった。


「ま、ほら、あんただって今は金バッジじゃない? 自慢して良いんだよ? ソレ貰えるゆっくりなんて、ホントに少ないんだから」


 誉められれば、悪い気はしない。 それでも、ようむは知っても居た。

 ゆっくりが一つ金バッジを取るのと引き換えに、どれだけの量のゆっくりが犠牲に成るのか、計り知れない。


 缶を握り締めたまま、押し黙る教え子に、のうかりんはフフンと笑う。


 からかい過ぎた所で、何か云ってやろうかと思った途端、農場へ作業員の青年が駆け込んで来た。

 

「すみません! 今、お時間大丈夫でしょうか?」


 作業員の慌てた声に、のうかりんはフゥと息を吐くと立ち上がる。


「はーい、大丈夫ですよ……ね?」


 返事を返しながら、ようむへと声を掛ける。

 その意味は、もはや言わずもがなであった。


「……はい」


 持っていた缶をソッとベンチに預けると、ようむも立ち上がる。


 のうかりんも語って居たが、野良ゆっくりの繁殖力は旺盛であった。

 元々が多産多死というゆっくりではあるが、逆に言えば環境さえ整ってしまえば爆発的にその数を増やす事がある。


 それがそもそも、加工所が発足された理由でもあった。

 冬を除く時期など、1日に数十件の依頼が入ることも珍しくは無い。

 

 そうして、人間の作業員が足りない際、そのお鉢が回る。


「はい行くよ、お仕事お仕事!」


 意気揚々と加工所を出て行くのうかりんの後ろで、ようむはマスクを被る。


 嫌々で在ろうとも、今のようむは教官に付いて行くしかなかった。

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