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ゆっくりの価値とは  作者: enforcer
21/31

時間外労働


 ようむが我を忘れた少し後。 辺りがシンと静まり返る。

 騒ぐ者が居なく成れば、それは必然だった。


 小刻みな呼吸で肩を揺らすようむは、ふと我に帰る。

 其処で聞こえたのは、パチパチという軽い音。


 音の方へと振り返れば、のうかりんが手を打ち鳴らしていた。


「ちょーっと雑だったけど、うんまぁ、及第点かな?」


 教官として見れば、ようむの仕事は【まぁまぁ】である。

 手放しで賞賛は出来ないが、納得は出来る。


 評価をされるようむだったが、気が付くと見えた。


 遠慮無しに潰され、無残な姿を晒す野良ゆっくり達。 

 どれもコレも、ほぼ一撃で息の根を絶たれている。


 それでもようむが嘔吐しないのは、マスクのお陰と言えた。

 死臭は漂っているが、吸い込まねばどうという事もない。

 

「あ、休んで良いよ? 疲れたでしょ? 片付けはやっといてあげるから」


 のうかりんの声に応じる様に後から作業員達が近づいてくる。

 どの作業員も、手に掃除道具を持っていた。


「……すみません」


 ぺこりと頭を下げると、先に戻るようむ。

 本来ならば、後片付けまでが業務ではあるが、いきなり新人に其処までやれという者も居ない。


 自らも片付けに参加しながらも、のうかりんは教え子を見送った。


   *

  

 バスまで戻って来たようむに、職員が気付く。

 マスクで顔は見えないが、その足取りはフラフラとしていた。


「おい候補生、大丈夫か?」

「……はい、平気です」

「それならマスクを取って見せろ」


 職員の指示に、ようむは顔を覆っていた面を取り去る。

 籠もった空気ではない新鮮な空気が肌に触れた。


 中から現れたのは、実に難しい顔のようむである。

 しかめ面は変わらないが、いつも以上に悲痛な色が其処に在った。

 

 職員は、ジッとようむの顔を見る。

 志願したとは理由は知らないが、訓練所の監督官から【見てやってくれ】と頼まれていた。


 何の因果で、同族殺しなどという禁忌を犯すのか。

 ソレはともかくも、職員は息を吸った。


「候補生。 悪いが別の仕事を手伝って欲しい」

「……別のですか?」

「ああ、頼めるか?」


 職員の質問に、ようむは頷く。


「はい」


 今は、何か別の事をして気を紛らわせたかった。


「よし、じゃちょっと付いて来てくれ」


 そう言う職員の後に、ようむは続いた。


   *


 案内された先。 

 其処は、街ゆっくりが寝泊まりする宿舎である。

 勿論の様に【ゆっくり宿舎】という札まで付いていた。


 が、いざ中に入ると其処はただの倉庫である分かる。

 空き倉庫をゆっくり用の入れ物にしただけ。


 ソレが、ようむが感じた感想だった。


 寝食こそ保証されているが、ソレだけ。

 事実として、保護された筈の街ゆ達は悲惨な状況であった。


「いだいよ! だでがだずけでぇえ!」


 野良の襲撃から辛くも逃れた者も居れば、負傷して喚く。

 周りの街ゆ達も気には掛けるが、ろくに打つ手が無く手をこまねくばかり。


 悲惨な様に、胸を痛めるようむだったが、ふと職員から在るモノが差し出された。

 ソレは、ゆっくり用の応急処置道具メディキットである。


「そら、ソレ使って怪我を直してやれ」

「はい!」


 暗かったようむだが、この時ばかりは声を張っていた。

 

