シスキマの日々 3
「君はまた随分と大仰な肩書きを名乗り始めたもんだね」
「ん?」
教会を後にした僕は、そのまま『カミーム』という酒場に向かいミッシェルと落ち合うことになっていた。
既にこの店に何度か足を運んでいた僕は席に着くなりいつも食べている物をぱっぱと注文し、ミッシェルと杯を傾けた。既に今回の情報交換会はお互いめぼしい成果を挙げていないことは分かっていたので、たまには外で飲もうということになったのだ。
「君と会う時は、ほとんど酒を飲むときのような気がするね」
最初の一口を口に付けた後にミッシェルが言った台詞だが、あながち間違いじゃない気がしてくるから不思議だ。お互い自分の仕事はきちんとこなしているはずなんだけどね。
そして、それから三十分くらい経ったとき、少し鼻頭を赤くしたミッシェルが言ったのが最初の言葉だ。僕は一瞬、本当に何の話か分からずに彼に問い返した。
「肩書き? なんのことだい?」
「君の教会での話さ。なんでも人々を救うために神から力を与えられたんだろ、君は」
「ああ、そのことか」
熱々のフライドポテトにバターが溶けてたまらない匂いとなっている中央の料理を素手で摘まみ口に放り込む。「美味しいよ」とミッシェルに伝えるが、彼は笑顔で辞退した。
「別に説教するつもりではないから安心してほしい。僕はエーテル教信者だが、同じ軍人として君の今の立場も少しは分かっているつもりだからね。それに解釈のしようによっては、君のその力も神の与えたものと考えることも不可能じゃない」
暗に僕の発言を「上からの命令で信者を増やすためのでまかせ」と言うミッシェルに僕は口を尖らせる。
「君も信じてくれないクチかい。僕は本当のことを言っているんだけどねぇ」
「はは、僕だって異世界のことを少しは知っているんだよ? 君のそれは……いや、なんでもないよ」
今が自室ではなく、酒場にいることを思い出して口を閉ざすミッシェル。うーん、気持ちは嬉しいけど、それは半ば言っちゃってるんだよなぁ。
「確かに、君の言う通り、僕は異世界の異能も使うことが出来る。でも、それとは別に僕は本当に神から力を授かっているんだよ」
「意外だな。君がそこまでして神の力を強調するなんて」
「そりゃ、神から与えられたこの力を使って人々を救おうっていう強い使命感を持っているからね。それを嘘呼ばわりされちゃたまらないよ」
思わず中年おやじの汚い尻を叩いちゃうくらいには。
「ふっ、それは失礼なことをしたね。疑って悪かったよ」
髪をかきあげたミッシェルが白い歯を光らせる。本当に無駄に絵になるな、この人は。
「分かればよろしい――む」
そこで強い視線を感じ後ろを振り返る。一人の女性と目が合った。
あれは知っている顔だ。
「ごめん、面白そうな話してたからさ~、つい聞き耳立てちゃった」
「……君か」
バツの悪そうな顔でこちらへやってきたのは、シスキマにきて間もない頃に酒場で出会ったあの女、シャロンだった。とはいえ、今日も教会で会っているから、別に久しぶりという感じもしないのだが。
「私も隣いいかな? お話聞かせてよ」
「夫にばれたら叱られますよ」
「夫? あはは、結婚できてたらこんな時間に一人で飲んでないって~」
シャロンは教会にいるときの落ち着いた雰囲気はどこへやら、しかもここまできてまだ白を切るつもりらしい。
「カナキ、この方は?」
という声はミッシェル。
「この町の教会のシスターさんだよ。名前は――」
「あははっ! そっかぁ、君、あそこのシスター様と勘違いしてるのか!」
僕は思わず目の前に立つ女を改めて見上げる。
白に少し朱が差したような肌、アメジストのような髪色、少し上向きの尖った鼻、艶のある唇、そして二重瞼の奥で燃える青い炎。どう見てもシャロンだが……しかし、不思議とよく見れば見るほど彼女だという自信が無くなっていく。あまりにも雰囲気が違うせいか?
「ええっと、それじゃあ君は誰なんだい?」
考え込む僕を尻目にミッシェルがシャロン?に質問する。
「通りすがりのただの美人さんだよ。でも……そうだね、名前くらいは教えておこうか。私の名前はモネ。よろしくね」
「モネ……?」
モネと名乗った女に、今度はミッシェルが考え込む素振りをする。何か心当たりがあるのだろうか。
「もう、二人とも考えこんじゃって。結局私は同席しても良いのかしら?」
腰に手を当てるシャロン、もといモネ。
僕はミッシェルに視線を送ると、彼は不承不承ながらも頷いた。今日は大した話もないし良いだろうという判断か。
「ああ、ごめん。もちろん歓迎するさ」
「そうこなくっちゃね」
ニヤリと笑ったモネは、隣のテーブルに座っていたおじさん二人組から椅子を強引に拝借し、こちらのテーブルに引きずって寄せる。うーむ、確かに教会のシャロンはこんな強引なことは絶対しないだろうが……いや、これもそう思わせるようなふりか?
