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異世界の戦場 2

「十時の方向に、およそ一キロ。大砲のすぐ傍にいる男です」


 銃声。


「八時の方向、およそ九百。先行する集団の中央にいる男です」


 銃声。


「九時の方向、およそ七百……あ、でもあれは精霊騎士――」


 銃声。

 彼の銃弾は、全て指示した相手の額へと吸い込まれ、対象は力無く崩れ落ちる。

 彼が銃を使えることは知らされていたが、まさかここまでの腕とは思わなかった。というか、異常だ。この距離から全て対象の額へと狙撃を決めるなど、常人には不可能だ。

 いや、だが……。

 肉眼で盗み見るように彼を見ると、やはりというか、彼の体からは神聖力とはまた違った力――魔力が発せられていた。

 彼は私の知らない何らかの力を使い、弾道と威力を調整しているのだ。


「ティリア君、次」

「あ、はい! 十二時の方向、およそ六百にいる、サイドテールの……」


 そこで私は、彼女もまた精霊騎士であることを思い出したが、それを伝える前に耳元で発砲音。

 しかしそれは、サイドテールが直前で首を振り躱したことで、初めて失敗に終わる。


「チッ、目が合った。あの子、こっちに来るよ。全員、戦闘準備。大砲はまだ使わないで、あれじゃあ巻き込む仲間の数の方が多い」


 まるで、敵の被害の方が多かったら使うのも厭わないといったように、彼はそう指示を出す。その間にもレンズの向こうでは、皇国軍兵士を切り裂きながらも凄まじいスピードでこちらに向かってくるサイドテールの少女を捉える。


「敵精霊騎士、単騎でこちらに物凄い速さで向かって来ています――ぐぅ!?」


 直後、目の裏にとんでもない激痛が走る。まるで視神経を引き千切られたような痛み。気づけば、レンズを一個破壊されていた。


「うん、肉眼でも見える。あれはデミシリーズの速さじゃない。あたりを引いたね……構え!」


 瞼を押さえる私をよそに、青年は一人呟くと、土嚢の中から全員を射撃体勢に入らせる。

 数秒の後、霞む視界の中、肉眼で前方を見た瞬間、数十の銃声が一斉に轟いた。

 銃を撃った子供たちからどよめきが起こる。銃弾は全てウラヌスの大地を跳ねただけで、目標であった精霊騎士の姿は忽然と――いや。


「うえに――」

「遅いっ!」


 勝ち誇った声とともに、サイドテールの少女が槍を構えて落下。その真下にいた十五くらいの少年の頭をトマトでも突き刺すかのように軽々と上から貫いた。

 一瞬で絶命した少年の隣にいたニキビ顔の少年が叫びながら銃を向けるが、引き金を引く前に顎を蹴り砕かれる。下顎が吹き飛び、虚ろな表情で地面に倒れた少年を、その隣にいた少女は震えながらただ見つめていた。

