道しるべ
監督官の後をついて行くようむ。
実のところ、僅かとはいえホッとしていた。
下手をすれば、ろくに抵抗も出来ない子ゆっくりを潰していたかも知れない。
それでは、自ゆんの為だけに街ゆっくりを襲った下衆と大差は無い。
大義名分無しにそれをやれば、もはやソレは道を外れた外道に堕ちる。
では、偶然に監督官がようむを止めたのかと言えば、それは違った。
候補生の区画には、自主性を保つ為に監視カメラ等は無い。
と想われているが、実情は違う。
文明の進歩によって、機械はだいぶ小型化が進んだ。
その結果、ほぼ気付かれない様に小型のモノが設置されている。
ソレによって、実際には24時間候補生達は監視されていた。
何故そうなのか、それは価値ある商品を護るための処置である。
加工所という名が示す通り、訓練所もまた加工の場と言える。
商品の品質を保つのも、監督官の仕事であった。
*
昼間は人間でごった返す加工所も、夜に成れば顔を変える。
居た筈の人間は帰宅し、ガランとした雰囲気を醸し出していた。
「この時間なら、誰も居ないから良いだろう」
施設抜け出し、監督官がようむを連れてきたのは、施設内の休憩区画である。
業務の内容を覆い隠す為に、施設内は可能な限り綺麗な造りが為されていた。
観葉植物や歩行路など、下手な公園顔負けである。
本来ならば、ゆっくりを施設内から出すのは御法度だが、バッジ付きの候補生とも成れば逃亡の恐れは無い。
「ま、立ち話もなんだ。 とりあえず、座ろうか」
そう言うと、監督官はベンチに腰掛ける。
座るように促されたようむも「失礼します」と座った。
胴付きだからこそ出来る、座るという行為。
普通のゆっくりでは、ベンチに乗るという方が正しい。
初めて出逢った頃より、だいぶ変わったようむではあるが、その顔は余り変わって居なかった。
若干ムッとしている様なしかめっ面。 それを見て、監督官は苦く笑う。
「考えて見れば、君はずっとそんな顔をして居るな」
そう言われたようむは、眉をハの字にした。
「……すみません」
「謝らなくて良い。 咎めている訳じゃないんだ」
そう言うと、監督官は持参したらしいペットボトルを差し出す。
「どうも」
人間から何かを受け取る事に躊躇いは在るが、それでも受け取る。
ソレは、在る意味ようむの監督官への信頼度を現していた。
「さて、わざわざ夜風に当たりに君を誘った訳ではない。 早速だが、本題に入ろう」
そう言うと、監督官は息を吸い込む。
「正直な所、私は君が何をしたいのかがわからない」
「……はい?」
質問の意図がわからないようむに、監督官は首を捻る。
「皆、誰に限らず何かをするには目的が在るモノだ。 それに届くかどうか別の問題だがね。 其処でだ、君は、何をしたい?」
監督官の言わんとして居る事はようむもわかった。
世の中の生き物達にはそれぞれ何かしらの生きる理由、そして、目的が在る。
無論、それら全てが叶う訳ではない。
それでも、叶えようと抗い続ける。
だが、多くは諦めて道を反れていく。
訓練所のゆっくり達にしても、特級鑑札を求めながらも、道半ばに諦める。
金バッジでも十分だろう、と。
妥協もまた、生きていく上では重要な事でもあった。
誰しもに限界は在るのだから。
だが、ようむにはソレが無い。
何をしたいのか。 前にも問われたが、結局は答えられなかった。
もし、その辺に転がる野良ゆっくりにでも尋ねれば、直ぐに答えるだろう。
ゆっくりしたい、と。
では、ようむもそうかと云われれば、違った。
今まではがむしゃらに走って来た。
そして、今自ゆんが何処へ行けば良いのかもわからない事が分かる。
「わかりません。 ようむは、何をしたら良いんでしょう」
困った様な声に、監督官は悟った。
何故この無愛想なゆっくりに、特級鑑札持ちであるのうかりんが必要以上に構うのかを。
