彼の日常
新作です。一応「死刑囚」シリーズの続編ですが、前作知らない方でも楽しめる内容になっております。
いつ終わるやも分かりませんが、どうかよろしくお願いします。
――人間とは慣れる生き物だ。
僕がまだ日本にいた頃、何かの本で見た言葉だ。人は慣れる。最初は辛かった仕事も、苦手だった人との会話も、新しい環境も。
だから僕は、昼寝していた途中に爆音が轟き、直下型地震のような揺れで簡易ベッドから落ちた時も、特に慌てることはなかった。
「し、失礼します! ブラウニー中佐が至急作戦司令室に来るようにと――」
「うん、分かっているよ」
だから、蒼ざめた顔でノックすらせずに入ってきた快活な少女――ティリア・シューベルトに、着替えを終えていた僕は笑顔で応えた。
「襲撃だよね。場所はどこかな?」
「あ……はい! ウラヌスの丘に展開していた部隊です!」
ウラヌスの丘というと、ここから遠くない、というか、目と鼻の先だ。この轟音は、そこから届く戦闘音か。
「ああー、あそこを取られるとこっちは詰みだねぇ」
廊下に出て、隣を歩いていたティリアがギョッとした顔で僕を見た。
僕が持っている唯一の専属の部下であり、他の人達との通訳の仕事も兼ねている、日本だったら高校生くらいであろう彼女はなかなか優秀だが、少々感情を表に出し過ぎている気がするな、とついつい教師視点で彼女の今後を少し心配してしまう。
「大丈夫。まあ上手くやってみるさ」
そんな彼女を励ますように僕は笑みを浮かべた。僕の唯一得意な、人を安心させる笑顔だ。
大きな地響きと共に、何かが爆発する音が聞こえる。敵か味方か、どちらかの精霊装が破壊されて魔力誘爆でもしたのだろう。おそらく後者のものだろうが。
隣を歩くティリアが少しだけ震えたのが分かった。彼女も軍属になってからそう時間は経っていないだろうが、それでもここに来るのは僕よりは早かったはずだ。いくら優秀でも後方からしか戦場を知らない少女。ここまで近くで爆発があると怖いのだろうか。
どこからか鼻唄が聞こえる。タイトルは憶えていないが、どこかで聞いたことのある懐かしいメロディ。ティリアが驚愕の表情でこちらを見た。
見えてきた作戦室の入り口では、忙しなく人が行き来しているのが見えた。あそこを落とされれば司令部であるここは目と鼻の先。落とされるのは時間の問題となる。みんな必死にもなるだろう。
部屋から持ってきていたタクトを手で弄ぶ。正確な状況にもよるが、ある程度のプランは練ってある。あとはそれをブラウニー中佐を始めとする兵士たちに、どう認めさせるかというところだろう。つまりいつも通りのことだ。
僕は普段通りの早すぎず遅すぎずの足取りで、慌ただしい作戦司令室へと足を踏みいれた――
読んでいただきありがとうございます。