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シスキマでの日々

 それから数日は安穏な日々が続いた。

 教会で彼女、シャロンと再開した時は多少驚きこそしたが、特に落胆や失望もしなかった。酒場で会ったときから何か複雑な事情を抱えているのは明白だったし、それほど彼女に執着があるわけでもない。あれで運命を感じるほど、僕は若くないってことだね。

 教会でロイ神父と話をしてから三日後にはいよいよ関所での任務も始まり、隊にも多少の緊張が走ったが、いざ始まってみればなんてことのない、ただ関所でカードゲームを行うだけの日々が続いた。

 関所には、常に役人が複数人待機しており、関所を通ろうとする人々に対してその身分に合わせた通行料を徴収する。その通行料も決して安くはないため、それなりにトラブルも起こると僕は予想していたのだが、実際は拍子抜けするほどに平和そのものだった。

 皇国の治安は決して悪いわけではないが、良くもないと聞いていた僕としては、まあこんなものなのかなぁというくらいの感想しか出てこなかったが、ある日ミッシェルの部屋で酒を飲みながら情報交換しているときにその真相が分かった。


「彼らはね、いわゆる賄賂を渡しているんだ」

「へえ」


 ミッシェル達の隊が泊まっている宿は僕達の宿よりワンランク上の宿らしく、隊長であるミッシェルの部屋は、十人は入りそうなほどの大きさで、これでは掃除が大変そうだなと、どうでもいいことを考えていたところだった。

 テーブルを挟んで座るミッシェルはこちらに詰め寄るように体を折ると、声のトーンを一段落として喋った。


「君も関所に詰めていれば分かっただろう。関所を通るのはほとんど貴族や商人ばかり、それも結構な富豪だ。あれくらいの金持ちになると、関所を通ろうと思えば結構な額が飛ぶっていうのに、奴らは頻繁に出入りしている。おかしいとは思わないか?」

「ふぅむ」


 手に取った落花生の殻が思ったより堅く、僕は苦戦を強いられる。正直この話題に僕はそれほど関心がなかった。そんなことよりも目の前の落花生を裸にする方が優先だ。


「あまり大きな声では言えないけどね……関所を通る奴らの中に、ここ一帯で一番影響力のある商人がいるらしいんだけど、そいつがどうも、役人たちに自分の商品を格安で流しているらしいんだ。その代わりに奴の息が掛かっている貴族や商人の通行料を大幅に値下げ、下手すれば無料で通しているらしい」

「どこかで聞いたことのあるような話だね」


 やっと剥けた落花生を口に放り入れた僕は、皮膚を裂いたときに最初に飛び出した血液のような色の液体を飲み下す。ミッシェルは正義感が強すぎることがたまに瑕だが、ワインを選ぶセンスはなかなかのようで、これからも定期的に情報交換の場を設けようと決意した。


「でも、賄賂なんてバレたら役人は即クビだろうに。役人全員がそこまでリスクを冒してまで欲しい商品なんてあるのかなぁ」


 同じ仕事仲間とはいえ、一人だけ賄賂を受け取っていれば密告される可能性もある。関所を毎回顔パスで通るようにするには、あそこに詰める役人全員を買収しておく必要があるだろう。

 ワインを呷ったミッシェルは、苦虫を噛み潰したような表情で鼻から息を吐いた。頬は夕焼け色に染まっており、酔わないと話せない内容なのだと理解する。


「これはまだ僕も調査中で、確証はないんだが……どうやら賄賂の中心となっている商人、奴隷を売っているらしいんだ」


 奴隷、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、うちの隊で面倒を見ている奴隷兵士の少年少女たち。しかし、次にミッシェルから聞かされた奴隷の話は、それとは境遇も扱いも大きく異なっていた。

「奴隷商人、仮にそれをXとしよう。そのXは、普段は普通の商人に紛れて普通の品物を取り扱い、顧客を増やしていく。やがて、その中から自分の“本来の”商品を買ってくれる人物に目を付けると、それとなく話を匂わせ、客の反応を伺う。そうして話に喰いついた客に商品となっている奴隷を売り、大金を得ているらしい。おそらく関所の役人たちも、Xの常客となって、ずぶずぶの関係なんだろうさ。僕がこれを知ったのは、関所の役人たちが自分の奴隷の話をしているところを偶然聞いてしまったからなんだが、その話は今思い返すだけでも胸くそ悪いものだったよ。聞くかい?」

「それじゃあ参考までに」


 これが言葉通りの意味だとミッシェルは思いもしないだろう。


「……本当に酷いものさ。まず、その奴隷たちというのは、俺たちが警護している関所を越えた先、小さな集落の住人や隣国から亡命してきた者たちから攫ってきた人達らしい。その多くが若い女か子供らしいんだが、非合法の奴隷だから、奴隷保護法には勿論該当しない。つまり、奴隷としての最低限の人権さえも守られない存在みたいなんだ。その役人たちが話していたのは……ああ、本当に思い出しただけで虫唾が走る……。奴ら、女子供を自分の玩具にしているらしいんだが、ただ犯すだけじゃ物足りなかったらしい。そのXが奴隷と共に販売している特殊な玩具――拷問器具を使って、どちらの奴隷がいつまで悲鳴を上げるのを我慢できるかを競わせたらしい。これで殴る蹴るだけならまだマシだったんだが、その方法が『奴隷の指先に一本ずつ釘を打ち込んでいく』っていう悪趣味極まりないものだったんだよ……。先に悲鳴を上げた奴隷はそのまま足に釘が刺さったまま何キロも走らせて、最後はそのまま外に捨てたそうだ……失礼」


 話していて本当に気持ち悪くなったのだろう。ミッシェルが席を立ち一人になったので、残ったワインを一人でちびちびと飲む。

 ――まあそんな程度だよね。

 ミッシェルの話を聞いた僕の感想はそれくらいだ。確かに、今僕の隊にいる奴隷の少年たちとは比べ物にならないくらい悪環境だが、その内容はいかにも素人(ビギナー)が考えそうな陳腐なものだった。

 彼らの奴隷の扱い方は正直気に入らないが、ミッシェルの話では、この問題には高い身分の貴族たちも複数関わっているようだし、首を突っ込めば面倒なことに巻き込まれることは明白だ。それに僕一人なら良いが、もしもこの話をティリアに聞かれてしまったら、正義感の強い彼女のことだ、確実に危険を省みずに問題解決に臨むに違いない。あくまで僕達の任務は関所の警護、その任務に支障を来たす恐れのある案件は極力手を出さないべきだろう。

 結局その日は、単独で事件解決に動くというミッシェルに何か進展があれば教えてもらうよう約束を取り付けただけに留め、彼の部屋を後にした。あれから早一週間、まだミッシェルからの連絡はない。


読んでいただきありがとうございます。

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