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ゆっくりの価値とは  作者: enforcer
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救いようの無い者


 長かった1日が終わり、ようやく宿舎へと戻る事が出来たようむ。 


 色々在ったが、せめて自ゆんの部屋プレイスに帰れば気が休まるのではないかと期待をする。

 

 だが、いざ候補生の区画に戻って見れば、其処には他の候補生達が待っていた。


 普通の饅頭体型から、胴付きまで居るが、特徴としては全ゆんが金バッジや銀バッジ保持者である。

 様々な種の混合ながら、どのゆっくり達も選り抜きなのは間違いない。


 問題なのは、そんなゆっくり達が集まっているという事だった。


 何事かと、ようむが近づけば、ゆっくり達が気が付く。

 向けられるのは、好意的な視線ではなかった。


「……あの、どうかされたんですか?」


 何かマズい事でも在ったのかと、恐る恐るようむは尋ねる。

 すると、候補生の一ゆが舌打ちしながらも、近づいてくる。


「あのさ、部屋になんか居るでしょ?」


 そんな質問だが、勿論ようむには心当たりが在った。

 部屋に子ゆを飼う為のケースが在るのは忘れてはいない。


「はい。 子供が居ます」


 正直に答えるようむに、候補生達は僅かにざわつく。


「えぇ……」「うそ」


 訓練所の規則には【子供おちびを作って良い】という項目は無い。

 当たり前だが、そんな事をすれば即刻資格を剥奪される。


「それ、あんたの子?」


 驚いた様な声に、ようむは首を横へと振った。

 

「いえ、違います」


 自ゆんの子供おちびではないと云うようむに、候補生はハッと鼻で笑う。


「はぁ? じゃあ誰よ? いえ、そんな事どうだって良いんだけどぉ」

「………はい」

「何飼ってるか知らないけどさ、うるっさいんだけど?」


 そう云われたようむは、ハッと成った。


 ケースに入れられて居る以上、子ゆが外へ出る心配は無い。 

 と同時に、それが外に出ない以上、誰も世話をしていない事になる。


 我が儘な子ゆが、大人しく静かにしている保証等は無い。


 それどころか、ようむの知らない内に、他の候補生達に迷惑が掛かっていたらしい。

 

「あんたは帰って来ないし、部屋の中からビービー煩いし、皆も休みたいんだけど?」

 

 咎められてか、ようむは慌てて頭を下げた。


「す、すみません」


 自ゆんが居ない間に起こった出来事にせよ、それの責任は在る。

 何故なら、無理に監督に頼んだのは他ならぬようむ自身であった。

 居ないからといって、責任が伴わない訳ではない。


「……すみません。 気を付けます。 すみません」


 ひたすらに頭を下げる姿に、前に立つ候補生はハァと溜め息を吐いた。

 本音を言えば、この場にて大声で怒鳴り散らしてやりたくもある。


 が、特級鑑札持ちには品格が求められる以上、下手に騒ぐのは宜しくない。

 加えて、ようむ自身も居丈高に成ったりもして居ない。


「……今回だけだからね? 次に何か在ったらさ、私らも黙ってないから」


 ようむにそう釘を刺す候補生だが、無理もない。

 誰もが、遊びで試験に臨んでいる訳では無かった。


 行住坐臥、それどころか、本来持っている筈のゆっくりらしさを捨ててまで、特級鑑札を目指している。


 それなのに、愛想の悪い新入りに休みを潰されては堪らない。

 集まっている候補生は、口にこそ出せずともほぼ全員が同じ事を想っていた。

 

 とは言え、ようむがひたすらに平身低頭で謝っている事から【今回だけは不問】という共通の想いはあった。


 下手なゲスなゆっくりでは、即座に制っ裁が加えられる場合も在る。


 だが、訓練所に集められたゆっくりの多くは、マトモな育ちをしている者の方が少ない。

 並みの人間よりも我慢強さが無ければ、そもそも候補生には選ばれなかった。


「大きなお世話だろうけどさ、あんたも考えなよ」


 渋々と自室に戻って行く候補生。 

 その全ゆんが居なくなるまで、ようむは頭を下げ続けた。

  

