はじめてのしょうばい
「やぁミッシェル君。今日は非番かい?」
「ああ、そうだが……君は随分優雅なひとときを過ごしているようだね」
「あ、コンスタン大尉、お疲れ様です」
幽鬼のようにゆらりとやってきたミッシェルは、特に断りを入れることもなく僕達のテーブルの空いた椅子に座る。細かい気配りのできる彼だが、今日は相当参っているようだ。
その理由として思い当たるのは昨日のことしかあるまい。
僕はちらりとティリアを一瞥する。まあ、彼女の前でなら話しても良いだろう。任務に関わりのないこととはあまり言えないしね。
「その様子だと、昨日はあれから大変だったみたいでね」
「ああ……、俺は足にはそれなりに自信があったんだが、向こうはまさに獣みたいなやつでね。それでも精霊装を展開させて、一晩中追い回したんだが、明け方に森の方で結局見失ったよ……」
森、と言われて僕はどきりとする。それでは、僕が彼らに“食育指導”をしていたあのときに、ミッシェルは近くにいたかもしれないということだ。
「明け方まで……それは本当に骨が折れただろうね。森で見失ったそうだけど、何か手がかりになるようなことはなかったかい?」
「いや……残念ながら奴の痕跡は何一つ発見することは出来なかった……全く面目が立たない……」
一概に森とはいっても、それはシスキマの町を覆い隠すことができるほどの広さを持っている。この様子からすると、ミッシェルはどうやら僕のしていたことには気づかなかったか、僕が演技を見抜けられないほどの切れ者か、だね。
「あ、あの、昨日何かあったんですか?」
そこで昨日のことを知らないティリアがおずおずと口を開いた。
僕はかいつまんで事情を話すと(酒場で飲んでいたことはもちろん内緒だ)、ティリアは顎に手をやり頷いた。
「なるほど、そんなことがあったんですね……しかし、ミッシェル大尉が精霊装を展開させたにも関わらず追いつけないとなると、おそらく昨日大尉たちを監視していたというその者も……」
「精霊騎士、だろうね。まったく……それがもしザギール軍の者だとしたら一大事だぞ……。この町には関門を抜けてザギールの精霊騎士が潜伏しているということだからな」
「ザギール軍じゃなくても厄介だけどね。昨日僕達襲って来た連中も殺されてしまったし、病院の医者が何かを知っていることに賭けるしかないね」
「おい、待てカナキ。殺されたって、昨日俺たちを襲った連中のことか?」
「ああ、そうだ、まだ言ってなかったね。君が精霊騎士を追ったあと、僕が憲兵の所に奴らを連行していた際、何者かに襲撃に遭ってね。僕はなんとか無事だったんだが、連中は全て狙撃されて即死だったよ」
「なんてことだ……敵はやはり集団ということか……」
悔しそうに拳を握るミッシェル。連中を守れなかったことを糾弾されるかと思ったが、彼は思った以上に物分かりがよく、優秀なようだ。
「それでは、カナキ大尉はこれから雇い主と思われる病院の医師の所へ向かうのですか?」
「うん。あ、これは任務とはまた別件だから、君は気にしないで休んでいてくれていい。その代わり、僕がいない間何かあったら隊の方は任せたよ」
「ッ……はい、了解しました」
先んじて僕に同行することを拒否すると、ティリアは渋々ながら頷いた。察しがよくて助かる。
「俺はカナキに同行しよう。いいな?」
「ふ、拒否権もないみたいじゃないか。勝手にしなよ」
ということで、僕達はそこでティリアと別れ、シスキマ唯一の病院へ向かうことにした。
しかし、病院に着いたとき僕達が耳にしたのは、その病院唯一の医者が今朝自宅で殺されているのが発見されたという、手がかりが完全に潰えたという事実だった。
「エンヴィをこちらで使う。パーズがいなくなるけど、しばらくどうにかしてくれ」
『いきなり通信を寄越したと思ったら、急にそれですか』
画面越しに、イリスがわざとらしく溜息を吐く。寝る前だったのか、今の彼女は純白のネグリジェを身に纏っていた。
「少しこっちにもアクシデントがあってね。これでも一応申し訳ないとは思っているんだけど」
『でしたら、これ以後はこのようなことがないよう気を付けて頂きたいものですね。これでも私、一応レディーなので』
最後の言葉は、今の自分の姿を見られたくないことから出たものか。しかし、そんなことよりも僕は前半の言葉に驚いた。
「了承してくれるのかい?」
『あなたから言っておいておかしなことを言いますね。そのために私に連絡をしたのではなくて?』
「そうだけど……そんなにあっさり了承してくれるとは思わなかったんだよ」
『あなたが思っているより私は融通の利く女なのです。とはいえ、結構根回しが大変なことも事実ですし、今度お礼をしたいと言うならば喜んで受け取りますよ?』
「はは、考えておくよ」
イリスに対して貸しを作るのはなるべく避けたかったが止むをえまい。
僕は通信を切ると早速魔力を熾し、召喚の準備を整える。
「来い」
その声に呼応し、僕の目の前にやがて虚空から一人の男が姿を現す。
恰幅の良い体、柔和ながらも威厳のある顔つき、身分の高さを表す修道服。
目の前の人物こそ、イリスに次ぐこの国ナンバーツーと言われる男、パーズ・アクィナ・ノットールその人だ。
――いや。
「久しぶりだね、エンヴィ」
その声と共に、男の姿がぐにゃりと歪む。
やがてそれはドロドロに溶けていき、やがて小さなスライムのような形になった。
そう、これこそが彼の本当の姿、ヒューマノイドスライム、エンヴィ。
自在に人の姿に変わる魔物であり、僕の唯一無二の使い魔なのだ――
「早速だけどエンヴィ、あれに変身してくれ」
僕の言葉に応じて、エンヴィを体を変質させる。
イメージは野心家の中堅貴族みたいな感じだ。
「ううん……まあ、大丈夫かな」
イメージ通りに出来上がった目の前の貴族っぽい男に合格点を与え、エンヴィを一度僕の中に戻す。
これで材料は整った。今頃は彼らもお仲間を食べ終えるところだろう。
彼らと、たった今呼び戻したエンヴィを使い、情報収集に必要なことであり、そして僕自身一度はやってみたかったことに挑戦してみようと思う。
――つまりは、奴隷商人だ。
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