手間暇、そして金銭を惜しまず、ようむに手を掛ける。
道に迷う者が居れば、導くのは難しい事ではない。
迷う者は【コッチへおいで】と誘われれば、容易くついて来るからだ。
事実、今のようむはのうかりんの子飼いと言っても過言ではない。
嫌々ながらも、ようむは確実にのうかりんの後へ続いている。
「そう言えば、君を此処へ招いたのも、のうかりんだったな」
監督官がそう言うと、ようむは少し頷いた。
「はい……教官には、感謝して居ます」
「そうか、では、このまま彼女に付いて行くのか?」
尋ねられたようむは、少し俯く。
恩義が在るのは間違い無いが、だからといって全てを委ねるべきかどうか。
今のままが良いことなのか迷いは尽きない。
「……今は、貸しが在りますから」
言葉から分かるのは、ようむは嬉々として居る訳では無いという事だった。
仕方なく、という風情。
だが【仕方なく】という事も、時には大義名分足り得る。
特に、自ゆんの明確な目的が無い場合は特にそう言えるだろう。
仕方なくやっている。 仕方なく付いて行く。
そして、のうかりんは確実にようむをそう導いていた。
ようむの言葉を聴いた監督官は、ウンと頷く。
「彼女が、そうする理由を知っているか?」
「え、いえ……知りません」
物事には必ず理由が在り、何も無いという事はない。
時に他ゆんからは見えてないだけだ。
しかしながら、実のところ長い付き合いである監督官は、それを知らなかった。
のうかりんの近況をつぶさに見ている事でようやく理解出来たと言える。
「かく言う私も、最近に成ってようやく知ったんだ。 その理由をね」
本来ならば、他ゆんの私事を明かすべきでは無いかも知れない。
それでも、監督官は商品を預かる立場である。
「その、わけって何です」
「彼女はね、寂しいんだと思うんだ」
監督官が言った言葉だけならば、ようむにも分かる。
誰しも、寂しさを感じる時はあるだろう。
とは言え、ようむにはとてもそうは思えない。
特級鑑札にして、加工所の職員というゆっくりとは思えないのうかりんである。
勝手に生えてくると云われる程に多いゆっくりでも、其処まで辿り着けた者はまず居ない。
「そんなの……」
「馬鹿げて居るかね?」
「……いや、いえ」
反論しないようむに、監督官は笑う。
「候補生。 いや、ようむ。 此処では、別に気にしなくて良い」
唐突な声に、ようむは目を丸くした。
訓練生や候補生として扱われ来たが、個ゆんとして呼ばれた事がない。
「おっと、君のそんな顔も初めて見たな」
ポンと云われたようむだが、目が忙しく泳ぐ。
訳のわからない感覚に、ようむ自身が戸惑ってしまった。
グルグルと頭の中で何かが駆け回り、考えが纏まらない。
「え、や、あの、えと……」
訳のわからない感覚に揺さぶられるようむだったが、どうにか落ち着いた。
ようむが落ち着いてから、監督官は息を吸い込む。
「とにかく、話を戻そう」
そう言う声に、ようむは何故だか残念という感覚を覚えた。
何故そうなのか、ソレも分からない。
「どうして、監督さんは教官が寂しいってわかるんですか?」
「それについては先ほども云ったが、私も最近ようやく気付いた。 何故、彼女だけが此処に留まろうとするのかをね」
そう言うと、監督官は自分の分のペットボトルの蓋を開け、一口呷る。
喉を潤し、話を続けた。
「無論、彼女の口から聴いては居ないのだから、コレは私の勝手な想像かも知れない。 それでも、彼女は、誰かに必要とされたいんだと思う」
そんな声を、ようむは疑問に感じたのかいつものしかめっ面に戻っていた。
「なんで、そう思うんです?」
「以前の話だが、彼女はずっと金バッジで留まっていた時期が在るんだ」
コレに付いても、やはりようむには疑問だった。
監督官の話が嘘でないならば、のうかりんはずっと特級鑑札を取ろうしなかった事になる。
