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本当の勝者

これで一章終了です。

Sideカナキ


「……ふう」

 自室に帰ってきた僕は軍帽を脱ぐと、すぐにラフな格好へと着替える。

 成功祝いにと配られた安っぽいビールの蓋を開け、一口含むと、冷蔵庫にも入っていなかったせいで常温そのものだったが、疲れた体にはそれでも充分染み渡る程度には美味しかった。


「……まさか、こんなに上手くいくとはね」


 缶を置いた僕は、激動の一日となった昨日のこと――日がもうすぐ上るので、厳密には二日前のことだが――を思い出した。

 結果的に作戦は成功した。皇国の奇襲部隊は、ウラヌスが侵攻されたちょうどあのとき、時を同じくして奇襲を成功させ、無事ザギールの主要基地を陥落させた。ウラヌスを防衛していた部隊も、実にその三割を失うこととなったが、敵が倍近い戦力を投入していたことを考えると、十分すぎる戦果だった。

 しかし、全てが作戦通りだったわけでもない。なんと、あのウラヌスへ侵攻の中、ザギール軍は別動隊を動かし、皇国軍のウラヌス防衛基地を強襲、つまり僕達と同じ行動を取っていたのだ。

 何故ザギール軍がそんな行動に出たのか、皇国軍には分からない。しかし、結果的に主戦力がウラヌスの丘に集結していたウラヌス防衛基地は陥落、一時だが、そこはザギール軍に占領された。

 その報告をあの戦闘の最中に聞いた僕は、すぐさま後方に控えていたブラウニー中佐に連絡、そして彼女が“偶然”ウラヌス防衛基地からほど近い丘の後方にいたことから、苦肉の策として、ザギール軍を、基地ごと殲滅するように命じたのだ。

 流石に状況が状況だったし、あの地点をザギール軍に渡すのだけはなんとしても避けねばならない事態だった。ブラウニーも身を切る思いでその指示を受諾し、彼女の精霊装『エイリーク』による圧倒的な威力の遠距離攻撃を敢行した。

 そして、素早い決断が功を奏したのか、基地を丸々失ったが、侵攻していたザギール軍は全滅。敵地基地をこちらが抑えたと同時に、ウラヌスに侵攻していた敵も撤退した。

 振り返ってみれば、こちらは基地自体を失いはしたものの、敵の主要基地を陥落させ、敵も国境付近まで後退。戦況を大きく覆す結果に終わった。首都で談笑する上層部も、この結果を聞けば美味い酒が飲めるだろう。


 ――まあ、一番美味い酒を飲めるのは僕だろうけどね。


 事態が“全て”僕の思い描いた通りになったことは、正直僕も意外だった。確かに、ウラヌスに基地の主要戦力を集中させ、また基地にいたザギールの内通者に基地の戦力がいなくなることをそれとなく伝えたのは事実だ。結局あのときに基地に残っていたのは、大半が役立たずか、権力に溺れ、丘に行かずに自己保身に走った基地の膿のような奴らだ。ただ基地にいるだけでマイナスにしかならないような彼らでも、最後は餌としてきちんと国に奉仕することが出来たのだし、本望なことだろう。

 そして、戦場全体の結果よりは幾分か優先順位は下がるが、僕の直属の部下、ティリア・シューベルトについても、期待通りの、いや、それ以上の働きをしてくれた。

 彼女にはこの作戦中、ポイントαまで敵を誘導する際に、どのみち“地獄”は見てもらうつもりだった。だが、彼女自身の能力の高さ、そしてエイラ・ヴァースの予想外の合流により、まさかあんなにスムーズに事が進むとは思わなかったのだ。それだけでも彼女が優秀だということは分かったが、これで終わってしまえば、僕はただの役立たずの上司という認識のまま終わってしまうし、もう少し彼女のことを試してみたくなった。

 だから結果的に、彼女の三つあった“レンズ”を、僕が狙撃で破壊した。


「流石にあれはやりすぎだったかなぁ」


 勿論、そんなことをすれば彼女が盲目になることは分かっていたし、下手をすればあのまま彼女が死ぬこともあった。だが、あのときの彼女、ティリアには、僕にそれだけの“賭け”をさせるほどに、『可能性』という、あの時期の子供にしか持ち合わせていない眩しい光を湛えていた。

 そして、彼女はいくつかあった死のターニングポイントを見事にクリアし、最後まで足掻くことを選択した。それで彼女を“合格”と決め、あの場で助けに入ったのだ。

 今回の一件、若干の不安は残るものの、ティリアはおそらく僕を信頼したとみていいだろう。これまでは時折、警戒の眼差しを僕に向けていたが、今となってはその“眼差し”すら僕に向けることはない。まあ、流石に盲目のままだと僕のサポートにも支障を来たすし、何らかの方法で最低限の視力だけは確保できるようにするが。


「最初はとんでもない世界にきたものだと思ったけど、これはこれで面白い世界かもしれないね」


 戦争など人類の営みの中で最も愚かな行為だと思うし、今もその考えは変わらないが、こういうご時世ならそれはそれで、色々愉しみようはある。

 だが、今回の一件は些か僕も疲れた。僕の思惑が誰にも気づかれないよう注意するのもそうだし、思考誘導はそれなりに得意だと自負していたが、あれだけの人数を僕の思う方向へ誘導するのはなかなかに骨が折れたし、ストレスも溜まった。やはり僕はもっと少人数で、更に人を疑うことに慣れていないもっと若い子を相手にしていた方が性分に合っている気がする。


「やっぱり、教室一個分に入るくらいの人数がちょうど良いなぁ」


 それに、やはり僕は戦争というものが嫌いだ。前の世界でテロまがいの事件をしたことがあるが、今日までの三ヶ月、このウラヌスで本物の戦場を目の当たりにして、僕は戦争の愚かさを改めて実感した。

 戦争なんて、口減らしくらいしかメリットを生まないし、口減らしにしたって最低の方法だ。政治的手段の一つとして捉える考え方もあるが、そんなのは口で言って説得できない相手を殴って無理やりいうことを訊かせる阿呆のやることだ。それをやれ聖戦だ、正当防衛だ、と様々な口実を作って奴らは殺し合いをする。最もタチが悪いのは、戦争を望む人間が、戦争を望まない人間よりも圧倒的に少ないくせに、権力だけはやたらと高い奴が多いのだ。どこの世界でも、この理屈だけは同じらしい。


――やっぱり、今度帰ったら、彼女に説教してみよう


 一週間後には僕も首都へ一時帰還だ。そのときついでに“彼女”に転属と、戦争の早期終結をお願いしてみよう。ついでに僕自身の肩書も、そうだな、小さな町の学校の先生とかに変えてもらおう。僕にはやっぱり、そういう仕事の方があっている。

 既に残り僅かだった缶の中身を飲み干す。どこの世界に行っても、やっぱりビールはそこそこ美味しい。

 “三度目の”異世界転移を経験し、既に異世界転移を海外旅行のような感覚で愉しみ始めた僕は、この世界ではどんな愉しみを見つけようかと考え、上り始めた朝陽に向かい、目を細めて嗤った。


読んでいただきありがとうございます。一応ここまでで一章終了です。いかがだったでしょうか。

次章からは主人公であるカナキ視点になります。ですので、この一章はあくまで触りに該当する部分でしたが、御意見御感想などを頂ければ幸いでございます。

次回更新はいつになるか分かりませんが、次からは一話ずつの更新とさせていただきます。

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