次の任務地
イリスを訪ねた三日後、彼女の言った通り辞令が届いた。
内容もあのときの話通り、首都エーテルからはるか東に位置する小さな町、シスキマに駐屯しつつ、付近にある関所を警護せよとのことだった。
部隊については既に向こうで選定されており、僕の直属の部下であるティリアとウラヌス戦で第一中継点を共に戦った奴隷兵、そしてエイラが作戦に同行することになっていた。
奴隷の少年達はともかく、エイラは少し面倒だなと最初は思ったが、下手に遠くで泳がせるよりも近くに置いて監視しておいた方が良いのではないかと考え直した。最悪任務中に処理しても良いし、任務の中で信頼を勝ち取ることが出来れば万々歳だ。何事も物は考えようだね。
そして辞令が届いた三日後の早朝には、出発の準備を整えた僕の部下となる十七名が正門前に集合しており、簡単な挨拶と説明のあと行軍を開始した。まあ行軍、とはいっても、実際は十八人が二つの輸送用トラックにすし詰めになって乗り、十時間の楽しいドライブを楽しむだけなんだけどね。
まあ楽しいというのは勿論嘘だが、トラックを運転するそれぞれの運転手によって、その乗客の気分は天地の差があった。ティリアの運転するトラックに乗った少年達は、比較的和気藹々としていたが、エイラの運転するトラックに乗った方はまさに死屍累々といった体を醸し出していた。
「だから、エイラは運転が乱暴すぎるんだって! 乗っている人のことも考えなよ!」
「あ? お国を護る兵隊さんがなに甘いこと言ってんだよ。あたしらは楽しくドライブするためにあんな田舎に行くってのか、ああ? 軍人ならてめえの気分よりも早く目的地に着いて敵を一人でも多く殺すことを考えやがれ!」
このような口論を途中の休憩地点で二人はしていたが、兵隊さんとしての自覚が全くない僕としてはティリアに全面的に賛成したい。もちろん、言えばエイラの愛らしい姿に似合わない粗暴な毒舌の矛先がこちらに向くのは自明なので何も口出ししなかったが。
そして案の定、ティリアの説教など全く響かないエイラは、ティリアのトラックを置き去りにし、予定時間より一時間も早く目的地であるシスキマ到着した、らしい。僕は逆に予定時間を十五分遅れた形で到着することになり、ティリアに何度も謝られた。
シスキマは小さな町と聞かされていたが、実際に来てみると、それは町というより最早村だった。到着してすぐに挨拶に向かった町長に聞いてみたところ、総人口は千に満たず、町にいる人々も半分は関所を越えてきて一休みしている連中だと言う。とすると、この町に駐留している人間もあわせれば、実質は二千くらいということか。まあそれだけいれば、かろうじて町と言えることもないだろう。
町長に半年という任務期間、お世話になりますという旨を丁寧に伝え、次に僕達が向かったのは主任務地となるシスキマ関所だ。その関所には、既に一部隊が駐留しており、これからはその部隊と僕の部隊で交代しながら警護にあたる手はずとなっていた。
「やあ、君が噂の戦術官殿だね。俺はミッシェル・コンスタン大尉。コンスタン隊の隊長を務めている」
そう目の前で爽やかな笑みを浮かべるのは、その既に駐留している一部隊、コンスタン隊の部隊長であるミッシェルだ。名前もそうだが、見た目もブロンド髪が太陽に照らされて眩しく、笑みの隙間から見える白い歯がこれまた爽やかで、絵に描いたような米国系の美青年だ。ここで会わなければ、泥にまみれ、硝煙の匂いをプンプン匂わす兵隊さんとは露にも思えなかっただろう。
「カナキ・タイガ大尉です。戦術官はやめてください。知っているでしょう。作戦中に奇をてらいすぎて、逆に基地を落とされたただの間抜けですよ」
「そ、そんなことありません!」
僕が少し片言ながらも皇国の言語でそう話すと、ティリアが口を挟んできた。
最近はティリアの通訳を介さずに会話をするようになっていたのだが、彼女が通訳をしないとこんなハプニングもあるわけか。
「あ、えと……し、失礼しました!」
現在レンズは展開していないため目は見えないが、周囲の視線が自分に集中していることに気づいたのだろう。恥じ入るように俯いた彼女の耳は真っ赤だった。
「はは、少なくとも部下には慕われているようだね」
「申し訳ありません、あとで厳しく指導しておきますので……」
「いやいや、その必要はないよ。それより、その堅苦しい態度はどうにか出来ないのかい? どうせここには口うるさいお偉いさんたちはいないんだ。少なくともあと半年は一緒に任務をするんだ。短い付き合いになるわけでもないし、もっと楽に行こうよ。君、歳はいくつだい?」
「……よくは憶えていないけど、確か二十七くらいかな」
「おや、それじゃあ僕と同じくらいか。僕も今年で二十七なんだ。厳密に言えばまだ君の方が年上だけど、これは大目に見てくれると助かるな」
ははは、とミッシェルは白い歯を光らせて笑う。
少し馴れ馴れしい気もするが、ウラヌスの丘で一緒だった石頭のレイナ・ブラウニーや僕に嫌悪感剥きだしだった他の連中に比べると幾分もマシだ。
僕はオーバー気味に肩の力を抜くジェスチャーをすると、はにかむようにして笑った。
「分かったよ。お互い気楽にやろうか、ミッシェル」
「ふふ、理解が早くて助かるよ、カナキ。これからよろしく頼むよ」
握手を交わすと、彼は話を任務のことへと戻した。
「君たちの寝床は町の方に手配してある。小さな宿だが、店一つを半年貸し切りにしたから、荷物なども十分に押し込むことが出来るスペースは確保してあるから安心してくれ。関所の方もとりあえずこれから一週間は僕達の方で持つ。そのあとは七日から十日くらいの間隔で交代しようかなと考えている。それでいいかな?」
「うん。ざっくりとはそれで良いと思うよ。あとで時間を空けるから、その話は酒場ででも話すことにしようか」
「ふふ、酒場で任務内容を話すなんて、戦術官とは思えないことを言うな君は。酒場は無理だが、僕の自室なら問題ないだろう。親睦を深める意味を兼ねて準備しておくよ」
ミッシェルは爽やかに笑うと持ち場へと戻っていった。戻った先には十数人の若い兵たちが待機しており、あれがコンスタン隊のメンバーだろう。全員正規のメンバーなのかは分からないが、少なくともティリア以外は全て非正規の隊員である僕の隊ほどではないだろう。
それからミッシェルの指示通り、宿屋へ赴き、荷物などを纏めると、夕食までは待機、自由時間とした。
奴隷兵は移動にも制限が掛かっているため、宿から出ることは出来ないが、ティリアとエイラは別だ。僕もこの町を見て回りたかったため設けた時間だし、精々有効利用するとしよう――
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