僕達のテーブルに椅子を寄せたモネはポスンと尻を下ろす。既に注文していたのか、その丁度良すぎるタイミングで店員が発泡酒をモネに渡し、彼女はぐびぐびと威勢よく飲み干し、勢いよくテーブルに下ろした。他のお客さんに迷惑でしょうが。
「で、君は本当に神様から力をもらったの!?」
「……本当にずっと聞き耳を立てていたんだね」
「これでも耳は良い方なんでね」
別に褒めたわけでもないのだが、何故か誇らしそうに胸を張るモネ。ニット生地の服の下から彼女の意外に豊満な胸部が強調され、これはうちに部隊の女性陣にはない女の魅力だなと反射的に考える。
「ていうか、この町で生活していたら、君の噂は一回くらい誰でも聞いたことあると思うよ。特に、この町で元々暮らしていた住民たちの中ではかなり噂になっているからね、君」
「そうなのかい? それほど手広くやろうと思ったわけじゃないんだけどなぁ」
心にもないことを言う僕。
「そんなこと心にも思ってないだろう」
ミッシェル君、君はエスパーかい。
「あははっ。で、実際のところどうなの? 今のところでまかせだって言っている人が大半だけど」
目を細めるモネに、ウイスキーを口に付けた僕は目を見ずに答える。
「事実だよ。それを司教様たちもお認めになったから、僕はここの教会で働いているんだ」
まあ実際はその上である聖イリヤウス大司教から直々に御命令を受けたのだが、それを話せばややこしくなるので黙っておく。
そして驚いたのは、この言葉をモネは正直に信じたことだった。
「本当なの! 司教様たちもお認めになったなんて、すごいじゃない!」
「ちょ、ちょっとモネ君」
立ち上がらんばかりに喰いついてきたモネに僕とミッシェルは困惑する。実際に見たわけではないのに、ここまで盛り上がるのは不自然だが、彼女の信仰の深さを考えるとかえって自然にも思えてくる。
「それじゃあ神様には何て言われたの!?」
そこからはモネの独壇場だった。
僕が神様と会った時、具体的に何と言われたのか。エーテル神はどのようにお姿だったか。司教たちは最初どのような反応を示したか。実際にどんな力が使えるのか等、マシンガンのように次々と質問は飛び、弾切れの様子を一切見せなかった。
無論、どんな力が使えるかなどは一切話さなかったが、他に質問事項については、全て僕は答えてみせた。時折言い淀むのは、モネが一言一句そのまま教えてほしいなどと注文したときくらいだ。ここまでくると、最初はまるで信じる様子のなかったミッシェルも、少しだけ懐疑的になったようだ。彼からもモネの質問の合間に訊ねられることもあった。
そして終盤はお決まりの宗教論のお話だ。やはりモネは妄信的にエーテル教を信じるのではなく、自分なりに解釈をして独自の信仰の仕方を模索しているように感じられた。ミッシェルもモネほどではないが、着眼点は悪くなかったし、今後僕がやろうとしていることを考えると、その酒宴はとても有意義なものになったと言えた。
だからこそ、店を出た直後に向けられた複数の殺意を感じたとき、僕は気持ちの良い酔いが全て霧散するのを感じ、思わず舌打ちした。
「目当ては君のようだね」
共に店を出たミッシェルが小声で言う。どうやら彼も殺意に気づいたようだ。しかも、その矛先が僕だと明確に理解するあたり、彼も結構な腕利きということだろう。
「ここじゃ人通りも多い。人気のない所に彼らをエスコートしてあげよう」
「それは紳士的だね」
当たり前のように僕に同行し、あまつさえ一般市民の被害をも考慮するイケメンなミッシェル。僕ならどさくさに紛れて一人二人誘拐しちゃうところだけどね。
「二人とも何してるの~? 早く次の店行くよ~!」
そうだ、彼女もいたんだった。
既に出来上がっている彼女は、ふわふわとした足取りで店を出てくる。急用が出来た、というのは簡単だが、素直にそれに従うか、この酔っ払いでは微妙なところだ。さてどうしたものかと考えていると、機転を利かせたミッシェルが白い歯を光らせる。
「ごめん、少しトイレに行ってから向かうから、モネさんはさっき話していた店に先に行って席を確保しておいてくれないかな? その代わり、次の店は俺たちが奢らせてもらうからさ」
「え~、しょうがないなぁ。早く帰って来てよね!」
唇を尖らせたモネだったが、それでも了承してくれたようだ。
人混みに消えていったモネを確認した僕達は、そのまま殺意を背中に移動を始める。人通りの少ない道は、ここから二本も外れればすぐだ。さっさと終わらせて、また酔い直すとしよう――
読んでいただきありがとうございます。