 本来ならば、街ゆを治療する必要は無い。

 使い物に成らない個体が出た場合は、それを破棄し新しい者を入れるのが常である。

 だが、職員がようむにそれを任せたのは、彼の人情からだった。


   *


 預けられた道具を抱えて、街ゆ達へ駆け寄る。


「ゆ、ゆゆ!? あ、か、かいゆっくりさんだよ!」


 一瞬は慌てた街ゆ達。 

 すわ、また野良かと慌てたが、ようむのカチューシャに着くバッジを見て、顔を変える。


 そんな声に、他のゆっくり達もようむに気付いた。


「かいゆっくりさん! たすけてねぇ!」

「おちびちゃんが! おねがいだよ!」


 自ゆん達ではどうにも成らないからか、街ゆ達は次々にそう叫ぶ。


「待ってて! 全ゆん見るから!」


 ようむは敢えて強い声で圧した。

 救助が必要なのは分かるが、喚いて居られては助けられる者も助けられない。

 必要なのは、落ち着きである。


 コレには街ゆ達と押し黙るを得なかった。

 

 下手に騒いで仲間が助けられないのでは意味が無い。

 周りが静まったのを確認してから、ようむは処置キットの蓋を開いた。


 滅多に使わない事だが、銀バッジ以上のゆっくりは基本的な応急処置を習う。

 

 それは、優秀な候補生達が何からの負傷を負った際、自ゆんで何とかする為の知識として訓練をされる。

 最も、訓練所では怪我を負う様な授業はまずない。


 それでも、ようむが仕込まれた知識はこの時の為に在った。


 軽傷ならば直ぐに処置は済む。


 軽度の擦過傷や打撲傷程度ならば、オレンジジュースの塗布。

 深い切り傷は、専用の粉末を溶いた薬液にて傷口の癒着を行った。


 此処まで問題無かった。

 教わった知識にて、街ゆ達を助けることは出来た。


 だが、重傷と成ると話しは違ってくる。

 致命的な傷の場合、処置は難しい。


 とてもではないが、専門家であるゆっくりクリニックの医師でもない限り、治療は困難である。

 人間の医者が手を尽くしても、患者を助けられない様に。


 それを知らないが故に、子ゆは必死にようむを引っ張ろうとしていた。


「はやく! おきゃーしゃをみてあげちぇよー!」  


 そんな声に、ようむは子の親の元へ向かう。

 其処に居たのは、既に虫の息のゆっくり。


 このゆっくりが喚かないのは、その余裕が無いからだった。


 軽傷者ほど大きく叫ぐ。 死にたくないと。

 対して、重傷ほど騒がない。 叫ぶ余裕など残されていないのだ。

 

 元々の体格は饅頭体型だったかも知れない。

 だが、運び込まれた際に、ろくな処置はされていないらしく、その身体はすっかりと痩けていた。


 虚ろな目で、絞り出す様な呼吸。 素人目で見ても、危篤状態である。


「おねがいだよー! たすけてあげてよー!」


 必死な子ゆの声に、ようむは親の前で膝を着いた。 

 既に用具は使ってしまい、残りは多くない。


 それでも、何とか治療を試みる。

 

 多少無理矢理に傷口を塞ぎ、残りのオレンジジュースを全部注ぎ込む。

 手持ちが尽きた。


 それでも、治療のお陰かゆっくりの目に光が僅かに戻る。


「……おちび……よかった」


 弱々しい口が、そんな声を絞り出す。


「おかーしゃ! たすかったんだねー! よかったよー!」


 奇跡を信じ、必死に親に身体を擦り付ける子ゆ。

 

 確かに、一時的に親ゆっくりは意識を取り戻しはした。

 とは言え、それはあくまでも仮初めに過ぎない。

 

