時間外労働
ようむが我を忘れた少し後。 辺りがシンと静まり返る。
騒ぐ者が居なく成れば、それは必然だった。
小刻みな呼吸で肩を揺らすようむは、ふと我に帰る。
其処で聞こえたのは、パチパチという軽い音。
音の方へと振り返れば、のうかりんが手を打ち鳴らしていた。
「ちょーっと雑だったけど、うんまぁ、及第点かな?」
教官として見れば、ようむの仕事は【まぁまぁ】である。
手放しで賞賛は出来ないが、納得は出来る。
評価をされるようむだったが、気が付くと見えた。
遠慮無しに潰され、無残な姿を晒す野良ゆっくり達。
どれもコレも、ほぼ一撃で息の根を絶たれている。
それでもようむが嘔吐しないのは、マスクのお陰と言えた。
死臭は漂っているが、吸い込まねばどうという事もない。
「あ、休んで良いよ? 疲れたでしょ? 片付けはやっといてあげるから」
のうかりんの声に応じる様に後から作業員達が近づいてくる。
どの作業員も、手に掃除道具を持っていた。
「……すみません」
ぺこりと頭を下げると、先に戻るようむ。
本来ならば、後片付けまでが業務ではあるが、いきなり新人に其処までやれという者も居ない。
自らも片付けに参加しながらも、のうかりんは教え子を見送った。
*
バスまで戻って来たようむに、職員が気付く。
マスクで顔は見えないが、その足取りはフラフラとしていた。
「おい候補生、大丈夫か?」
「……はい、平気です」
「それならマスクを取って見せろ」
職員の指示に、ようむは顔を覆っていた面を取り去る。
籠もった空気ではない新鮮な空気が肌に触れた。
中から現れたのは、実に難しい顔のようむである。
しかめ面は変わらないが、いつも以上に悲痛な色が其処に在った。
職員は、ジッとようむの顔を見る。
志願したとは理由は知らないが、訓練所の監督官から【見てやってくれ】と頼まれていた。
何の因果で、同族殺しなどという禁忌を犯すのか。
ソレはともかくも、職員は息を吸った。
「候補生。 悪いが別の仕事を手伝って欲しい」
「……別のですか?」
「ああ、頼めるか?」
職員の質問に、ようむは頷く。
「はい」
今は、何か別の事をして気を紛らわせたかった。
「よし、じゃちょっと付いて来てくれ」
そう言う職員の後に、ようむは続いた。
*
案内された先。
其処は、街ゆっくりが寝泊まりする宿舎である。
勿論の様に【ゆっくり宿舎】という札まで付いていた。
が、いざ中に入ると其処はただの倉庫である分かる。
空き倉庫をゆっくり用の入れ物にしただけ。
ソレが、ようむが感じた感想だった。
寝食こそ保証されているが、ソレだけ。
事実として、保護された筈の街ゆ達は悲惨な状況であった。
「いだいよ! だでがだずけでぇえ!」
野良の襲撃から辛くも逃れた者も居れば、負傷して喚く。
周りの街ゆ達も気には掛けるが、ろくに打つ手が無く手を拱くばかり。
悲惨な様に、胸を痛めるようむだったが、ふと職員から在るモノが差し出された。
ソレは、ゆっくり用の応急処置道具である。
「そら、ソレ使って怪我を直してやれ」
「はい!」
暗かったようむだが、この時ばかりは声を張っていた。
本来ならば、街ゆを治療する必要は無い。
使い物に成らない個体が出た場合は、それを破棄し新しい者を入れるのが常である。
だが、職員がようむにそれを任せたのは、彼の人情からだった。
*
預けられた道具を抱えて、街ゆ達へ駆け寄る。
「ゆ、ゆゆ!? あ、か、かいゆっくりさんだよ!」
一瞬は慌てた街ゆ達。
すわ、また野良かと慌てたが、ようむのカチューシャに着くバッジを見て、顔を変える。
そんな声に、他のゆっくり達もようむに気付いた。
「かいゆっくりさん! たすけてねぇ!」
「おちびちゃんが! おねがいだよ!」
自ゆん達ではどうにも成らないからか、街ゆ達は次々にそう叫ぶ。
「待ってて! 全ゆん見るから!」
ようむは敢えて強い声で圧した。
救助が必要なのは分かるが、喚いて居られては助けられる者も助けられない。
必要なのは、落ち着きである。
コレには街ゆ達と押し黙るを得なかった。
下手に騒いで仲間が助けられないのでは意味が無い。
周りが静まったのを確認してから、ようむは処置キットの蓋を開いた。
滅多に使わない事だが、銀バッジ以上のゆっくりは基本的な応急処置を習う。
それは、優秀な候補生達が何からの負傷を負った際、自ゆんで何とかする為の知識として訓練をされる。
最も、訓練所では怪我を負う様な授業はまずない。
それでも、ようむが仕込まれた知識はこの時の為に在った。
軽傷ならば直ぐに処置は済む。
軽度の擦過傷や打撲傷程度ならば、オレンジジュースの塗布。
深い切り傷は、専用の粉末を溶いた薬液にて傷口の癒着を行った。
此処まで問題無かった。
教わった知識にて、街ゆ達を助けることは出来た。
だが、重傷と成ると話しは違ってくる。
致命的な傷の場合、処置は難しい。
とてもではないが、専門家であるゆっくりクリニックの医師でもない限り、治療は困難である。
人間の医者が手を尽くしても、患者を助けられない様に。
それを知らないが故に、子ゆは必死にようむを引っ張ろうとしていた。
「はやく! おきゃーしゃをみてあげちぇよー!」
そんな声に、ようむは子の親の元へ向かう。
