無知の蛮勇
休憩も終わり、午後の部が始まる。
ゆっくりショップに置いては、在る意味此処がかき入れ時であった。
仕事を終えた人や、何処かへ出掛けていた人。
そんな人達の中でも、ゆっくりを飼っている人は居る。
そうした人達が必要なモノを買いに来るのだ。
大概の人は飼育用品か、ゆっくりフードを買う。
中には、ケースの中のゆっくりの品定めをする客も居た。
午後の部を始める前に、ようむはちぇんから【顔を何とかしろ】と云われている。
端的に言えば、客の前では【笑え】と。
在る意味ではムチャクチャな要求にも聞こえる。
が、別に顔の作りをどうのこうのとは云われていない。
助言の甲斐が在ってか、ようむの顔にも多少の変化は在った。
普段から苦虫噛み潰した様な顔だったが、僅かなりとも変えようと努力する。
そのお陰か【必死に頑張ってます】という顔には成った。
ソレ故、時折ようむを指差して「あの子は幾ら?」とまで云う客も居たほどである。
その度に、ちぇんが「すみませーん、ウチの店員ですー」と答えた。
最初はともかくも、何とか仕事をそつなく終える。
店の閉店時間がやって来たのだ。
「ありがとうございましたー!」
最後の客を見送る店員の声を合図に、店の空気が変わる。
いきなり空気が入れ替わった訳ではないが、張り詰めていたモノが緩むような感覚。
勿論、ようむもその空気を察する。
今の今までずっと緊張感に包まれていたが、ホッとした。
「お疲れ様ー、だいじょうぶ~?」
「はい。 あ、いえ……上手く出来たか、どうか」
初仕事の出来映えに悩むようむ。
無論、ちぇんから見れば、及第点には届いて居ない。
とは言え、いきなり入った新人に、達人の力量を求めるのは愚である。
「うん、まぁ、頑張ってたと想うよー?」
一応の努力を見せた後輩を、ちぇんはそう労った。
正直に言えば、このまま店で使えないが、本ゆんの努力次第では可能性は在る。
金バッジを労働に付かせるのは御法度だ。
本ゆんに責任を問えない以上、問題が起これば只では済まない。
とは言え、あくまでもようむは【ちぇんの手伝い】という半ば無理やりな形での研修である。
だからこそ、周りの店員達も咎めはしていない。
何故なら、ようむが何かを仕出かしても、その責任はちぇんが被り、尚且つ加工所が裏に居る。
言葉は悪いが【割の良い取引】でもあった。
何か在れば便宜を計って貰える。 何も無ければそれでも良い、と。
後は店の内外の清掃をすれば業務は終わる。
その役目は、ちぇんとようむが任された。
*
「お願いね?」と云われたようむではあるが、気は楽である。
商品への餌やりに比べれば、心の負担は軽い。
「コレだけやれば今日は終わりだからー」
「はい」
早速とばかりに、清掃を始めるようむ。 が、在ることに気付く。
背後から聞こえる筈の音が無い。
気になって其方を見れば、ちぇんの背中が見えた。
小柄ではあるが、大きく見える。
そんな背中はともかくも、ちぇんは動かない。
「先輩? どうか、しました?」
ようむが尋ねると、ちぇんの頭が左右へ揺れた。
「うーん……お客さん……かなー?」
含むような言い方に、ようむは先輩の方へ向かう。
すると、奇妙な来客が見えた。
日が落ち、辺りが暗く成っているが、街灯のお陰で姿は見える。
ずりずりと引き摺る様な音と共に、ゆっくりが店に近寄って来ていた。
「何か御用ですか~?」
一応は丁寧に言葉を掛けるちぇん。
時折ではあるが、バッジ付きゆっくりが自ら何かを買いに来る場合も在った。
が、今回の客はそうではない。
薄汚れた帽子に、成体の割には細い体。 ソレは、野良の特徴でもある。
ちぇんの声と姿に気付いたからか、野良は止まった。