 サイドテールの少女は、その少女に戦意がないことを確認すると、視線をこちらに――正確には私の隣にいる青年に向けた。

 串刺しにした少年の頭から槍を抜き出し、その三又に分かれた槍の切っ先を青年に向ける。


「あんたがこいつらの親玉か。こんな小さい子供まで使って……イカれた宗教を信仰する国家はこれだから手に負えないね」

「D級精霊装『トライデント』……なるほど。それならあの速さも納得だ」

「ッ……テメェ、シカトこいてんじゃねえ!」


 激昂したサイドテールの少女の姿が忽然と消える。いや、消えるように見える速さで疾駆したのか。

 脳の理解が追い付く前に、鈍い音が聞こえる。

 青年は、突き放たれた『トライデント』と体の間に、間一髪狙撃銃を滑り込ませ、刺突を防いでいたのだ。

 これにはその場にいる全員が驚いたが、サイドテールの少女だけは、その驚きの意味合いが違っていた。


「なにさ……それ、精霊装じゃなかったんだ。やっとマトモな相手が出てきたと思ったらさぁ!」

「ぐぅッ……!」


 サイドテールの少女が一歩踏みだし、槍に力を入れた瞬間、青年はまるで紙屑のように後方へ吹き飛んだ。


「中尉!」


 彼の身を案じて声を出したが、すぐにそれどころではないと悟る。

 サイドテールの少女の瞳が、今度は私を射抜いていた。


「……あんたは戦闘員っぽくないけど、ここの指揮官補佐ってところかなぁ……」

「ッ!」


 迷いはなかった。

 彼女から殺気が漏れた瞬間、私は腰にあったホルスターから拳銃を抜き、安全装置を外してすぐさま引き金を引いた。


「ぁあああああ!」


 銃声とともに返ってきたのは右肘への蹴りで、それ一発で私の肘は折れ、あらぬ方向へと捻じ曲げられた。

 とんでもない激痛で最早戦闘どころではない。膝から崩れ落ちながら肘を押さえ、情けなく大泣きする。


「……チッ、攻撃してくるからそうなるんだよ。ここにいる全員が捕虜になるって言うなら、すぐにうちらの医療師に見せてやるから、早く降伏を――」

「ティリア!」


 連続する発砲音とともに聞き慣れた声。

 顔を上げると、涙に滲む視界の中、エイラが双銃を構えながらこちらに駆けてきたのが見えた。


「……あはっ、ようやくまともなのが来た!」


 私が彼女の名前を呼ぶより早く、サイドテールの少女が疾駆。風のような速さでエイラに接近を試みるが――


「ッ、なに!?」


 すね当てにエイラの銃が当たったのか、衝撃でバランスを崩したツインテールの少女は、追撃を恐れるように後退する。


「はんっ、トロいな!」

「くっ!」


 しかし、そんな彼女を嘲笑うようにエイラの銃弾が悉くそれを遮る。彼女は銃弾を弾いたり躱すのに精いっぱいで、体勢を立て直す余裕がない。なにせ俊足が売りの槍兵であるサイドテールの少女以上にエイラは“速い”。おまけに攻撃範囲だって槍と拳銃では差がありすぎるため、エイラが一方的に攻撃する事態になっていた。

 このままエイラが押し切るかと思われたが、エイラが表情を歪めると、いきなり後ろを向いて数度発砲する。

 その背後には、いつの間に後ろに回っていたのだろうか、デミ・グラムを持った精霊騎士が驚いた表情を浮かべながら、地面に倒れた。その彼女に腹部から、血があふれ出す。


「イリスッ! お前ぇええ!」

「アッシュ、よせ!」


 激昂したサイドテールの少女――アッシュが槍を再び構えなおしたところで、他の精霊騎士が慌てて呼び止める。短い髪が特徴のボーイッシュな少女だ。


「イリスが命を懸けて繋いだ時間だぞ! 皇国軍の撤退してきた兵がもうそこまで来ている! 一度ここを離れるぞ!」

「ッ!」


 アッシュは一度、こちらに怨念めいた視線を向けると、背中に怒気を残しながら撤退した。

 それをエイラが追わないか心配だったが、幸い彼女はすぐに私の方に駆け寄ってきてくれた。


「いい子だぜティリア。よくここまで生き延びてたな」


 思い出したかのように痛みがぶり返してきた私は、それでもどうにか声を振り絞る。


「エイラ……なんで」

「左翼の精霊騎士は全部片づけたからな。向こうは、右翼と左翼は時間稼ぎで、本命は中央だったらしい。だから左翼は他に任せて、あたしだけこっちに援護に来たのさ。ほら、そんなことよりさっさと逃げるぞ」


 エイラが自分を助けにきてくれたことに涙が出そうになる。だが、そのエイラの言葉に私はすぐに頷くことは出来なかった。


「でも……ここにいる私達は敵を誘導する任が……」

「おいおい、まだそんなこと言ってんのか? もうこれはそんなこと言ってるレベルじゃねえだろ。周りを見てみろ。全員ヤる気を無くして逃げ回る負け犬ばっかだ。あんなに必死にケツ振って逃げれば、やっこさんたちも欲情して襲い掛かりたくなるってもんだ。被害はたくさん出るだろうが、お前らが別にどうこうしなくても誘導は出来るさ……それに、ただ逃げるにしても、あたし達だって無事かは微妙だ」


