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同期と上司

 まだ軍学校に在籍していたとき、オペレーター科の講師が「たとえ後方にいても、常在戦場のつもりでいなさい」と毎回口酸っぱく言っていたが、あの言葉はもしかしたら今の自分に向けた未来へのメッセージだったのかもしれない。


「――へへ、そいつはご愁傷様なこった」


 食堂に来ていた私の向かいの席で、カレーライスを頬張っていたエイラが口に物を入れたまま小馬鹿にするように笑った。


「お前はいっつも戦場からクソも離れた要塞の中で偉そうにあたし達に指示を飛ばしてるからな。お前もたまにはフィールドワークに出るのも悪くないんじゃねえか」

「後方支援だって立派な仕事でしょー! オペレーターがいなかったら、前線にいるあんたたちなんて敵がどこにいて、どの程度の規模なのかも分からなくなるんだからね!」


 後方支援組を全て敵に回しそうな発言をしたエイラに私は流石にカチンときた。

 エイラは私の軍学校での同期で、前線で戦う精霊騎士だ。彼女とは中等部までは一緒だったが、その後私は官僚コースに入るために高等部へ、早く自分で稼いで自由になりたかったエイラは戦場に向かい、それから三年間全く連絡も取り合っていなかったが、私が高等部を卒業し、この基地に配属されたことで偶然再開することとなった。全く縁とは不思議なものだ。

 私もお淑やかとは言えないタイプだが、エイラはもうそういう次元を越えた人間で、そこらへんの男の人なんかよりも数倍ガサツで女っぽさがない。顔は童顔で可愛いわりに、スタイルだって私よりも遥かに成熟しているのだが、見かけに騙されて交際を申し込んだ人間はことごとく血を見ることとなった。とにかく乱暴で、すぐに手が出るし、おまけに誰彼構わず挑発するから手の施しようがない。まともな女の友人など私くらいだし、その私もただ腐れ縁があるってだけだ。

 そしてそんな凶暴な彼女に私のようなか弱い少女が反論したところで返り討ちに遭うのがオチだ。

 エイラは、可愛い顔を大の大人ですら蒼白くなるほど凶悪に歪めて私をゴミか何かを視るような眼で見る。


「おいおい、こいつは寝ぼけたことを言い始めたな。あたしらは仮にお前らがいなくてもなんとかしようがあるが、そっちはどうだよ? あたし達にいつも命令するみたいに敵に命乞いすれば何とかなるってか? ハッ、そんなことが出来るんだったら、今頃下界に興味を無くして酒でも呑んでるエーテル神とやらに紙の鉄槌でも頼んで来いよ。お前の貧相な体でも素っ裸になって誘惑すれば雷くらい落としてくれるかもしれねえぞ」