恐る恐るといった様子で顔をあげると、何とも言えない表情が窺える。
恐れつつも、縋り付く様な、物悲しい顔。
「おでがいじばずぅぅぅ……がいゆっぐりにじでぐだざぃぃぃ」
珍妙な来客。 ソレが望むのは【飼いゆっくりの立場】であった。
カナカタすら読めないゆっくりは多いが、一応絵は分かる。
極まれながら、店のゆっくりの様に成れると信じて来店する野良も居た。
人が居なくなった頃に訪れた理由は、その怖さを知っているからだろう。
客でなければ、丁寧に対応する必要は無い。
腰に手を当てるちぇんは、ユーンと唸る。
「バッジとかはお持ちですかー?」
飼いゆっくりである事を証明するバッジだが、基本的には登録制である。
つまり、何らかの諸事情によってソレを紛失しても、再発行は出来る。
それは店の業務の一つでもあった。
「ばっじさんなんかもってないですぅぅぅ」
正直に答える野良に、ちぇんは顔を変えた。
「なら悪いですけどー、お帰りください~」
小汚い野良程度ならば、如何様に処置しても文句は云われない。
それでも、後輩の手前、一応の面子をちぇんは保った。
帰れと云われた野良だが、はい分かりました、とは行かない。
元々が命懸けで此処まで来た。 多少の事では帰れない。
「おでがいじばず! おでがいじばず! おでがいじばずぅぅ!」
体が饅頭型である以上、物理的に土下座は難しい。
それでも、野良は必死にビタンビタンと額を路上に当てて頼む。
必死な頼み込む様子に、ようむはほうきの柄をギュッと握り締める。
多くの金バッジは野良との接触は厳禁だ。
時には、欲に負けて家に野良を引き込み、飼い主を困らせるゆっくりも居る。
だからこそ、押し黙るようむに、ちぇんはフンと息を吹く。
「あのね、悪いけど、ウチじゃあバッジがないと扱えないよー? わかるー?」
店側からしても、別に慈善としてゆっくりを扱っては居ない。
金銭が絡むからこそ、ソレは商売として成り立つ。
逆に言えば、金銭的な価値が無い野良は客でもなければ商品でもなかった。
「じ、じゃあ、せめておチビだけでも!」
そう言うと、野良は自ゆんの帽子にお下げを突っ込む。
スッと出されたのは、呑気な顔で眠る子ゆであった。
多少小綺麗なのは、親の努力の賜物かも知れない。
とは言え、やはりバッジ無しでは店では扱える筈もない。
もし扱うとすれば、精々が生き餌だろう。
必死に頼む親ではあるが、ちぇんは動じない。
そもそも、縁もゆかりも無い野良に応対しているだけでもマシな方である。
「あのねー、わからないだろうけど、バッジが無いとダメ。 わかってねー?」
一思いに踏み潰してやりたくもあるが、流石のちぇんも後輩の前ではそれは出来ない。
後々の事を考えれば、おいそれと野蛮な真似は不信を招く。
そんなちぇんの横では、ようむが難しい顔を浮かべていた。
自ゆんが頼んだ所で、要望は通らない事は分かる。
だが、必死な親ゆを見ていると、捨て置きたくもない。
膠着状態に入った所で、ちぇんがハァと長い息を吐いた。
「わかったよー、ちょっと待っててね」
何を思い付いたのか、ちぇんは衣服のポケットへと手を入れる。
スッと出されたのは、今では珍しい携帯電話だ。
それを用いて、何処かへ電話を掛け始める。
「あ、どうも。 はい、ちぇんです。 いえ、其方ではなく。 ちょっと頼みたい事が……」
誰かと電話をしているらしいが、それが誰なのかはちぇんにしかわからない。
そんな先輩から目を離し、ようむは野良の親子を見た。
希望を見つけ出した様なキラキラとした目。
その目を見て、ようむの顔がまた渋くなる。
何故なら、先輩は【野良を助ける】とは言って居なかった。
