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ゆっくりの価値とは  作者: enforcer
15/31

無知の蛮勇


 休憩も終わり、午後の部が始まる。


 ゆっくりショップに置いては、在る意味此処がかき入れ時であった。


 仕事を終えた人や、何処かへ出掛けていた人。 

 そんな人達の中でも、ゆっくりを飼っている人は居る。


 そうした人達が必要なモノを買いに来るのだ。


 大概の人は飼育用品か、ゆっくりフードを買う。 

 中には、ケースの中のゆっくりの品定めをする客も居た。


 午後の部を始める前に、ようむはちぇんから【顔を何とかしろ】と云われている。

 端的に言えば、客の前では【笑え】と。

 

 在る意味ではムチャクチャな要求にも聞こえる。

 が、別に顔の作りをどうのこうのとは云われていない。


 助言の甲斐が在ってか、ようむの顔にも多少の変化は在った。

 普段から苦虫噛み潰した様な顔だったが、僅かなりとも変えようと努力する。


 そのお陰か【必死に頑張ってます】という顔には成った。

  

 ソレ故、時折ようむを指差して「あの子は幾ら?」とまで云う客も居たほどである。

 その度に、ちぇんが「すみませーん、ウチの店員ですー」と答えた。 

 

 最初はともかくも、何とか仕事をそつなく終える。

 店の閉店時間がやって来たのだ。


「ありがとうございましたー!」


 最後の客を見送る店員の声を合図に、店の空気が変わる。

 いきなり空気が入れ替わった訳ではないが、張り詰めていたモノが緩むような感覚。


 勿論、ようむもその空気を察する。

 今の今までずっと緊張感に包まれていたが、ホッとした。


「お疲れ様ー、だいじょうぶ~?」

「はい。 あ、いえ……上手く出来たか、どうか」


 初仕事の出来映えに悩むようむ。

 無論、ちぇんから見れば、及第点には届いて居ない。

 とは言え、いきなり入った新人に、達人の力量を求めるのは愚である。


「うん、まぁ、頑張ってたと想うよー?」

    

 一応の努力を見せた後輩を、ちぇんはそう労った。

 正直に言えば、このまま店で使えないが、本ゆんの努力次第では可能性は在る。


 金バッジを労働に付かせるのは御法度だ。

 本ゆんに責任を問えない以上、問題が起これば只では済まない。  

 

 とは言え、あくまでもようむは【ちぇんの手伝い】という半ば無理やりな形での研修である。 

 だからこそ、周りの店員達も咎めはしていない。


 何故なら、ようむが何かを仕出かしても、その責任はちぇんが被り、尚且つ加工所が裏に居る。

 言葉は悪いが【割の良い取引】でもあった。


 何か在れば便宜を計って貰える。 何も無ければそれでも良い、と。


 後は店の内外の清掃をすれば業務は終わる。 

 その役目は、ちぇんとようむが任された。


   *


「お願いね?」と云われたようむではあるが、気は楽である。 

 商品への餌やりに比べれば、心の負担は軽い。  


「コレだけやれば今日は終わりだからー」

「はい」


 早速とばかりに、清掃を始めるようむ。 が、在ることに気付く。 

 背後から聞こえる筈の音が無い。


 気になって其方を見れば、ちぇんの背中が見えた。

 小柄ではあるが、大きく見える。


 そんな背中はともかくも、ちぇんは動かない。


「先輩? どうか、しました?」

 

 ようむが尋ねると、ちぇんの頭が左右へ揺れた。


「うーん……お客さん……かなー?」


 含むような言い方に、ようむは先輩の方へ向かう。

 すると、奇妙な来客が見えた。


 日が落ち、辺りが暗く成っているが、街灯のお陰で姿は見える。

 ずりずりと引き摺る様な音と共に、ゆっくりが店に近寄って来ていた。


「何か御用ですか~?」

  

 一応は丁寧に言葉を掛けるちぇん。

 時折ではあるが、バッジ付きゆっくりが自ら何かを買いに来る場合も在った。

 が、今回の客はそうではない。

 