全てのゆっくりが、欲しがっても得られない栄光を、だ。
遥かに上の筈の【にんげんさん】とほぼ同格に扱って貰える。
それは、ゆっくりにとっては目標を通り越して夢に近い。
願った所で、決して叶うことの無い幻想。
それに手が届くのに、のうかりんはそれを取らなかったという。
「自ゆんには、やっぱりわかりません。 なんでそんな……」
唸るようむに、監督官は笑う。
「簡単だ。 そうしていれば、誰かから必要とされたからだ。 だからこそ、彼女は嬉々として金バッジで留まっていたんだと想う」
「でも、今は」
男は頷く。
「そうだ。 今、のうかりんはプラチナバッジだな。 だがな、それも理由が在るんだ」
「どんなです?」
「君が此処に入る前に成るが、とあるゆっくりが入ってな。 その子は、君の様に拾われ、プラチナバッジを取ろうとしていた」
昔を懐かしむ様な声に、ようむは聞き入る。
「その子は、希に見る努力家でな、瞬く間に階段を駆け上がった。 あっという間に金バッジまでを拾得して、特級の試験までも受ける事に成ったんだ」
「取れたんですか?」
続きを促すようむに、監督官は頷く。
「ああ、結果的に言えば、取った。 だからこそ、のうかりんも焦ったんだと思う。 あぁ、後輩なんかに抜かれて成るものか、とね」
昔の話しながらも、ようむに取ってそのゆっくりは偉大に思える。
「……凄い、先輩も居たんですね。 でも、そのゆっくりが何か関係してるんですか?」
昔に凄いゆっくりが居た事はわかる。
だが、ソレが果たして今とどう繋がるのかがようむには分からない。
「ん、だから云っただろう? その子は、文字通り駆け抜けて行ってしまったんだ。 それこそ、誰の手も借りず、立ち止まりもせずにね。 此処を卒業する際など、のうかりんですら寂しそうな顔をして居たよ」
そう言いながら、監督官はようむと顔を合わせる。
「卒業生の皆が此処を離れて行く中、のうかりんだけは此処に留まろうとする。 其処で、彼女は君を拾ったんだ」
「……はい」
ふと、監督官は袋を持ち上げてみせる。
その中には、未だに麻酔で眠らされた子ゆっくりが入ったままである。
「だからか、こんな事をしてまで、君を近くに置こうとしてるんだ」
苦い監督官の声に、ようむは先ほどから感じていた疑問の答えを知った。
何故、のうかりんが必要以上の手間暇を掛けてまで、ようむに構うのかを。
「恐らくは、彼女は自ゆんでも気付いて無いかも知れない。 それでも、寂しいからこそ、なんとかしたいんだろうな。 誰かに側に居て欲しい。 それこそ、どんな手を使ってもだ」
賢く成ったからこそ、ようむにも監督官の話は理解できる。
理解できるが、だからといって何か出来る訳ではない。
事を理解したとはいえ、それは解決に繋がっていないからだ。
「あ、でも、自ゆんはどうしたら?」
悩むようむに監督官は立ち上がる。
「まだ、何とも言えないな。 私もなんとかしてみよう。 が、それだけでは足りない。 君は君なりに何とかしろ。 それだけの事を考える頭は与えたつもりだ」
そう言うと、先に監督官は帰ろうとする。 勿論、袋を回収しながら。
「あ、えと、ソレ……」
「特級鑑札候補生なら知ってるだろう? 他の候補生の邪魔をしてはいけないという規則ぐらいはな。 コレは、没収する」
立ち去る監督官に、ポツンと残されてしまったようむ。
考えろと云われても、やるべき事は未だに山積みである。
試験への勉強もだが、のうかりんからの借金返済。
考えるだけでも頭が痛くなり、疲労が重なる。
其処で、ふとようむは手渡されていたペットボトルを思い出す。
何気なしに封を切り、ぐっと飲む。
監督官がようむに土産と渡したのは、オレンジジュースであった。
等級が高いモノだけあって、それはようむの身体に染み入る。
「……はぁ」
程よい酸味と心地よい甘味が、ようむの疲れを癒してくれた。




