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協力者 下

「……それで、今日は何の用事でいらっしゃったの?」


 ティーカップを置いた彼女は年相応の落ち着いた声音で問うてくる。

 この部屋の椅子は彼女が座っている一つしかなかったので、僕は立ったまま紅茶を一口含ませた。


「いやね、今日はお願いごとがあって……」

「そんなことだろうと思いました」

「すまないね……単刀直入に言うと、僕を学校の先生とかそっちの身分の職に就かせてくれないかな?」

「駄目です」

「即決だね」


 断られるとは思っていたが、予想以上の早さだ。紅茶を飲みながら、彼女に理由を話すよう促す。


「簡単です。あなたは私との契約を忘れたのですか。大聖堂に落ちてきたあなたはあのとき、即刻死刑になっていてもおかしくなかったのですよ。それを私が助け、今後もあなたがこの国で多少融通出来るように私が力を貸すかわりに、あなたは私を、この国を助けてくれる。そういう契約だったではありませんか」

「もちろん、それは忘れてないよ」


 イリスと会った時のことを思い出す。ファーストコンタクトはお世辞にも良い方とは言えない、むしろ最悪だったと思うが、よくもまあここまでの協力関係を築けたものだ。我ながら感動ものだね。


「では私が許可しない理由も分かっていただけますよね。あなたは頭も良いですが、私達にはない力、その魔法を持ってした純粋な戦闘能力も我が国の精霊騎士たちに後れを取らないほどに高いです。そんな大きな戦力を遊ばせておくわけにはいかないのです」


 やっぱり戦場で魔法を使ったのは失敗だったかなぁ。

 ティリアを救うためとはいえ、人前で魔法を使った戦闘を見せたのは逆効果だったようだ。とはいっても、見せた魔法など、身体強化の最下級魔法と下級魔法、せいぜいが『魔力執刀(チャクラメス)』くらいだ。本当に危ない魔法なんて、あんなのと比じゃないっていうのにね――

 とはいえ、彼女の今の言葉は聞き捨てならない。

 これを機会に、教育の必要性について、目の前の大司教様に教えてあげようではないか。


「いいかい、イリス君。そうは言うけど教育というのはね――」

「あ、それは分かってますし、あなたが話すと長くなりそうなのでそれは結構」

「まだ何も言ってないんだけど……」

「あなたは熱が入ると話が長くなりますからね。今のこの時間だって、かなり無理して作っているのですよ?」


 優雅に紅茶を飲むイリス。確かに、そろそろ出て行かねばならない時間に近づいているし、この紅茶を飲み干したら退散せねばならない。あまり悠長に話している暇もないだろう。


「……でもね、イリス君。僕は今回かなり頑張ったじゃないか。主戦場の一つだったウラヌスをたった三ヶ月で攻略したんだよ?」

「攻略、とは言っても、結果的にウラヌス防衛基地は破壊され、おまけに国家指定遺産であるウラヌスの丘をこともあろうかエーテル神信者に破壊させたそうじゃありませんか。情報統制が上手く出来たからよかったものの、もしあれが世間に伝わっていたら、軍は猛抗議を受けて軍備を大幅に縮小されることは免れなかったんですよ?」

「…………」

「しかし私も鬼ではありません。それを差し引いてもあなたの今回の手腕は見事です。そこでどうでしょうか? あなたには半年、戦場を離れて地方の街で休養することを許します。無論、表向きには、地方部の監視などと名目を作ってですが」

「僕は別に、休みたいわけではないのだけれど」

「あなたが向かうのは小さな町です。そこには学校がありませんが、エーテル神に祈りを捧げる教会があります。そこであなたは首都からやってきた神父として、その町の人々にエーテル神のお考えを教え広め、よりよき方向に導くという崇高な仕事をしてほしいのですよ」

「……」


 そうきたか。


「でも、イリス君。生憎と僕が教えたいのは神の教えではないし、そもそも僕は信者ですらないんだよ」

「承知しております。ですが、敬遠な信者として知られているレイラ・ブラウニー中佐……いえ、今は大佐でしたね。あのブラウニー大佐を言いくるめて、結果的にウラヌスの丘を爆破させたのはあなたなのでしょう? 口八丁の小細工だけではそんな芸当は出来ませんし、おおよそ、信者ではないとは言っても、その教え自体は既に信者と同等、それ以上に把握しているのではありませんか?」

「…………」


 思わず溜息を吐きたくなる。何か上手く逃げる言葉を探したが、イリスの赤い瞳が僕を射抜いていることに気づき、大人しく降参する。十四の少女に手玉に取られるなんて初めての経験だ。彼女の洞察眼には本当に恐れ入るよ。


「……でも、僕がしたいのは神父じゃなくて教師だ。それは君だって分かっているだろう?」

「ええ。しかし、本当にそう言い切れるでしょうか? 案外、やってみたら天職かもしれませんよ」

「僕の天職は教師さ。神父でも、ましてや兵士でもないよ」


 僕は残っていた紅茶を飲み干すと、カップをそっと元あったところに戻した。


「でも、戦場に行くよりは幾分かマシかな――分かった。指令は別途僕の方に送ってくれ」

「はい」


 イリスは少女らしからぬアルカイックスマイルを浮かべて僕を見送ってくれた。

 本当に、底が知れない。

 僕は彼女の内にある危険な深淵さに警戒しなければと思いながらも、どこか興味を惹かれていることを自覚しながら、部屋を後にした。


読んでいただきありがとうございます。

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