 薄汚れた帽子に、成体の割には細い体。 ソレは、野良の特徴でもある。


 ちぇんの声と姿に気付いたからか、野良は止まった。

 恐る恐るといった様子で顔をあげると、何とも言えない表情が窺える。

 恐れつつも、縋り付く様な、物悲しい顔。


「おでがいじばずぅぅぅ……がいゆっぐりにじでぐだざぃぃぃ」


 珍妙な来客。  ソレが望むのは【飼いゆっくりの立場】であった。

 カナカタすら読めないゆっくりは多いが、一応絵は分かる。


 極まれながら、店のゆっくりの様に成れると信じて来店する野良も居た。

 人が居なくなった頃に訪れた理由は、その怖さを知っているからだろう。


 客でなければ、丁寧に対応する必要は無い。

 腰に手を当てるちぇんは、ユーンと唸る。


「バッジとかはお持ちですかー?」

 

 飼いゆっくりである事を証明するバッジだが、基本的には登録制である。

 つまり、何らかの諸事情によってソレを紛失しても、再発行は出来る。

 それは店の業務の一つでもあった。


「ばっじさんなんかもってないですぅぅぅ」


 正直に答える野良に、ちぇんは顔を変えた。

 

「なら悪いですけどー、お帰りください~」


 小汚い野良程度ならば、如何様に処置しても文句は云われない。 

 それでも、後輩の手前、一応の面子をちぇんは保った。


 帰れと云われた野良だが、はい分かりました、とは行かない。

 元々が命懸けで此処まで来た。 多少の事では帰れない。


「おでがいじばず! おでがいじばず! おでがいじばずぅぅ!」


 体が饅頭型である以上、物理的に土下座は難しい。

 それでも、野良は必死にビタンビタンと額を路上に当てて頼む。


 必死な頼み込む様子に、ようむはほうきの柄をギュッと握り締める。

 多くの金バッジは野良との接触は厳禁だ。

 時には、欲に負けて家に野良を引き込み、飼い主を困らせるゆっくりも居る。

 

 だからこそ、押し黙るようむに、ちぇんはフンと息を吹く。


「あのね、悪いけど、ウチじゃあバッジがないと扱えないよー? わかるー?」


 店側からしても、別に慈善としてゆっくりを扱っては居ない。

 金銭が絡むからこそ、ソレは商売として成り立つ。

 逆に言えば、金銭的な価値が無い野良は客でもなければ商品でもなかった。


「じ、じゃあ、せめておチビだけでも!」


 そう言うと、野良は自ゆんの帽子にお下げを突っ込む。

 スッと出されたのは、呑気な顔で眠る子ゆであった。


 多少小綺麗なのは、親の努力の賜物かも知れない。


 とは言え、やはりバッジ無しでは店では扱える筈もない。

 もし扱うとすれば、精々が生き餌だろう。


 必死に頼む親ではあるが、ちぇんは動じない。

 そもそも、縁もゆかりも無い野良に応対しているだけでもマシな方である。


「あのねー、わからないだろうけど、バッジが無いとダメ。 わかってねー?」


 一思いに踏み潰してやりたくもあるが、流石のちぇんも後輩の前ではそれは出来ない。

 後々の事を考えれば、おいそれと野蛮な真似は不信を招く。


 そんなちぇんの横では、ようむが難しい顔を浮かべていた。

 自ゆんが頼んだ所で、要望は通らない事は分かる。


 だが、必死な親ゆを見ていると、捨て置きたくもない。

 膠着状態に入った所で、ちぇんがハァと長い息を吐いた。


「わかったよー、ちょっと待っててね」


 何を思い付いたのか、ちぇんは衣服のポケットへと手を入れる。

 スッと出されたのは、今では珍しい携帯電話だ。

 

 それを用いて、何処かへ電話を掛け始める。


「あ、どうも。 はい、ちぇんです。 いえ、其方ではなく。 ちょっと頼みたい事が……」


 誰かと電話をしているらしいが、それが誰なのかはちぇんにしかわからない。

 そんな先輩から目を離し、ようむは野良の親子を見た。


 希望を見つけ出した様なキラキラとした目。

 

