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突然の襲撃

三章開始です。

 カイエンが殺される日、僕は偶然エンヴィを直接操作しているところだった。


「ご主人様……質問をしてもよろしいでしょか」


 部屋にいたモルディが珍しくカイエンに話しかけてきた。彼女は初めて会った時のイメージそのままの感情を表に出さない無口な人物で、カイエンから話しかけることはあっても、これまで彼女から話しかけてきたことはなかったのだ。


「ほう……なんだ、言ってみろ」

「どうして私を奴隷として扱わないのですか。ご主人様は奴隷をいたぶる嗜好をお持ちだと聞き及んでいます」

「……ははっ」


 モルディのあまりの直球な質問に、カイエンは思わず素の僕の反応で笑ってしまった。

 もしカイエンがモルディの考え通りの人間ならば、そんな発言をした直後に大変な目に遭うだろうに。

 とりあえずカイエンに下卑た笑みを浮かばせて悪役っぽい台詞を吐いておくことにする。


「なんだ、お前はそういう風に扱ってほしかったのか? お前くらいの年の女を奴隷として扱うということは、いわゆる“そういうこと”だぞ? 顔に似合わず、お前はそういうのに興味があったのか、ううん――?」


 我ながら喋っていて恥ずかしくなってくるほどの小物発言だ。カイエンの口を使っているから言えるが、もしもこれを本当に自分の口から言えと言われれば泣いてしまうかもしれない。


「……違います。そういうことではなく、ただ疑問に思っただけなので勘違いしないでください」


 するとモルディの方も今の発言はお気に召さなかったのか、やや不機嫌な口調で抗議の声を上げた。というかこの子、本当に歯に布着せない言い方をするな。僕が作り出したカイエンの人物像通りなら、彼女にはきついお仕置きをしなければならないぞ。


「……ふん、お前を奴隷扱いしないことについて特に理由はない。強いていうなら、その必要がないだけということだ」


 しかし、カイエンの悪評を広めるのは、あくまで奴隷商人をおびき寄せるため。今ここでモルディにお仕置きしたところで意味はない。それに、カイエンと視覚だけを共有している今の僕にとって、今彼女を犯しても快感までを共有することは出来ない。彼女は別に僕に危害を加えようとしてきた男の奴隷たちとは違うし、無意味な凌辱をする気にはならなかった。


「……なら、町中で他の奴隷たちをいじめることは、何か意味があるということでしょうか」


 しかしモルディは、カイエンの答えに対して更に踏み込んだ質問をしてきた。ここまで来ると不躾を通り越して清々しい気までしてくる。


「無駄に鋭いな。その質問に答えても良いが、それを聞いたらお前にはデメリットしかないぞ。それでも聞きたいか?」

「いいえ、それなら結構です」


 脅しにあっさり屈して会話を終了するモルディ。いや、脅しに屈したというよりは、本当にそこまで興味がなかっただけだろう。本当に独特の空気、というかつかみどころのない女だ。ここまで自由な奴隷というのも珍しいだろう。

 そして扉がノックされたのは、ちょうど会話が一段落したときだった。


「――誰だ、こんな夜更けに」


 カイエンは嘆息まじりに音のした方を見る。この部屋を訪ねてくる者など、まずもってドリコくらいしかいないものだが、一体何の用だろうか。あれからドリコと接触はなく、約束した商品の購入もまだだったのでその催促にでもきたのか、

 そんなことを考えていると、またも扉がノックされる。常に客の機嫌をうかがうドリコにしては珍しい。もしや、違う客か?


 コンコン、コンコン、コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン。


「わかったわかった! そんなに急かなくても今開けてやる」


 どれだけ急いているのか分からないが、不気味なほど激しいノックの嵐にカイエンは嫌気がさした。

 カイエンは大股で扉までいき、早速鍵を開けようとしたが、そこで部屋の中にいるモルディが目に入った。

 一応相手が憲兵という可能性もある。ドリコによると、モルディは足が付かない奴隷ということだが、万が一を考えて隠した方が良いだろう。

用心するにこしたことはない。

僕が日本で犯罪者として生活してきたときに覚えた教訓だった。


「モルディ、隠れていろ」

「はい」


 普段の態度のわりに、モルディは素直にその命令に従った。部屋にあったクローゼットの中に隠れるようで、彼女の小柄な体型を考えると問題なく隠れられそうだった。

 やがて、その小柄な背中がクローゼットで完全に隠れたところで、カイエンは満を持して鍵を開け、扉を開いた。


「こんな夜更けに一体何の用……む」


 扉を開けて現れたのは、漆黒の外套を頭まですっぽりと覆った見るからに怪しい人物だった。フードの中の顔は暗闇に覆われ、サイズの大きい外套を羽織っているせいか、体のラインも分からないため性別すらも判断がつかない。


「貴様、何者だ? そのフードを取れ。警備を呼ぶぞ」


 もしもこれが、実際に僕の身に起こったことだったら、こんな悠長なことをせず、すぐに尻尾を巻いて逃げ出すのだが、幸いこれはカイエン、ひいてはエンヴィに起こっていることだ。仮にここでカイエンが殺されても、僕に影響はないし、カイエンが逃げられるとも思わなかったから、ここは少しでも情報を得られる可能性に賭けてみることにした。

 しかし、結局これが失策だったと言わざるをえない。


「――あ?」


 視線を落とす。

 目の前の人物から伸びるしなやかな手、それが握る大振りのナイフが僕の、カイエンの胸に突き刺さっていた。


「ッ……ごっ」


 胸に突き刺さったナイフは、その持ち手によってそのまま中でぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、膝を突いたカイエンは、すぐさま意識が遠くなっていく。


「――任務、完了」


 カイエンの死をはっきりと意識する中、遠くからそんな声が聞こえた気がした瞬間、視界は一気にブラックアウトした。






「――ッ!」


 深く沈んだ意識が急浮上する。

 気が付くと、僕は自室のデスクに座っていた。

 体には未だ胸を刺された嫌な感触が残っている。途端に冷や汗が背筋を凍らせるが、今は現状把握し、行動することが何よりも優先される。


「カイエンが、誰かに殺された?」


 今さっきあった出来事を総括するとそれに尽きる。

 カイエンという人間を考えると、これ自体はおかしい話ではない。なにせ、どこでも好き勝手していたのだから、恨まれるようなことは数えきれないほどしている。問題は、一体誰が、何の目的でやったかということだ。


「……直接確かめるしかないか」


 瞬時にそう結論を出し、僕は身支度を始める。間に合うかどうかは微妙だな。

 カイエンが死んだことで、エンヴィもしばらく使えなくなった。それ自体も惜しかったが、それ以上に今後奴隷商人を追えなくなったことが痛手だ。一応、軍人として正攻法で探す方法も残されているが、せめて、今カイエンを殺した人物くらい拝んでおかないと割に合わない。

 一分とかからずに準備を終えた僕は、他の隊員に気づかれないよう、そっと宿を抜け出した。


読んでいただきありがとうございます。

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