 この始末である。およそ目の前の美少女からは出てくるとは思えないような暴言と下品な言葉の数々に、私は早々に白旗を揚げる。


「……あんたに口喧嘩しようと思ったのが間

違いだったわ……」

「フン、分かってるなら最初から突っかかってくんなバーカ」

「……」


 食事を再開したエイラのカレーにゴキブリでも入ってくれていないかと神頼みしてみたが、生憎たとえ入っていたとしても彼女は気にしないような気がしたのであきらめた。

 私が自分の皿に載っているパスタを突いていると、エイラがカレーを食べる手を止めず、こちらに話しかけてくる。


「でも、そのお前の上司っていうのも中々変わった奴だよな。好き好んで前線に出たがる酔狂な上官なんて“クソ”レイラくらいかと思ってたぜ」

「まあ、ブラウニー中佐は自分だけ安全圏にいることが我慢できない人だから分かるけど……」

「『血斧』なんて異名を付けられるほどの腕が無けりゃ、戦場じゃあ真っ先に早死にしてたタイプだな」


 カレーを食べ終えたエイラが、名残惜しそうにスプーンで皿に付いたルーの残りを掬う。


「その点ティリア、お前の上官はどうなんだよ? クソレイラと同じタイプだっつうなら、お前もこのままだと巻き添えくらうぞ」

「うーん……そこが謎なんだよね」


 あの戦術家はブラウニーと同じタイプ……ではないと思う。

 多数を救うためなら少数の犠牲なんかは割り切るし、今回の作戦についても最初は私だって、そのあまりの冷酷さに嫌悪感を抱いたくらいだ。

 でも、結局彼は少数を助ける道を選んだ。これで増援に向かう部隊、つまり私達まで全滅すれば、今回の作戦は大勝利から大惨敗くらいまでに価値が暴落してしまう。ウラヌスに向かう部隊が生還できる確率は決して高くないし、そこに自分の命まで勘定に入れるのだから、彼が大概お人好しだってことになるのかもしれないけど……。


「あぁ~、やっぱりあの人よく分かんない!」

「フン、まあとりあえずお前は次の作戦で生き残ることだけを考えな。あたしだって作戦が始まればずっとお前を護ってやれるわけじゃねえんだ」

「ふぇ?」


 私が不思議な気持ちでエイラを見ると、彼女は舌打ちをしてスプーンを置いた。


「だから、次の作戦だよ。お前がどこの配置かは分からねえが、おそらくは後方だろうよ。あたしも乱戦になればそっちに向かってやるから、後でお前の配置を教えろよな」

「エイラも、ウラヌス戦に参加するの?」

「あたしはこの基地に缶詰されてる中じゃブラウニーとゴウズの次くらいには優秀だし当然だな。ま、行きがけの駄賃代わりだ、お前のことも気が向いたら助けてやるよ」


 ニヒルに笑ったエイラが食器を持って立ち上がったところを、私は後ろから抱きしめる。


「エイラー! ありがとー! 本当におねがいっ!」

「ちょっ、馬鹿てめえ! 皿落とすだろうが!」


 容赦なく足蹴にされた私だが、今日ばかりはこの友人と友達で良かったと心底思わずにはいられなかった。






「……それにしても似てるなぁ」

「え?」


 お世辞にも整備されているとは言えない道を車で走っているときだった。

 外は生憎の雨だ。ただでさえ森林の中は木々が生い茂っていて視界が悪いのに、この雨では日中でもライトを付けなければならない。それほど運転が上手いわけでもない私は、運転に集中していたために、助手席に座る彼の言葉を聞き取ることが出来ずに訊き返した。


「いや、単なる独り言だよ。それにしてもこの世界はすごいね。オルテシア王国じゃあこんなものは見たことないよ」

「オルテシア王国は魔法? という力がある世界なんですよね? そっちの方が私達からすればすごいと思うんですけど」


 オルテシア王国、というかファンタゴズマと呼ばれる異世界から来た人々は、ほぼ例外なく「魔法」と呼ばれる異能を使うことが出来る。私は実際に見たことがないが、話によると、それは何もない所から炎を作り出したり、「魔力」と呼ばれる異能の力で自身の身体能力を向上させたりすることも出来るらしい。全くもって私達の力よりも便利だと思うのだが、彼は苦い笑みを返しただけだった。


「いやいや、あの力だって万能とは言えないしね。それに、こっちの世界に来たらこんな力なんて全然役に立たないよ。『神聖力』が無ければ精霊装はおろか、車だって動かすのに一苦労さ」


 彼の言う通り、「魔力」なるものを持つ異世界の人間は、代わりに私達の持つ『神聖力』を持ち合わせていないため、私たちが当たり前に使える車などを動かすことに難儀する。

 そもそも神聖力とは、私達の体内に湧き出る生命エネルギーのようなもので、物を動かしたり、単純にエネルギーとして活用したりすることが出来るものだ。この力は、この世界で生まれた人間ならばどの国の人間も持っている力だが、彼らのような異世界人には発露が見られなかった。