   *


 ひとまずは難を避けた。


 だが、それはあくまでも避けただけで、根本的な解決には成っていない。

 自室に慌てて駆け込むと、ようむは何をさて置いても飼育ケースを覗く。


 そして、他の候補生達が激怒していた理由を知る。


 ようむが預かっている子ゆは、泣き疲れたのか眠っていた。

 但し、ただ寝ているという訳ではない。

 

 飼育ケースの至る所に排泄物が在り、然もおトイレには一つとしてされた形跡すら無かった。


 見えることから察するに、ようむという世話役が居ないからか、子ゆは好き勝手に排泄して、その不快さに泣き喚いたのだろう。


 そして、叫び疲れたのから、眠る。

 

 子供(おちび)のやることだから仕方ない。 という理屈は存在する。

 

 頭ではわからなくはないが、ソレはようむには納得出来ない。

 仕事で行った先では、理不尽に晒され、親を失った子ゆが居た。

 虫の息な親の身を案じ、何とかしてくれと泣いた顔がまざまざと頭に浮かぶ。


 それに引き換え、ようむが預かる子ゆはどうか。

 高々おトイレ一つも憶えられずに泣き喚き、他のゆっくりへ迷惑を掛けたという。


 到底納得出来ない理不尽。


 しかしながら、ソレはようむ自身が招いた事だと悟る。

 そもそも、子ゆを飼わせてくれと頼んだのはようむである。


 過程がどうであれ、その結果だけが其処には在った。

 

 このままでは、部屋が臭くなる。

 そう思ったようむは、スッとケースの中へと手を伸ばす。


 掃除をしてやる事は出来る。 だが、それは子ゆの為に成らない。

 ようむが世話をしてやれる時間が少ない事に加え、既に苦情が来ていた。


「……起きて」


 本来ならば、寝ている子供を起こすのはどうかと云うところだが、そんな余裕は今のようむには無かった。

 強く叩かないだけ、ようむは自制心をまだ残している。

 

 揺さぶられ、子ゆは目を覚ます。


「……ゆぴー、ゆぅ? かわいいれーみゅがめをさましちゃ……ぶ!?」

 

 早速起きた挨拶をしようとする子ゆだが、口を塞がれる。

 何とか目玉だけを動かし、何事かを窺う。


 見てみれば、ほぼ無表情のようむが其処には居た。

 普段であれば、しかめっ面だが、この時は能面の如く無表情である。 

 ただ、ようむ自身気付いてないが、前とは違う。


 僅かとは言え、見えない何かをその身に纏っていた。


 それは、経験者でしか有り得ない本物の殺意である。

 頬を膨らませるという冗談半分では済まないモノだ。


「今すぐ決めて。 この場で潰されるか、出したモノを片付けるのか」


 朝とは違う、得体の知れない殺気を放つようむに子ゆの目が潤む。

 僅かずつ涙が零れ落ちるが、取り合わない。


「今までは泣けば誰かが何とかしてくれたんでしょう? けど、もう貴方しか居ないの。 わかる?」


 絶対的な恐怖を知らない子ゆへ、ようむはソレを教えようとしていた。

 泣こうが喚こうが、どうにも成らないことも在るのだ、と。

  