 根本的な消耗をどうにかしたくとも、もはや手持ちは何も無い。 

 ようむに出来るのは、見ててやるぐらいである。


 子供が無事なのを見て、親ゆっくりはチラリとようむに目を向ける。


「かいゆっくりさん……おねがいだよー……おちびちゃんを……ひろってあげて」


 息を吸い込み、吐く度にそれを言葉に変える。

 既に呼吸が浅いからからは、途切れ途切れであった。


「やだよー! ずっといっじょにいるんだよー!」 


 親の状態を理解出来ない故に、子供はそう叫ぶ。

 それに対して、親ゆっくりは苦く笑った。


「よーくきいてねー……おかーさんは……じゅみょーなんだよー……おちびちゃんのおかげで、ゆっくりできたよー……わかってね……」


 そう言うと、親ゆっくりは無理に笑う。


 死に瀕した際、多くのゆっくりは【辞世の句】と呼ばれる言葉を残す。 

 最も、殆どのソレはゆっくり出来なかった後悔の念を漏らすモノだ。


 満たされなかったからこそ【もっと、ゆっくりしたかった】と。


「おちびちゃん……ゆっくり……していってね~……」


 そう言うと、親ゆっくりは静かに目を閉じた。

 最後に、長い息を吐く。 魂を吐き出す様に。


 僅かながら、力尽きた親ゆっくりの体から、甘い匂いがした。


「おがじゃ? おがーじゃ! すーりすりしてねー! ぺーろぺろしてねー!」


 そう言いながら、子ゆは親の身体を舐める。 事切れた親からの反応は無い。

 

 親ゆっくりが死ぬ。 それを見て、ようむは唇を噛んだ。

 もし、一番最初に見ていれば、どうなったか。

 他の喚く軽傷者など放置し、手を尽くせばどうだったか。


 だが、どんな後悔も意味は無い。

 事切れた以上、魂を呼び戻す術は人間ですら持っていなかった。


 悔やむようむだが、肩をグッと掴まれハッとなる。


「……教、官」


 顔を上げて見れば、いつの間にかのうかりんが居た。


「終わった? コッチも終わったから、帰るよ?」


 いつから其処に居たのか、それはようむにとってはどうでも良かった。

 ソレよりもと、目線を泣く子ゆへ向ける。

 

 親から頼まれた以上、その願いを無視はしたくない。


「あの、教官」

「ゆん? なに?」

「あの子、何とか……」


 治療の甲斐なく親ゆっくりは死んだ。 つまり、子ゆは孤児と成ってしまった。

 子ゆだけで生きて行くのが難しいのは、ようむ嫌という程に知っている。

 

「もしかしたら、拾ってあげて、なーんて言い出さないよね?」


 のうかりんのが尋ねる声に、ようむは頷く。

 教え子の言葉に、溜め息を吐くとのうかりんがグイッと力を込めた。

 

 半ば無理矢理にようむを立たせると、そのまま宿舎の外へと引っ張り始める。


「ちょ!? 放して!」


 この時ばかりは、ようむは自ゆんの立場など忘れていた。

  

「うるさい」


 教え子の言葉など無視して、のうかりんは宿舎を出て行く。


 宿舎の中には、親を失った子ゆの泣き声だけが響いていた。


   *


 外へ出ると、ようやくようむは解放された。

 

 振り返り顔に力を入れ、教官を睨もうとするが、ソレよりも速くのうかりんの額がようむのソレにゴツンと当たる。


「あんたさ、なんか勘違いしてない?」

「……何をです」


 額を当てて居るからか、必然的にお互いに上目遣いで相手を睨む。


「私らさ、別にお医者さんごっこしに来た訳じゃないからね?」 


 本来の業務をようむに思い出させるのうかりん。

 元々は、ゆっくりを始末する為に来ている。


「それにさ、何? あの子を拾え? じゃあさ、あんたが飼ってるのどうすんの?」


 痛い所を突かれたからか、ようむの目は、反れた。


 ほぼ忘れていたが、未だに部屋に置いて居る。

 その世話も、ようむがしなければならない。

 これ以上手間は増やせないのが実情であった。


「良い? やりたい事が山ほど在っても、出来る事なんてそう多くないの。 憶えときなさい。 後ね、何かやりたいってんなら、バッジ取ってから云いなさい。 ソレまでは、あんたの飼い主は私だから」


 そう言うと、のうかりんはポンとようむを押し離す。

 先にバスへ戻る教官に、ようむは宿舎の方を一別しながらも、結局はのうかりんの後へと続いた。

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