暫く後。
エンジン音を伴って店の前に車が近付いて来る。
その車には、分かり易く大きな文字で【加工所】と在った。
基本的に、加工所は24時間対応してくれる。
時には夜間にゴミ漁りをするゆっくりの処理を頼まれるからだ。
この時もまた、通報によって駆け付けたのである。
キッと止まるなり、車のドアが開く。
中から降りてくる姿を見て、ようむはギョッとした。
降りてきたのは、作業員ではなく、良く知っているゆっくりである。
現れたのうかりんは、ようむを一別しながらも、ちぇんと目を合わす。
「久し振り、元気してた?」
「どうも、お陰さまでー」
特級鑑札持ち同士ながらも、何とも淡白な挨拶である。
何故そうなのか、両ゆんがどんな間柄なのか、その事情をようむは知らない。
ともかくもと、のうかりんは店の前に陣取る野良へと目を向けた。
「で? コレを片付ければ良いの?」
「悪いですけどねー、お願いします~」
軽い会話から、野良は別に怯えた様子は無い。
だが、ようむは知っている。 一度はのうかりんと仕事を共にしたからだ。
「じゃあ、早速済ませましょっか?」
そう言うと、のうかりんは袋を片手に野良の親子へ近付く。
思わず、ようむは動いていた。
野良とのうかりんの間へと割って入る。
その事に気付いたちぇんが「ちょっと!?」と声を挙げるのだが、ソレをのうかりんは、手で制した。
「ゆん? なーに?」
物腰は柔らかいが、のうかりんからは何とも言えない空気が立ち上る。
直接的には見えては居ないが、どす黒い何かが確かに在った。
「どうするつもりですか?」
そう尋ねるようむに、のうかりんは肩を竦める。
「どうって、お仕事だけど?」
具体的に【何をする】とは言わない。
それでも、その意味をようむは既に知っていた。
「見逃しては、駄目ですか?」
このまま野良が去ってくれるならば、店に被害は及ばない。
それを踏まえた上で、ようむはそう言う。
対して、元教官であるのうかりんは、目を細めた。
「そんな事してどうなるの? 今此処でか、後でか、同じ事だよ?」
のうかりんからすれば、別に野良を見逃す事は吝かでもない。
どの道、後で死ぬか、今死ぬかの差でしかないのだ。
「それでも、もしかしたら……」
親の方は無理かも知れない。
それでも、子ゆだけでも何とかしてやりたい。
必死な親に感化されたようむに、のうかりんとちぇんは揃って同じ様な反応を見せていた。
プラチナバッジから見れば、この金バッジのようむは余りに幼い。
世間の毒を知らないからこその無垢。
「はは、付き合ってられないよー」
すっかり気が抜けた様なちぇんの声に、のうかりんは笑う。
「そんなに云うならさ、あんた覚悟在る?」
「覚悟、ですか」
「そ、責任を負えるの? あんたは」
問われたようむは、数秒間はたっぷりと悩んだ。
だが、思い直した様に顔をあげると「はい」と答えてしまう。
ようむの返事に、反応は三通り在った。
野良は希望を見出した様に目を輝かせる。
それに対して、ちぇんはギョッとした様な顔を覗かせる。
最後に、のうかりんはと言えば、凄惨な笑みを浮かべた。
「あんたさ、吐いた言葉は飲み込めないんだよ? ホントに解ってる?」
「はい、わかってます」
流石の事態に、ちぇんも動いた。
「ちょ、馬鹿!? 何云ってるの! 分からないよー!?」
無知な後輩を止めようとするのだが、のうかりんの一睨みで止まってしまう。
ちぇんを目線だけで抑え、ようむへと目を戻す。
「そっかぁ……ふぅん、わかった」
そう言うと、のうかりんはようむに近付く。
実際には、野良へ直線的に動くのだが、進路を邪魔するようむを腕力で退かした。




