教会の住人
「大尉、よろしければこの後、一緒に昼食でもどうですか?」
ミーティングが終了し、僕が自室に戻ろうとした時、ティリアがそう声を掛けてきた。
一瞬頷きかけてから、そういえば自分には用事があったのだと思い出して申し訳ない顔を作った。
「すまないね。このあと僕は少し出なきゃいけない用事があるんだ。悪いんだけど、また今度誘ってくれるかい?」
「あ、分かりました。それではまた誘わせていただきます」
潔く諦め、一礼してから去っていくティリア。感情の制御はまだ少し難があるが、上官への接し方や距離感、立ち回りについて、彼女は絶妙だ。
自然に出来ているのか考えているのかは定かではないが、ウラヌスにいた頃も、ティリアは作戦室で特殊な立ち位置にいた僕の部下として、きっちり仕事はこなしつつも、一定の距離を僕から置き、更に他の士官たちから悪印象を持たれないように配慮していた。あれは僕が作戦室内で切られたときに彼女自身も巻き込まれないようにするためのポジショニングだったのだろう。彼女は出世できるタイプの人間だ。
僕としてもこの距離間はありがたい。部屋に戻り、支度を整えると、すぐに宿を出る。
そこからニ十分も歩けば、やがて昨日も訪れた屋根の高い建物、教会が見えてきた。
来訪時間までは伝えてないけど、今日こそは神父を捕まえたいところだね。
「お」
そんな心配も杞憂に終わりそうだ。
教会の敷地内にある見事な花壇を手入れしている男の背中を見て、僕はほっと息を吐く。
徐々に近づいていくと、やがて向こうも足音に気づいたのか、草むしりをしていた手を止め、こちらに振り返った。
「おや?」
男は太陽の光が眩しかったのか、つぶらな瞳を細めた。目尻に細かな皺が出来る。見た目は四十後半といったところか。
「見ない顔ですね。もしやあなたが昨日お越しいただいたという」
「はい、聖アーノルド皇国陸軍第六師団所属、カナキ・タイガです。本日はパース・アグィナ・ノットール様の勅命で参りました」
現在イリスに次いでナンバーツーの権力に立つ司教の名前を出すと男の目の色が変わる。平伏する、というよりは警戒の色が強い。今の権力に固執するタイプだったら少し面倒だな。
「おお、それはそれは遠路はるばるこのような首都から遠く離れた地までやってきていただけるとは光栄です。私はこの教会で神父をしていますロイと申します。立ち話はなんでしょうし、どうぞ中へお入りください」
「ありがとうございます」
ロイの大きな背中に付いて教会に入ると、たちまち外とは打って変わった厳粛な空気が僕を包み込む。
「……綺麗な教会ですね」
正直な感想だった。入った瞬間目に入るのは奥の壁一面を彩る美しい輝きを放つステンドグラス。そこまで大きくない建物なのに、やけに広く感じるのは天井が高いせいか。等間隔に置かれた長椅子は不思議と窮屈さを感じそうにないし、中央の通路も十分にゆとりが取れている。入るまで、この決して大きいとはいえない町の教会なのだから、少し大きい程度の集会所のようなものを予想していたものだから、そのあまりにも“教会らしい”教会の内装を見て少々感銘を受けたくらいだ。
「光栄でございます。この教会は見ての通りオンボロですが、教会に足を運んでくださる信者の方々に少しでも落胆をさせないよう、家内とカイルには掃除だけは徹底するよう伝えてあるのです」
家内というのは、この教会に務める三人のうちのシスターを指しているのだろう。カイルというのは昨日会った少年のことだろうが、神父とシスターについては夫婦らしい。
「なるほど。では、先ほど花壇の手入れをしていたのも?」
「はい、教会の中も大事ですが、我々の信仰を軽視されぬよう、外の手入れについても気は配っているつもりです」
ロイが謙遜するように言ったが、その言葉の裏にはしっかりとした自信に満ちているのが分かった。
エーテル神に対する自分の信仰の強さ、そしてそれを体現する自分の働きに自信を持っているのだろう。確かに、ここまではロイという人間の信仰心の高さに疑う余地はない。
僕はそのまま客室に通されると冷たいほうじ茶を出され一息吐く。初夏とはいえ、今日はうだるような暑さだったから、その気遣いは素直に嬉しかった。
「それでタイガ殿。早速本題に入らせていただきたいのですが、本日は先日頂いた手紙の件でいらっしゃったのですよね?」
「はい。私はノットール様から、システマ付近にある関所の警護にあたる任の間、シスキマの教会に神父として勤めるよう指令を受け参りました」
手紙にも書かれていたであろう内容を僕は述べる。
すると、ロイは少し考えた後、おずおずと口を開いた。
「……それは、私がこの教会の神父として不適格だから、ということですか?」
「いいえ、そうではありません。私が今日拝見させていただいただけでも、あなたの信仰の強さは十分に感じることが出来ました。ノットール様が今回私に課した指令は、あくまで神父として教会に従事せよということ。つまりロイ神父が普段忙しい中で手が回らない雑事全般などを私にやらせていただきたいのです」
ロイの表情が驚きに変わる。しかし、その表情の中に一瞬安堵が浮かんだのを僕は見逃さなかった。
「なんと……まさか、首都からお越し頂いた神父様に、そんなことをお願いしてもよろしいのですか?」
「はい、もちろんです。失礼ながら、シスキマは決して大きな町とは言えないでしょうが、それでもこの教会を三人で運営するとなると、かなり負担は大きかったのではないでしょうか。神父がロイ様一人しかいないということもあり、毎日その任に追われ休む暇もなかったかもしれません。せめて、この町に私がいる間だけでも、どうか存分に私を利用し、休息を取っていただきたいというのが、私とノットール様の考えなのです」
「おお……あの御方はなんとお慈悲深いのか……」
無論、今の話は全て僕がさっきでっちあげた内容なのだが、ロイ神父は心打たれたのか、「神よ……」とか言いながらお祈りまでしてしまっていた。まあ、精々存分に休養を取っていただいて、僕が信者たちの心を掴む時間を増やしていただきたいものだ。
そのとき、扉の方からこの部屋へと近づいてくる足音を察知。僕は自然と扉の方へ目を向ける。
足音の主はやや乱暴に扉をノックすると、返事を待たずに扉を開けた。
「神父様、食糧の調達から帰りました――って、お客様!?」
「カイル! だからノックをしたら、相手が了承してから入れと何度も言っただろう!」
「だってまさかお客様がいるなんて思わなかったんですよ~」
つぶらな瞳で叱ったロイに、昨日会った赤毛の少年、カイルは頭を掻きながら苦笑いする。昨日会ったときはしっかりしたような子だという印象を受けたが、普段はこんな子どもっぽい態度がとれるのか。
「こら、カイル。お客様がいるときは、応接室に入ってはいけないとあれほど言ったでしょう」
そのとき、カイルの後ろから女性の声がして僕ははっと息を呑んだ。
「おお、シャロン。お前も帰ってきていたか」
先ほどまで怒声を発していたロイは一転、朗らかな声音でカイルの後ろから入ってきた女性に声を掛ける。
手提げ袋の中に様々な食材を覗かせながら客室に入ってきた女性は僕を見て目を見開いた。そのはずみに、青い炎がより一層燃え上がる。
「ああタイガ殿。紹介いたします。手前の者が神父見習いのカイル。そして奥がシスターのシャロン。私の家内です」
テーブルを挟んで真向かいに座るロイの声を、僕はやけに遠くに感じていた。
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