其処に居たのは、既に虫の息のゆっくり。
このゆっくりが喚かないのは、その余裕が無いからだった。
軽傷者ほど大きく叫ぐ。 死にたくないと。
対して、重傷ほど騒がない。 叫ぶ余裕など残されていないのだ。
元々の体格は饅頭体型だったかも知れない。
だが、運び込まれた際に、ろくな処置はされていないらしく、その身体はすっかりと痩けていた。
虚ろな目で、絞り出す様な呼吸。 素人目で見ても、危篤状態である。
「おねがいだよー! たすけてあげてよー!」
必死な子ゆの声に、ようむは親の前で膝を着いた。
既に用具は使ってしまい、残りは多くない。
それでも、何とか治療を試みる。
多少無理矢理に傷口を塞ぎ、残りのオレンジジュースを全部注ぎ込む。
手持ちが尽きた。
それでも、治療のお陰かゆっくりの目に光が僅かに戻る。
「……おちび……よかった」
弱々しい口が、そんな声を絞り出す。
「おかーしゃ! たすかったんだねー! よかったよー!」
奇跡を信じ、必死に親に身体を擦り付ける子ゆ。
確かに、一時的に親ゆっくりは意識を取り戻しはした。
とは言え、それはあくまでも仮初めに過ぎない。
根本的な消耗をどうにかしたくとも、もはや手持ちは何も無い。
ようむに出来るのは、見ててやるぐらいである。
子供が無事なのを見て、親ゆっくりはチラリとようむに目を向ける。
「かいゆっくりさん……おねがいだよー……おちびちゃんを……ひろってあげて」
息を吸い込み、吐く度にそれを言葉に変える。
既に呼吸が浅いからからは、途切れ途切れであった。
「やだよー! ずっといっじょにいるんだよー!」
親の状態を理解出来ない故に、子供はそう叫ぶ。
それに対して、親ゆっくりは苦く笑った。
「よーくきいてねー……おかーさんは……じゅみょーなんだよー……おちびちゃんのおかげで、ゆっくりできたよー……わかってね……」
そう言うと、親ゆっくりは無理に笑う。
死に瀕した際、多くのゆっくりは【辞世の句】と呼ばれる言葉を残す。
最も、殆どのソレはゆっくり出来なかった後悔の念を漏らすモノだ。
満たされなかったからこそ【もっと、ゆっくりしたかった】と。
「おちびちゃん……ゆっくり……していってね~……」
そう言うと、親ゆっくりは静かに目を閉じた。
最後に、長い息を吐く。 魂を吐き出す様に。
僅かながら、力尽きた親ゆっくりの体から、甘い匂いがした。
「おがじゃ? おがーじゃ! すーりすりしてねー! ぺーろぺろしてねー!」
そう言いながら、子ゆは親の身体を舐める。 事切れた親からの反応は無い。
親ゆっくりが死ぬ。 それを見て、ようむは唇を噛んだ。
もし、一番最初に見ていれば、どうなったか。
他の喚く軽傷者など放置し、手を尽くせばどうだったか。
だが、どんな後悔も意味は無い。
事切れた以上、魂を呼び戻す術は人間ですら持っていなかった。
悔やむようむだが、肩をグッと掴まれハッとなる。
「……教、官」
顔を上げて見れば、いつの間にかのうかりんが居た。
「終わった? コッチも終わったから、帰るよ?」
いつから其処に居たのか、それはようむにとってはどうでも良かった。
ソレよりもと、目線を泣く子ゆへ向ける。
親から頼まれた以上、その願いを無視はしたくない。
「あの、教官」
「ゆん? なに?」
「あの子、何とか……」
治療の甲斐なく親ゆっくりは死んだ。 つまり、子ゆは孤児と成ってしまった。
子ゆだけで生きて行くのが難しいのは、ようむ嫌という程に知っている。
「もしかしたら、拾ってあげて、なーんて言い出さないよね?」
のうかりんのが尋ねる声に、ようむは頷く。
教え子の言葉に、溜め息を吐くとのうかりんがグイッと力を込めた。
半ば無理矢理にようむを立たせると、そのまま宿舎の外へと引っ張り始める。
「ちょ!? 放して!」
この時ばかりは、ようむは自ゆんの立場など忘れていた。
「うるさい」
教え子の言葉など無視して、のうかりんは宿舎を出て行く。
宿舎の中には、親を失った子ゆの泣き声だけが響いていた。
*
外へ出ると、ようやくようむは解放された。
振り返り顔に力を入れ、教官を睨もうとするが、ソレよりも速くのうかりんの額がようむのソレにゴツンと当たる。
「あんたさ、なんか勘違いしてない?」
「……何をです」
額を当てて居るからか、必然的にお互いに上目遣いで相手を睨む。
「私らさ、別にお医者さんごっこしに来た訳じゃないからね?」
本来の業務をようむに思い出させるのうかりん。
元々は、ゆっくりを始末する為に来ている。
「それにさ、何? あの子を拾え? じゃあさ、あんたが飼ってるのどうすんの?」
痛い所を突かれたからか、ようむの目は、反れた。
ほぼ忘れていたが、未だに部屋に置いて居る。
その世話も、ようむがしなければならない。
これ以上手間は増やせないのが実情であった。
「良い? やりたい事が山ほど在っても、出来る事なんてそう多くないの。 憶えときなさい。 後ね、何かやりたいってんなら、バッジ取ってから云いなさい。 ソレまでは、あんたの飼い主は私だから」
そう言うと、のうかりんはポンとようむを押し離す。
先にバスへ戻る教官に、ようむは宿舎の方を一別しながらも、結局はのうかりんの後へと続いた。