 エイラが身を低くした瞬間、前方から銃弾が霰のように飛んでくる。敵の本体が、もうすぐそこまで迫ってきていた。


「おい、ガキ共! 撤退すんぞ! 牽制しながら後退、右翼と合流しろ!」


 エイラの怒声に、だが少年たちは動かない。本来の指揮官である青年がいなくなり、突如現れたエイラに困惑しているようだ。幾人かが、チラチラと私の方を見た。

 その瞬間、彼らにとって今の暫定的な指揮官は私であり、彼らの命を私が握っていることを悟った。彼らは私の行動次第で、生きるか死ぬかも決まるのだ。私がしっかりしなくちゃ……。

 私は痛む腕を庇いながら、少年達に出来るだけ毅然とした態度で指示を出す。


「ここからは、緊急で私が指揮を執ります。全員、当初の作戦通りポイントαまで敵を誘導しながら移動します。ただ、最優先は私達の命です。無理はしないように」

「おいティリア!」

「エイラ、冷静に考えて。今私達が右翼と合流すれば、確かに一時的には安全かもしれない。でも、それで結局本部が落とされれば、遅かれ早かれ私達のいる右翼だってやられるのよ? それなら、多少危険でも、未来がある選択をした方が良い」


 たとえ私達が合流しても、敵の包囲を破り、基地へと帰還する戦力が右翼に残っているとは思えない。

 エイラは、苦虫を噛み潰したような顔をしたが、すぐに頼もしい顔つきになり、


「オーライ。そういうのはお前の方が得意だしな。やってやろうじゃねえか」


 と答えてくれた。彼女が私を信頼してくれたことに、全身から活力が溢れてくる。


「ありがとう――道中はレンズを通して私が指示します! 途中で先回りする敵がいたらエイラが排除して!」

「任せな!」


 さぁ、ここからは私次第だ。みんなの命は指揮官である私の指示で変わるのだ。失敗は許されない。

 ふとそこで、こんな重圧を彼はずっと背負っていたのかと思った。そもそも彼は無事なのか。気になったが、今は私の役割に集中しよう。

 決意と共に、私は残った三機のレンズを再び起動させ、空へと羽ばたかせた――






 遠くからその戦況を眺める。

 今のところ、彼女は期待通りの、いや、それ以上の働きをしてくれている。左翼に配置されているはずのエイラ・ヴァース少佐が合流したことは予想外だったが、そういえば彼女たちは同期だったと思い出して合点がいく。当初は、もう少し早く合流する予定だったが、彼女が僕の役割をこなしてくれるのならば予定変更だ。僕はもう少し他の仕事に専念しよう。


『ちゅ、中尉、カナキ中尉! 応答できますか!?』


 そのとき、傍に置いた通信機から慌てた男の声が聞こえた。確か、本部テントにいるオペレーターの男の声だ。たどたどしいオルテシア語で語り掛けてくる。

 彼らには僕が現在敵と交戦していることになっている。僕は少しだけ息を乱しながら、その応答に応えた。


「どうしました?」

『現在、後方に控えるブラウニー中佐から報告がありまして……き、基地が、ウラヌス防衛基地が、敵の奇襲に遭い、陥落しました!』

「……なんだって」


 視線を戻すと、ティリアたちは順調に敵を引き付けながら撤退し、もうすぐポイントαに着く所だった。エイラの助力もあるが、ティリアは思った以上に優秀だったようだ。

 これならば、僕もこちらの方の仕事に取り掛かっても問題ないだろう。


「……ブラウニー中佐に通信を繋げてください。出来るだけ早く!」

『りょ、了解しました!』


 慌てた声で通信が途切れ、僕も最後の準備に取り掛かる。

 ここからが正念場だ。僕も気合を入れて、仕事に取り掛かられば。

 やがて聞こえてきたブラウニーの声に、僕は皇国の言葉で、その指示を伝えた――


読んでいただきありがとうございます。

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