 口を塞いで居ては、答える事は出来ない。 子ゆはただ震えるのみ。

 其処で、ようむは手の力を緩めた。


 解放された子ゆは、静かにようむから離れようとする。


「……しょろーり……しょろーり……にげりゅよ……れーみゅにげりゅよ」


 自覚が在るのか無いのか、そう言いながら、子ゆはようむから逃げ出した。 

 だが、ケースの端に辿り着いた所で、其処からは下がれない。


 必死な顔で、口を噤んで震える。 その様を見て、ようむはようやく悟った。

 世の中には、救いようの無い馬鹿が存在するのだ、と。


 どれだけ手を尽くそうが、救えない者が居る。


 そう思ったようむは、僅かに首を傾ける。  

 このままでは、子ゆの為にも成らず、他のゆっくりの迷惑にしか成らない。

 ならば、潰してやるのも情けではないのかと思えた。


 どれだけ手を尽くしても、本ゆんが変わろうとしなければ始まらない。


 そして、子ゆの態度から変わろうとする意志は微塵も見えない。

 ただ弱さに縋ろうとする甘えしかなかった。 

 悲しいかな、それは他ゆんでは教えられず、変えられない。


「どの道死ぬでしょ? なら……」


 抜いた力を顔へ戻すようむ。 既に散々やった事だと、自ゆんへ言い聞かせる。 

 子ゆが死のうが活きていようが、借金は残る。

 それでも、元を絶てば新たに迷惑が掛かるということは無くなる。


【いっそのこと、潰してやろう】


 楽な生活をさせてはやりたくとも、そんな余裕はようむには無い。

 下手をすれば候補生から外される。

 下衆の道連れに成る気はようむには無い。

 

 後少しで、ようむの手が子ゆへ届くかどうかという時。 

 部屋のドアがトントンと鳴った。

 

 ノックの音で、ハッと我に帰るようむ。

 止めが入らねば、確実に抵抗も出来ない子ゆを潰したかも知れない。


「……はい。 今、行きます」


 すわ、また苦情かと、ようむの顔は苦くなる。

 チラリとケースの中を窺うが、脅えた子ゆが騒ぐ様子は無い。

 少し話す間ならば、静かにして居てくれるだろうと踏む。


 ドアの留めを外し、開ける。


「お待たせしまし……た? 監督さん」   

 

 ようむの部屋を訪れたのは、監督官である。

 中身は見えないが、袋を持参していた。

 

「疲れて居る所済まないな。 今、話せるか?」

「あ、はい。 でも……」


 困るようむに、監督官はチラリと部屋の中を覗く。

 デンと鎮座している飼育ケースに目が止まった。


「ああ、此処じゃなんだと云うなら場所を変えよう。 その前に、失礼する」


 軽く声を掛けてから、監督官は部屋へと入る。

 飼育ケースの前に男が立つと、子ゆが目を輝かせた。


「ゆゆ!? くしょじじい! れーみゅをたしゅけにきちゃんぢゃね!」


 自ゆんが虐待されていると思う子ゆは、そう言う。 

 が、男は別に子ゆを助けに来た訳ではない。  

 ケースの中を見るなり、監督官はため息を吐いた。


 散らばったうんうんとしーしーに、顔をしかめる。


「酷いな。 聴いては居たが、コレではどうにも成るまい」 


 おトイレ一つマトモに出来ないどころか、初対面の人間相手に堂々と相手を罵る。

 とてもではないが、候補生の器ではない。

 

 子ゆが騒ぎ立てる前に、男は持参の袋へと手を入れる。

 出したのは、小さなスプレー缶。

 ソレを、迷う事泣く子ゆへ向けて噴射した。


「ゆ!? にゃにこれぇ……」 


 驚くのも一瞬で、子ゆはコテンと転がると、そのまま眠りに落ちた。

 袋へ缶を戻しつつ、フゥと息を吐く監督官。


「安心しろ。 ただのラムネガスだ。 数時間はぐっすり……と言っても、聞こえちゃ居まいがね」

 

 そう言いながら、男は子ゆを持ち上げると、そのまま持参の袋への放り込んでしまった。

 子ゆへ扱いとしてはぞんざいこの上ないが、今更ようむもソレを咎めない。


「行こう」

「……はい」


 軽い言葉を交わし、監督官とようむは部屋を出た。


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