 神聖力は、この世界では何をするにしても必要になるエネルギーだ。車だって運転手の神聖力を流し込むことによって動くものだし、今の戦争で主力兵器として使われている精霊装だってそうだ。一応、これらの力は魔力を代替にしても動くらしいのだが、どうやら、魔力は神聖力よりもエネルギーとしての質が低いらしい。神聖力なら子供でも三時間は動かせる物でも、魔力で動かせば三十分と保たないうえに、魔力を使った人は疲弊しきって使いものにならなくなる。イメージとして、魔力はエネルギーが小さい分、色々な方法で応用することができ、神聖力は加工が難しい分エネルギーが大きいという感じだ。

 それに加えて、現代の武器のほぼ全てが神聖力を使える前提で作られているため、魔力を持つ人間には消耗が激しく、彼が前線に行くことに意義はあるのかと私はひっそり考えていたりするのだが、彼はそんな私の憂慮に全く気付かない様子で、窓の外をじっと眺めていた。


「ティリア君はいくつだっけ?」

「……今年で十八になります」

「そっかぁ。若いなぁ」


 そこまで歳を取っているように見えない青年は、窓の外を眺めながらそう言った。若いとは言っても今年で元服だ。私より歳の若い子供たちだって大勢いるし、そんな子の多くは、今も前線で戦っている。神聖力は大人になるにつれて徐々に衰えていくのだ。


「ちゅ、中尉はいくつなんですか?」

「ん、僕かい?」


 思い切って歳を尋ねてみると、彼は意外そうな声を出してこちらを一瞥した。


「そうだねぇ。世界が変わると時間の感覚も変わるから正確なところは分からないけど……二十六、七くらいかなぁ」


 三十代手前という私の予想はそれなりに当たっていたようだ。しかしそれにしたって、彼は実年齢以上に大人びているように感じる。

おっと。

 最低限しか舗装されていない道が、突如急カーブに入り、私はハンドルを大きく左に切る。

その拍子に隣に座っていた青年の体がこちら側に傾き、私は少しだけどきっとした。


「す、すみません」

「……ティリア君はさ、なんで軍属になったんだい?」


 謝罪の言葉を口にした私には答えず、青年はそう口にした。

 彼が私に踏み入った話をするのはこれが初めてだな、と少し新鮮味を感じながら、私は正直に答えた。


「両親がとても熱心なエーテル神の信者で、聖戦のためにって半ば無理やり軍学校に入れられたんです。せめて神官が良かったんですけど、私は神聖力が無駄に高かったらしくて」


 私が神聖力の、精霊騎士としての素養があると知った時の両親の喜びようといったらなかった。私達の祈りが神に届いたとかなんとか。優しい両親だったし、私のことを本当に大事に育ててくれたけれど、あの熱狂的な信仰心だけはどこか怖かった。


「そうか……でも、君は精霊騎士にはならなかったんだね。実戦に出たことは?」

「軍学校時代に前線の基地には。でも、そこでも物資補給や負傷者の治療ばかりで、本当に敵を前にしたことはありません」

「それじゃあ、もしかしたらこれが初の戦場になるかもしれないね」


 彼の言葉が胸の奥底に重くのしかかる。初めての最戦場。旗色の悪い戦場。あえて考えまいとしていたことが次々と湧き出てきて、私は首を振った。

 私だって兵士。皇国民の血税で食べているのだ。人を殺すことだって覚悟していなかったわけではない。同期のエイラまではいかなくても、躊躇う余裕なんて私にはないだろう。

 しかし、運転に意識を戻した私は、すぐに隣に座る青年に対して疑問を持った。

 こんなに冷静そうに見える彼だって、この世界で戦場に立つのは初めてのはず。彼自身前の世界でも戦場に立った経験はないと言うし、もしかしたら私と同じで命の奪い合いというものをしたことがないのかも知れない。だが、それにしては落ち着きすぎているような気もする。本当は前の世界で戦争をしていた? それとも今回の作戦配置で自分だけ安全圏にいるつもりで大丈夫だと高を括っているから?

 そんなことを考えているうちにやがてウラヌスの丘に到着し、すぐに本部の仮設テントにて防衛戦での配置を聞かされることになるのだが、それは誰もが予想しないものだった。


読んでいただきありがとうございます。

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