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戦術官の作戦

うん、慣れないですね。

「先ほどウラヌスの丘爆破に成功し、陣取っていた敵中規模部隊は壊滅しました」


 作戦司令室でそう答えたブラウニーの表情は複雑なものだった。まあエーテル神の聖地を自らの手で爆破したのだ。周りと比べれば信仰心の高くない私でさえ神様に申し訳ない気持ちになる。


「そうですか」


 しかし、彼は勿論そんなことは気にした様子もなく、満足そうに頷いた。

 そして「これからの戦術について提案があります」と前置きしたうえで地図の乗るテーブルへと進み出た。一同は怪訝な顔をしながらも地図を覗き込む。


「今回の作戦で相手も相応の痛手を負いました。しかし、ウラヌスの丘の拠点としての重要度は相手も理解しています。これまではウラヌスの丘に“眼”を置いて、森林の中をゲリラ戦に持ち込むことを主としていましたが、ウラヌスの丘を失えばそれも難しくなるでしょう。ですから、我が軍はいよいよ攻めに転じるべきだと思います」

「攻めだと? ウラヌスの丘を防衛するのではなくてか?」


 この場で唯一の中年であるナラーズ少佐の言葉を通訳すると、青年は厳かに頷いた。


「はい。これまでの戦闘で、ザギール軍が我が軍よりも戦力が上だということは証明されています。僕の予想では、現状で我々の用いることの出来る最大戦力をウラヌスの丘に配置しても、ザギール軍の最大戦力をぶつけられれば勝率は低いと結論が出ました。ならば、僕達の方から攻めに転ずるしかありません」


 通訳しながら、あれ、と私は疑問を覚えた。

 そして、私と同じ疑問を持ったのか、ブラウニー中佐が口を挟んだ。


「待ってください。その考えには無理があります。仮にあなたの分析が正しいとしても、迎え撃つには最適なウラヌスで勝てないのだったら、他の地点で戦えば結果はもっと悲惨になるはずです」


 そうなのだ。ウラヌスの丘は周辺では一番の高所であり、一帯に広がる森林も、丘の周囲だけは高い木が一本もない見晴らしの良い平野となっている。更に丘の後方は例外を除いて精霊騎士ですら踏破することの出来ない断崖となっているし、攻めづらく守りやすい、謂わば自然の要塞なのだ。

 青年はそこでの戦闘になれば、私達が負けるという話だが、では他にどこで戦えばよいというのか。

 彼は地図に置かれている自軍の戦力を表す駒をウラヌスの丘に動かす。森林の中や、その周囲に展開している前線基地からも、およそ半数をウラヌスの丘へと集結させていく。


「ま、待て! 確かにウラヌスの防衛は重要だが、そんなに戦力を集中させれば、その周りから制圧されていくぞ! それでは本末転倒だ!」


 ブラウニーの側近であるゴウズ少佐が泡食ったように唾を飛ばすが、彼は笑顔でさらりと言った。


「いえ、そちらは問題ありません。ここに集結させるのは最低限のE級精霊装を携帯した精霊騎士と怪我で戦線離脱している負傷兵や奴隷の少年兵が大半です。そもそも最初から戦力に含まれていない兵士たちですから、こちらに回しても問題ありません。要は向こうにこちらがウラヌスに戦力を集中させていると思わせるだけでよいのです」

「ええっ!」


 いきなり何を言い出すのこの人は!

 私は驚いて彼の顔を見たが、そこにはいつも通りの穏やかな笑みがあった。


「少尉、通訳を」

「は、はい」


 促されるまま彼の言葉を口にし終えるのと、作戦司令室には怒号が飛ぶのはほぼ同時だった。


「ふざけるな! そんな兵士たちを集めても奴らを迎え撃つことは出来ないぞ!」

「そうでしょうね。ですから最初に言った通り、攻めに転ずるのです。向こうはこちらがウラヌスに“攻略できそうな程度に整った”戦力を集中させれば、確実に喰いついてきます。彼らからすれば、ウラヌスを落とせば基地(ここ)はもう目と鼻の先ですからね。仮にウラヌスをスルーしたとしても、ウラヌスに置いてある戦力に“眼”になってもらえば良いだけの話ですから」


 それくらいは彼らにも出来るでしょう。

 その言葉が、何故か体の奥底に深く突き刺さるように私は感じた。暗い、モヤモヤとした不快感が心の底から湧き出てくる。


「貴様は兵士を何だと思っている!」


 いつもは怖いブラウニーの怒鳴り声も、今の私にとっては涼やかな凛としたものに聞こえ、少し心地よかった。


「たとえ怪我をした者でも、兵士は私達の同胞です! それをあなたは囮に使おうというのですか!」

「たとえ怪我をした者でも、兵士の皆さんは私達の大切な仲間です。それをあなたは囮に使おうと言うのですか?」


 通訳する声に自分の感情を乗せないことに私は注力した。

 青年は、私の話にしっかりと耳を傾け、相槌を打ちながらも、やはり瞳の奥には感情の読めない黒い光が妖しく瞬いていた。


「お気持ちは分かります。しかし、ここを突破されればどちらにせよ私達は終わりなのです。負傷兵も、元々は祖国を護るために戦地へと赴いたのでしょうから仮にここで死んでも本望でしょう。負傷していない兵士だって、それは同じはずです」

「だが、死ぬ前提では戦っていない! あなたは実際の戦場を見ず、地図の上でしか戦争を知らないからそんなことが言えるのです!」


 ブラウニーの怒声の意味を伝えると、彼は少しだけ、私にしか分からない程度に小さく、口角を吊り上げた。笑った? 

 そして彼は、更に驚きの言葉を伝えた。


「……確かに、おっしゃる通りです。では、ザギール軍基地に本陣奇襲が成功するまでの間、ウラヌスを防衛できる程度の、時間稼ぎの出来る戦力を配置しましょう。しかし、地図を見ても分かる通り、どこの戦場も切迫しており、防衛する部隊を送れるほどの余裕はどこにもありません――ここを除いては」

「は?」


 青年はタクトを伸ばし、ウラヌスの丘を越え、更に進んだところにある基地、『ウラヌス防衛基地』を円で囲んだ。


「ここにいる皆さんは、実際の戦場を知る優秀な兵士だったんですよね?」

「ま、まさか……」


 自分の顔が引き攣っていくのが分かる。たどたどしい口調で彼の言葉を伝えた後の一同も同じだ。

 ただ一人、ブラウニーだけが、神妙な顔で頷いた。


「なるほど……その手がありましたか……つまりあなたは、ここにいる我々で、ウラヌスを防衛しようと言うのですね?」

「はい、その通りです」

「――分かりました。その提案、採用しましょう」

「ありがとうございます」

「――ちなみにその作戦の中に、あなた自身も勿論含まれていますよね?」


 ブラウニーの声は底冷えするような冷たさと、切り裂かれてしまいそうな鋭利さを兼ねそろえていた。

 しかし、その冷たい刃を突きつけられた本人はあっけらかんと答えた。


「はい。それはもちろん。ティリア君と一緒に」

「え」

「少尉、通訳を」


 とんでもないことになってきた。


読んでいただきありがとうございます。

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