 その目を見て、ようむの顔がまた渋くなる。

 何故なら、先輩は【野良を助ける】とは言って居なかった。


 暫く後。


 エンジン音を伴って店の前に車が近付いて来る。

 その車には、分かり易く大きな文字で【加工所】と在った。


 基本的に、加工所は24時間対応してくれる。

 時には夜間にゴミ漁りをするゆっくりの処理を頼まれるからだ。


 この時もまた、通報によって駆け付けたのである。


 キッと止まるなり、車のドアが開く。

 中から降りてくる姿を見て、ようむはギョッとした。


 降りてきたのは、作業員ではなく、良く知っているゆっくりである。

 現れたのうかりんは、ようむを一別しながらも、ちぇんと目を合わす。


「久し振り、元気してた?」

「どうも、お陰さまでー」


 特級鑑札持ち同士ながらも、何とも淡白な挨拶である。 

 何故そうなのか、両ゆんがどんな間柄なのか、その事情をようむは知らない。


 ともかくもと、のうかりんは店の前に陣取る野良へと目を向けた。


「で? コレを片付ければ良いの?」

「悪いですけどねー、お願いします~」


 軽い会話から、野良は別に怯えた様子は無い。

 だが、ようむは知っている。 一度はのうかりんと仕事を共にしたからだ。


「じゃあ、早速済ませましょっか?」

  

 そう言うと、のうかりんは袋を片手に野良の親子へ近付く。

 思わず、ようむは動いていた。


 野良とのうかりんの間へと割って入る。

 

 その事に気付いたちぇんが「ちょっと!?」と声を挙げるのだが、ソレをのうかりんは、手で制した。


「ゆん? なーに?」


 物腰は柔らかいが、のうかりんからは何とも言えない空気が立ち上る。

 直接的には見えては居ないが、どす黒い何かが確かに在った。


「どうするつもりですか?」


 そう尋ねるようむに、のうかりんは肩を竦める。


「どうって、お仕事だけど?」


 具体的に【何をする】とは言わない。

 それでも、その意味をようむは既に知っていた。


「見逃しては、駄目ですか?」


 このまま野良が去ってくれるならば、店に被害は及ばない。

 それを踏まえた上で、ようむはそう言う。

  

 対して、元教官であるのうかりんは、目を細めた。


「そんな事してどうなるの? 今此処でか、後でか、同じ事だよ?」


 のうかりんからすれば、別に野良を見逃す事は吝かでもない。 

 どの道、後で死ぬか、今死ぬかの差でしかないのだ。


「それでも、もしかしたら……」


 親の方は無理かも知れない。 

 それでも、子ゆだけでも何とかしてやりたい。


 必死な親に感化されたようむに、のうかりんとちぇんは揃って同じ様な反応を見せていた。

 プラチナバッジから見れば、この金バッジのようむは余りに幼い。


 世間の毒を知らないからこその無垢。


「はは、付き合ってられないよー」


 すっかり気が抜けた様なちぇんの声に、のうかりんは笑う。


「そんなに云うならさ、あんた覚悟在る?」

「覚悟、ですか」

「そ、責任を負えるの? あんたは」

 

 問われたようむは、数秒間はたっぷりと悩んだ。

 だが、思い直した様に顔をあげると「はい」と答えてしまう。

 

 ようむの返事に、反応は三通り在った。


 野良は希望を見出した様に目を輝かせる。

 それに対して、ちぇんはギョッとした様な顔を覗かせる。


 最後に、のうかりんはと言えば、凄惨な笑みを浮かべた。


「あんたさ、吐いた言葉は飲み込めないんだよ? ホントに解ってる?」

「はい、わかってます」


 流石の事態に、ちぇんも動いた。


「ちょ、馬鹿!? 何云ってるの! 分からないよー!?」


 無知な後輩を止めようとするのだが、のうかりんの一睨みで止まってしまう。

 ちぇんを目線だけで抑え、ようむへと目を戻す。

 

「そっかぁ……ふぅん、わかった」


 そう言うと、のうかりんはようむに近付く。

 実際には、野良へ直線的に動くのだが、進路を邪魔するようむを腕力で退かした。 


 

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